ベルワルド:交響曲第3番 ハ長調「風変りな交響曲」(Berwald:Symphony No.3 in C Major "Singuliere" )
イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年録音(Igor Markevitch:Berlin Philharmonic Orchestra Recorded on 1955)
Berwald:Symphony No.3 in C Major "Singuliere" [1.Allegro fuocoso]
Berwald:Symphony No.3 in C Major "Singuliere" [2.Adagio]
Berwald:Symphony No.3 in C Major "Singuliere" [3.Finale: Presto]
スウェーデンのもっとも独創的でモダンな作曲家
フランツ・アドルフ・ベルワルドは、スウェーデン出身の指揮者プロムシュテットなどの貢献などもあって少しずつその存在が知られるようにはなってきましたが、それでも同時代の独襖系の作曲家と較べればその認知度は大きく劣ります。
それにしても、その人生を振り返ってみれば、実に波瀾万丈の連続だったようです。
1796年にスウェーデンの音楽家の家系にに生まれたベルワルドは少年の頃から優れた音楽的才能を発揮していました。しかし、宮廷楽団でヴァイオリニストを務めていた父が亡くなると経済的苦境に陥り音楽活動を継続していくのが困難になります。そこで、彼は心機一転してベルリンに移り住んで創作活動を続けようとするのですが作曲家として認められることはなく、生きていくために整形外科と理学療法の診療所を開業します。
ところが、この診療所が成功をして財を築くことに成功すると、再びウィーンやパリに移り住んで創作活動を再開します。しかしながら、作曲家としての芽が出ることはなく、再びスウェーデンに戻ったベルワルドはガラス工房などを経営しながら創作活動を続けます。
その様なベルワルドの作品がようやくに認められたのは最晩年のことだったのですが、それでもハンスリックなどから「想像力とファンタジーに欠ける作曲家」という酷評を受けました。しかしながら、他方では彼の「ピアノ五重奏曲」を初見で弾いて、その出来映えを高く評価したリストのような音楽家もいたのです。
そして、その評価が確固たるものとなっていくのは彼が亡くなってからのことで、とりわけ、アウリンやステンハンマルら、スウェーデンの音楽家がベルワルドの作品を積極的に紹介し始めたことが契機となりました。そして、20世紀にはいると「スウェーデンのもっとも独創的でモダンな作曲家」と言われるようになり、それが後にプロムシュテットなどの活動につながっていくのです。
ベルワルドはその恵まれぬ創作活動の中においても多くの作品を残しているのですが、そのエッセンスが凝縮されているのが4つの交響曲だと言われています。それらの交響曲は1842年から1845年にかけてのごく短い期間に一気に創作されているのですが、ベルワルドが存命中に演奏されたのは「厳粛な交響曲」という標題がついた第1番だけでした。(1843年にストックホルムでベルワルド立ち会いの下で初演されたらしい)
第2番に至っては自筆楽譜が失われ、スケッチの綿密な調査に基づいてようやく演奏可能な版が作成されたのは20世紀に入ってからのことで、1914年にストックホルム王立歌劇場管弦楽団によって初演されています。
第3番はスコアが失われることはなかったのですが、それでも初演は1905年のことでした。そして、その初演を指揮をしたアウリンによってスコアには随分たくさんの変更が加えられていて、本来の形が復活するのはプロムシュテットによって新版が作成される1965年を待たなければいけませんでした。
そして、第4番はベルワルド自身がもっとも自信を持った作品だったようなのですが、それでも生前には演奏されず、ベルワルドの没後10年にあたる1878年にストックホルム王立歌劇場管弦楽団によって初演されています。
ベルワルドが創作活動を行った時期というのは、若い頃にベートーベンが活躍する姿を目の当たりにしながら、その後シューマンやメンデルスゾーン、ショパンやリストが活躍する姿を横目で睨みながらの時期だったと言えます。そして、一時移り住んだパリではベルリオーズが大きな位置を占めていました。
そう言う意味では、彼もまた古典派から初期ロマン派へと向かいつつある流れの中で創作活動を行ったのですが、そこにある種の北欧的感性のようなものも息づいていたのが最大の特徴だったと言えます。そして、その作品の完成度の高さは、同時代に多くの交響曲を残したロマン派の音楽家たち、シューマン、メンデルスゾーンと較べても遜色はないように思われます。
ベルワルド:交響曲第3番 ハ長調「風変りな交響曲」
自分で最初から「風変わりな交響曲」と言ってしまっているのが凄いのですが、聞いてみればそれほど「風変わり」とも思えません。
しかしながら、音楽は実に静かで穏やかな下行音型で始まるのですが、やがて印象的なモチーフが次々と登場すると、やがて不思議な転調が繰り返されます。
他人からの受け売りなのですが、この部分は「変ホ短調-ニ長調-ニ短調-変ニ長調-嬰ハ短調-ハ長調」と転調されていくようです。そして、そんな事が分からなくても、聞き手には、これっていったいどこに辿り着くのと言う不思議な雰囲気にはなります。
もしかしたら、ベルワルドがこの作品に「風変わりな」というタイトルをつけたのはその辺りに原因があるかもしれません。
続く第2楽章はアダージョの真ん中にスケルツォが挟み込まれているのですが、これも後の時代のシベリウスやラフマニノフを思い出させるものがあるのですが、この時代としては風変わりな構成です。そのあたりのことを意識して自ら「風変りな交響曲」と命名したのかもしれません。
しかしながら、ハ短調で始まった最終楽章のプレストが、最後はハ長調で輝かしく終わるというのはベートーベン的です。そう言う意味では、「風変りな」と言うよりは、ベートーベンの強い影響を受けながらそこから少しでも新しい一歩を踏み出そうとした初期ロマン派らしい交響曲と言っていいでしょう。
ほとんど聞く機会のない作品を見事に料理しています
このベルワルドの交響曲はイッセルシュテットの演奏で一度取り上げているのですが、本当に聞かれる機会の少ない作品です。実際に聞いてみれば十分すぎるほどに面白くて魅力的な音楽だけに、どうしてここまで無視されるのだろうかと不思議になります。
ただし、コンサートのプログラムに「ベルワルド:交響曲第3番 ハ長調」なんて書かれていてチケットを買おうと思う人はあまりいないでしょうから、そのあたりが「ブランド価値」というものなのでしょうか。
そう言えば、若かりし頃イタリアを訪ねたことがあるのですが、街のあちこちに素晴らしい手作りの小物を制作して販売しているお店がたくさんありました。それは「ブランド品」と呼ばれる高価なバッグや小物類と較べても遜色のないほどに魅力的な商品なのですが、価格の方はゼロが一つも二つも少ないほどにリーズナブルなものでした。さすが、イタリアは職人の国だと感心したものです。そして、そう言うお店をはしごして、あれこれと見て回りお気に入りの品を探し出すのは実に楽しい時間でした。
ですから、飽きるほどにブランド品の音楽を聞いてきた人であれば、こういうブランド的な価値を持たない作品をもっと積極的に掘りだしてきて聞くべきなのかもしれません。
そして、このベルワルドに関して言えば、マルケヴィッチの録音はまさにスタンダードと言っていいほどに信頼できる演奏であり、その音楽を力強く歌わせるスタイルはベルワルドの持つ魅力を存分に味合わせてくれます。
マルケヴィッチはしっとりとした歌の部分であってもそう言う甘さに寄りかかることはありませんし、音楽が大きく盛り上がっていく場面でもその盛りあげ方は実に自然であざとさというものが全くありません。そして、作品全体への目配りも万全で、聞き終われば「そうだったのか」という不思議な納得感を聞き手に与えてくれます。
まあ、そのあたりはベースが「作曲家」であることが大きく寄与しているのでしょう。
イッセルシュテットが60年代に録音したときでも手探り感のあったベルワルドの作品を、マルケヴィッチはすでにここまでの説得力を持って演奏していたとは驚きです。
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