スメタナ:わが故郷より(Smetana:from my hometown)
(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)リディア・ベフトルト 1949年録音(Vasa Prihoda:(P)Lydia Beftot Recorded on 1949)
Smetana:from my hometown [1.Andante]
Smetana:from my hometown [2.Rondo]
愛する祖国チェコへの思いを込めて

スメタナの「わが故郷より」は「わが祖国」とよく混同されます。
しかし、言うまでもなく「わが祖国」はオーケストラ曲であり、「わが故郷より」はヴァイオリンとピアノのための2つの二重奏曲です。
「わが故郷より」は「わが祖国」を完成させた直後に書かれた作品で、性格の異なる2曲からなるシンプルな作品です。スメタナ友人への手紙の中で「演奏会用というよりは家庭で親しまれるような、シンプルで民族的なキャラクターを持った曲」と記しています。
この当時、スメタナは完全に聴力を失っており、「わが祖国」とともに、愛する祖国チェコへの思いを込めて書き上げました。
- 第1曲
モラヴィア地方の民謡を思わせる、長調と短調が絶妙に入れ替わる抒情的なメロディが特徴です。
- 第2曲
哀愁
衰えたと切って捨てたくはない
プシホダは50年代にはいると急激に衰えたと言われています。しかし、晩年の録音をあれこれ聞いてみると、事はそれほど単純ではないように思います。
50年代における変化というのは技術的な衰えが大きな原因ではなくて、演奏家としての方向性という根本的なところに変化があったように思えるのです。
若いころのプシホダは難曲のパガニーニを得意として、きわめてクリアなアーティキュレーションと卓越した左手の技術でバリバリと演奏していました。
その凄さは、あのトスカニーニをして「パガニーニでさえこれほど完璧には弾けなかっただろう」と評したほどです。(伝聞らしいですが…。)
それと比べれば晩年の演奏は確かに衰えたと言えるでしょう。
あれほど得意としたパガニーニを演奏することもほとんどなくなっていきました。
その変化のきっかけとなったのは、ナチス協力者としてチェコから追放されたことが大きな要因だったと思われます。
1945年、プシホダはナチス占領下での演奏活動を理由に国内での演奏活動を禁止されました。祖国での居場所を失った彼は、1946年に家族とともにチェコスロバキアを離れます。
その後、イタリアのラパッロやトルコなどを転々とする亡命生活を送り、1948年にトルコ国籍を得てウィーンを拠点に演奏活動をはじめます。
そして、そういう苦難の中で1950年にウィーン国立音楽大学の教授職に就いたことが彼の演奏スタイルを変える次の要因になったものと思われます。
プシホダはその教授就任によって演奏活動よりも後進の指導に多くの時間を割くようになりました。その中で音楽の構造に対する理解や、一音に込めるニュアンスの豊かさに重点を置くようになっていきました。
そして、そういう姿勢が晩年の演奏スタイルの変化につながったような気がします。
プシホダは音楽を「語り」や「歌」として捉えてくようになりました。楽譜の背後にある物語や感情を深く読み解き、それを聴衆に伝えることに重点を置くようになっていったのでした。
彼のボウイングは、楽譜通りの正確さを超えて、「旋律をいかに妖艶に、かつ情緒的に響かせるか」に特化していました。
この「語るような弓使い」こそが、聴衆に「プシホダ節」と言わしめる中毒性の高い音楽へとつながっていったのです。
確かに、彼の晩年を(と言っても50代でしたが)「事大主義的なアカデミズムの権威がどうしても欲しい。その結果遊芸人としての自分の気質から離れたレパートリーに情熱を打ち込んだことが、恐らくプシホダをしぼませてしまったのかも知れない」という人も言います。
しかし、、晩年の演奏その様に切って捨てるのには、安易に賛同しかねるのです。
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