ベートーベン:ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」 ニ短調 Op.31-2(Beethoven:Piano Sonata No.17 In D Minor, Op.31 No.2 "Tempest")
(P)バイロン・ジャニス:1950年9月7日~8日録音(Byron Janis:Recorded on September 7-8, 1950)
Beethoven: Piano Sonata No.17 In D Minor, Op.31 No.2 "Tempest" [1. Largo - Allegro]
Beethoven: Piano Sonata No.17 In D Minor, Op.31 No.2 "Tempest" [2. Adagio]
Beethoven: Piano Sonata No.17 In D Minor, Op.31 No.2 "Tempest" [3. Allegretto]
18世紀的なソナタから抜け出して独自の道を歩み始めたベートーベンの姿が明確に刻み込まれている

作品を6つ、もしくは3つにまとめて発表したり出版するのはバロック時代から古典派の時代における一つの特徴でした。それは、バッハの組曲やパルティータなどにもよくあらわれています。
おそらくは、そういう風にセットにすることで「お得感」もあったでしょうし、作曲家にしても自らの多様な姿を示す(誇示する?)のに都合がよかったのでしょう。
ベートーベンもまた同様なのですが、彼の場合は6つではなくて3つにまとめることが多かったようです。
ピアノ作品だけを例にしてみれば、作品2(1番~3番)、作品10(5番~7番)、作品31(16番~18番)がそれにあてはまります。
- Piano Sonata No.1 in F minor, Op.2-1
- Piano Sonata No.2 in A major, Op.2-2
- Piano Sonata No.3 in C major, Op.2-3
- Piano Sonata No.5 in C minor, Op.10-1
- Piano Sonata No.6 in F major, Op.10-2
- Piano Sonata No.7 in D major, Op.10-3
- Piano Sonata No.16 in G major, Op.31-1
- Piano Sonata No.17 in D minor, Op.31-2
- Piano Sonata No.18 in E-flat major, Op.31-3
作品14や作品27のように3つではなくて2つをまとめているものもありますし、当然の事ながら単独で作品番号を与えているものが全体の半数を占めています。
しかし、最後の3つのソナタ(Op.109~Op.111)のように、本来は3つにまとまった作品と考えられるのですが、ばらして出版した方が金になると判断したので異なる作品番号が与えられることになった作品も存在します。
そして、重要なことは、このようにまとまった形で発表された作品は、そのまとまりとして眺めないと見落としてしまう面があると言うことです。
明らかなのは、このようにまとまりを持った作品というのは、それぞれに対して明確な性格の違いが与えられていると言うことです。
例えば、作品10の3曲を例に挙げればハ短調のソナタはその調性に相応しく英雄的であり、続くヘ長調ソナタは諧謔的な雰囲気を漂わせます。そして、最後のニ長調のソナタは3曲の中では最も規模が大きくて雄大な広がりを持った作品として全体を締めくくります。
ベートーベンはこの3つの作品をまとめて発表することで、英雄的であり、諧謔的であり、そして雄大な世界をも提示できる自らの多様性をアピールすることが出来たのです。
そして、「作品31」においてはその様な性格付けはさらに際だっていて、それぞれが「諧謔的(ト長調)」であり「悲劇的(ニ短調)」であり、最後は規模の大きな「叙情的(変ホ長調)」な性格で締めくくられます。
そして、それは若手の人気ピアニストとして売り出していたベートーベンの姿が「作品10」の3曲に刻み込まれていたとすれば、そう言う18世紀的なソナタから抜け出して独自の道を歩み始めたベートーベンの姿が「作品31」には明確に刻み込まれているのです。
ピアノソナタ第17番 ニ短調「テンペスト」 Op31-2
- 第1楽章:Largo - Allegro
ベートーベンがこれまでに書いた音楽の中で最も劇的な性格を持った音楽であり、それは冒頭のわずか数小節の中に「Largo-Allegro-Adagio」が交錯することでも明らかです。それはテンポだけでなく音楽の情感も含めて全く異なったものの対立が暗示されています。
- 第2楽章:Adagio
2つの厳しい短調の楽章に挟まれた叙情的な音楽が聞き手の心に染み込んできます。モーツァルトが緩徐楽章でよく用いた反復や展開部を省いたカヴァティーナ形式が用いられています。
- 第3楽章:Allegretto一瞬として立ち止まることのない無窮道の音楽で、両手で16分音符の音型を積み重ねていく主題は騎馬の足音から連想したものだと伝えられています。
そして、この楽章ではこの音型を徹底的に展開し他の素材は用いないことによって爆発的な力を実現しています。
まさに、ワルトシュタインやアパショナータにつながっていく方向性がはっきりと感じ取れます
ジャニスの初レコーディングでしょうか
このテンペストの録音がジャニスのデビュー盤ではなかったでしょうか。当時ホロヴィッツが録音をおこなっていたRCAに、ジャニスもレコーディングをおこなうようになり、その第1作がこの録音です。
もっとも、10代のころから活発に演奏活動をしているので、ほかのレーベルで録音している可能性はあるのですが、今のところは見当たりません。
32歳で初レコーディングというのは今の感覚からすればずいぶんと遅いように思うのですが、昔は録音できる演奏家というのは限られていたということなのでしょう。・・・などと考えていて、ふと気づいたのはこの録音を行ったときジャニスは32歳ではなくて22歳だということでした。
いやはや、繰り下がりのある引き算も満足にできないとは、トホホ…です。
ということで、これがおそらくは彼の初レコーディングということで間違いないでしょう。
バイロン・ジャニスと言えばどうしても「ホロヴィッツの弟子」という看板がついて回ります。彼自身はその看板をどのように思っていたのかは分かりません。おそらくは、それは誇りでもあり重荷でもあり、単純に良否を言えるようなものではなかったはずです。
そして、ホロヴィッツはジャニスに対して常に「俺のコピーになるな」と言ってたそうなのです。しかし、ジャニスにとってはそれは逆に「ホロヴィッツの呪縛」を重く、深くしたのかもしれません。
直線的に、そして輝かしくピアノを鳴らす流儀は「ホロヴィッツのコピー」と言われればその通りです。
しかし、それは「ホロヴィッツの弟子」という看板を背負ってしまったからであって、そう言う看板を抜きにしてみれば20代の若者らしいストレートな音楽表現が貫かれていると言えるはずです。
しかしながら、こういう演奏を「悪くはないけれども、大きさや深さに欠けるね」としたり顔で批評する人をよく見かけます。
しかし、そう言う決まり切った批評を聞くたびに、「それでは大きさや深さに不足しない老大家は、このような鮮烈なまでの直線性に満ちた音楽を作れるんですか?」と問いかけたくなります。
すると、ある人は、「クラシック音楽に必要なのはその様なストレートさではなくて深さなんだよ」と反論されました。今でもこういう方がおられるんですね。(^^;
例えば、ショパンが葬送ソナタをかいたのは20代の後半なのです。そんな若者の書いた音楽に老大家の深さ(何が深いのかは分かりませんが・・・)にしか価値を見いださないというのは明らかに歪なような気がします。
確かに、この世の中には年を経なければ分からないことも少なくないのですが、年を経ることで忘れてしまうこともたくさんあります。
ですから、音楽を演奏するという行為は、どれほど楽譜に忠実にと言っても、それは今ある己の人生を作品の中に投影させる行為であるはずです。いや、そうでなければ、ただただ楽譜に忠実に音楽を再現させることだけが美徳であるならば、やがては人はピアノを演奏する人工知能に取って代わられてしまうはずです。
余談ながら、コンサートに行くと、終演後にしたり顔であれこれの欠点をあげつらって得意顔の人をよく見かけます。
いつも思うんです。
そこまでお気に召さないことばかりなら、最初から音楽なんか聞かなければいいのに・・・。
とは言え、私も結構あちこちで結構愚痴っているので自戒しなければいけません。(^^v
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