ラヴェル:夜のガスパール
(P)マルセル・メイエル 1954年3月5日〜8日録音
Ravel:夜のガスパール 第1曲「オンディーヌ」
Ravel:夜のガスパール 第2曲「絞首台」
Ravel:夜のガスパール 第3曲「スカルボ」
難曲中の難曲
ラヴェルの特徴の一つは極限まで発達したコンサートグランドの性能を極限まで使い切っていることです。それはピアニストに対する挑戦とも言うべき内容をもっているのですが、聞き手にとってはその華やかな演奏効果はこの上もないヨロコビとなるものです。
そして、そう言う路線上における最大の収穫がこの「夜のガスパール」です。
この作品は、ラヴェル自身も認めているように、作曲当時に最も演奏困難な作品だと言われていたバラキレフの「イスメライ」を強く意識し、それを上回るような超絶技巧が必要な作品として構想されました。特に、第3曲の「スカルボ」は古今のピアノ曲の中でも難曲中の難曲として君臨しています。
さて、この作品集のタイトルとなっている「夜のガスパール」ですが、初めてレコード屋で見たときに「夜のバスガール」と読み間違えて、何だか出来の悪い演歌みたいなタイトルだなと思ったものです。こういう読み間違いは認知科学的には興味深いものがあるのかもしれませんが(^^;、まあ、阿房ですね。
この「夜のガスパール」というのは19世紀の初頭の詩人、アロイジウス・ベルトランの散文詩集「夜のガスパール:レンブラントとカローの想い出に贈る幻想」に由来しています。ベルトランは詩人としては全く評価されることがなく貧困の中で若くして世を去りますが、その後ボードレールやマラルメがその作品を散文詩の先駆者と位置づけた事によって彼への再評価が進む中でこの散文詩集も復刻されるようになります。
ガスパールというのはキリストの誕生を祝って駆けつけた東方3博士の一人の名前ですが、ベルトランはあえてこの人物を「悪魔」として取り扱ってるそうです。ただし、その辺この事は正直に申し上げてよく分かりません。図書館でこの詩集を手にとってパラパラと眺めてみたことはあるのですが、何を書いているのか、何を言いたいのか凡人のユング君には全く分かりませんでした。ただ、ガスパール=悪魔というのもそれほど単純な設定ではないようなのですが、ラヴェル自身は「『夜のガスパール』は悪魔の助けを得て書き上げられています。しかし、驚くにはあたりません。この詩の作者は、悪魔なのですから」と書いているそうです。
ですから、まあガスパール=悪魔でいいのではないかと思います。
第1曲《水の精(オンディーヌ)》
人間の男に恋をした水の精オンディーヌは窓のしずくとなって現れ、自分と結婚して湖の王になってくれと懇願する。しかし、男は、自分は人間の女性を愛すると答えてオンディーヌの願いを断ると、オンディーヌはくやしがってしばらく泣き、やがて大声で笑い、激しい雨の中を消え去る…という、何だか訳の分からない詩を下敷きにしているらしい。曲は、さざ波をあらわす32分音符が左右で入り組んでけっこうムズイ作品。
第2曲《絞首台》
絞首台のまわりで鐘の音に交じって聞こえてくるのは、夜の風か罪人のすすり泣きか、はたまた頭蓋骨から血のしたたる髪をむしっている黄金虫か・・・という、さらに訳の分からない詩が下敷きになっている。
第3曲《スカルボ》
スカルボとは子鬼で天井から飛び降りて、部屋の中を転げまわる、寝台のところに来ては騒々しく笑う無気味な存在だそうです。そんなスカルボが真夜中に何回も現れ、やがて青白くなって透き通って消えていった・・・という、これまた訳の分からない詩を下敷きにしている。
急速な連打音やアルペジオによる複雑な運指・・・等々、まさに難曲中の難曲です。
6人組の女神・・・?
Meyerは「メイエル」と読むそうです。私はすっかり「マイヤー」だと思って、いくらGoogleで検索をかけても出てこないので、かつて掲示板で「ほとんど忘れ去られたピアニストと言えます。」なんて書いてしまいました。(^^;汗汗・・・
しかし、よく調べてみると一部では熱烈なファンが存在するようで、例えば「クラシック名盤 この一枚」なんて本の中では何人かの人たちが熱いオマージュを送っています。
さらに調べてみると彼女には「6人組の女神」というニックネームがあったそうなのです。この「6人組」というのはルイ・デュレ、アルテュール・オネゲル、ダリウス・ミヨー、ジェルメーヌ・タイユフェール、フランシス・プーランク、ジョルジュ・オーリックの事で、フランス音楽の新しい夜明けを告げたグループとして「ロシア5人組」になぞらえて付けられたものです。
メイエルはこの6人組と深い親交があり、彼らの作品を積極的に取り上げました。もちろん、それ以外にもラヴェルやドビュッシーというフランス近代の作品が彼女の得意分野であり、それ以外にはラモーやクープランというフランスの古典作品を好んでいました。要するに、かなりの「ご当地主義」といえるレパートリーです。そして、クラシック音楽の王道(?)とも言うべきドイツ・オーストリア系の音楽は本当にごくわずかしか取り上げないという、この業界ではかなりの異色な存在だったようです。
ここで紹介しているラヴェルの録音は1954年の3月に一気にまとめて録音したもので、どの録音を聞いてもコンサートグランドの能力をフルに発揮したラヴェル作品に相応しい豪快な演奏です。
1897年生まれですからこの時メイエル57歳です。テクニック的には微塵の破綻もなく若々しい精神に満ちあふれています。ところが、この3年後に彼女は亡くなっています。原因は分かりませんが、録音がモノラルからステレオに切り替わるこの時期に亡くなったことが、そしてかなり偏ったレパートリーだったことが、後の彼女の忘却に結びついたことは間違いないでしょう。
もしも、あと数年長生きして(それでも70歳にもなりません!)、ある程度まとまった数のステレオ録音を残していれば、そしてモーツァルト演奏でも素晴らしい演奏を聴かせてくれたことを思えば、そのステレオ録音の中に独墺系の作品がいくつか混じっていれば、疑いもなく彼女の名前はハスキルなどと並んで評価されたはずです。何よりも、彼女にはハスキルがもっていなかったパワフルさがあふれています。
しかし、それはあまりにも贅沢な無い物ねだりなのでしょう。彼女の本質はどこまで行ってもフランス人です。そして、モノラル録音の時代とともにこの世を去ったのです。そんな彼女の業績が50年の時を経てパブリックドメインとなることで復活し、再びこの女性ピアニストに光が当たるようになったことを感謝すべきなのでしょう。
よせられたコメント
2011-07-16:カンソウ人
- ラヴェルのピアノ曲の中でも、飛びきりの難曲はこの夜のギャスパールでしょう。「水の戯れ」がリストの「泉のほとりで」や「エステ荘の噴水」を編曲と言う意味では全くありませんが、イメージを下敷きにしているようです。それと、リストの中のゲルマン的な要素、どうしても入ってしまうのでしょうが、そんな重さはラヴェルのピアノ曲はうまく避けています。スカル簿は難しいけれども、スケルツオであって、軽さを必要とするって、フランスのピアノの先生方はレッスンで言うらしいです。
ラヴェルは時代も近いので、直接レッスンを受けた人の弾いた録音が沢山あります。もう偉くなっていて、ラヴェルのレッスンを受けなかった人もいます。
ウィットゲンシュタインの弾いた左手の協奏曲が楽譜通り弾いていないという理由で、気に入らなかったラヴェルは、楽譜の指示通り弾けそうな連中を音楽院の中で探してレッスンしたんだって。ジャック・フェブリエやペルルミュテールらしいです。ラヴェルは、「楽譜に書いていない事はするな」とよく言ったとか。要するに、自分勝手なムードに弾いて欲しくないのでしょう。ラヴェルが指定したムードが欲しいのです。フェブリエのラヴェルの録音が、1963年でした。
サンソン・フランソワの演奏は、おそらくラヴェルの指示は守っていないでしょうね。指も怪しいし、雰囲気も妖しい。ポゴレリチの演奏は、パートの弾き分けが細かくてニュアンスに富んでいて、この曲が難しいなんてご本人感じていないみたい。「水の精」の右手も、だいたいペダルで和音が鳴るようなものでは無くて、指の分離が凄過ぎ。妙な色気があり過ぎとも・・・。
フェブリエやペルルミュテールらの留学生へのレッスンが効いてか効かずか、ラヴェルって解釈の幅が狭いのかなあ、なんて思いもあります。
最近聴いた、少し古い録音では、クロード・エルフェの演奏が強烈でした。少し冷たい暗い音色ですが、余計な要素(色気や妖気)は入らないで、音楽の力で勝負したラヴェルって感じでした。メシアンやクセナキスなどを弾きこなす(アナリーゼや技術、曲の価値が理解できる)人と、ラヴェルやドビュッシーを普通に弾いている人とは、表現しているモノが違うって感じでした。エルフェの録音が、1970年でした。
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