クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調, Op.37

(P)ヴィルヘルム・ケンプ:フェルディナント・ライトナー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1961年7月録音





Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [1.Allegro con brio]

Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [2.Largo]

Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [3.Rondo. Allegro - Presto]


悲愴でもあり情熱的でもあるコンチェルト

この作品の初演はベートーベン自身の手によって1803年に行われましたが、その時のピアノ譜面はほとんど空白だったと言われています。ベートーベン自身にしか分からない記号のようなものがところどころに書き込まれているだけで、かなりの部分を即興で弾きこなしたというエピソードが伝わっています。
偉大な作曲家にはこのような人を驚かすようなエピソードが多くて、その少ない部分が後世の人の作り話であることが多いのですが、この第3番のピアノ協奏曲に関するエピソードはどうやら事実だったようです。
つまりは、この作品に関して言えば、ベートーベン自身も満足のいかない部分がいつまでも残り続けて、それ故に最後の「完成形」がなかなか得られなかったのでしょう。

この作品は残された資料から判断すると1797年頃から手を着けられて、1800年にはほぼ完成を見ていたようです。
ところが、気に入らない部分があったのか何度も手直しがされて、とうとう初演の時に至っても完成を見なかったためにその様なことになってしまったらしいのです。

結局は、翌年に彼の弟子に当たるリースなる人物がウィーンでピアニストとしてデビューすることになり、そのデビューコンサートのプログラムにこの協奏曲を選んだために、他人にも分かるように譜面を完成させなければいけなくなって、ようやくにして仕上がることになりました。
ヒラーは手紙の中で「ピアノのパート譜は完全に仕上がっていなかったので、ベートーベンが自分のためにはっきりと分かるように書いてくれた」とうれしそうに記していたそうです。

そんなこんなで、随分な回り道をして仕上がったコンチェルトですが、完成してみると、これは実にもう堂々たるベートーベンならではのダイナミックでかつパセティックな音楽となっています。
過去の2作に比べれば、オーケストラははるかに雄弁であり、ピアノもスケールが大きく、そして微妙なニュアンスにも富んだものとなっています。

ただし、作品全体の構成は伝統的なスタイルを維持していますから1番や2番の流れを引き継いだものとなっています。
ところが内容的には4番や5番に近いものをもっています。
そう言う意味において、この3番のコンチェルトは過渡期の作品であり、ベートーベンが最もベートーベンらしい作品を書いた中期の「傑作の森」の入り口にたたずむ作品だと言えるかもしれません。

この上もなく軽やかな(軽い?)ベートーベン


ソリストにはコンプリートする人としない人に別れるみたいな事を書いたことがあります。その二分法を適用すればケンプは典型的な「コンプリートする人」に分類されます。
しかし、そのコンプリートの仕方は一般的なコンプリートする人と較べれば随分と様子が異なっています。それは、誤解を恐れずに言えば、例えば世界で初めてベートーベンのピア・ソナタの全曲録音青したシュナーベルが「死ぬような思いをした」と吐露したような悲壮感がほとんど感じられないのです。

その事は、ほとんどの人がそれなりの時間をかけてコンプリートを完成させているのに対して、ケンプの場合は一気呵成に全曲録音をしているのです。
実際、ここで紹介しているベートーベンのピアノ協奏曲にしても1961年の6月から7月にかけて一気に録音を仕上げています。

ベートーベンのピアノ協奏曲の全曲録音ともなれば、普通はそれなりの意気込みというか気負いというか、そう言うものが漂うのが普通です。しかし、ケンプのこの全曲録音にはそう言う気負いのようなものは微塵も感じられません。
それどころか、どこにも力の入っていない、この上もない自然体で演奏に臨んでいます。結果として生み出される音楽は良く言えばかるみに溢れたベートーベンであり、悪く言えばあまりにも重量感に欠けた「軽いベートーベン」になっているのです。おそらく、ケンプ以外でこんなベートーベンを録音として世に出せる覚悟のあるピアニストはいないでしょう。

何度も繰り返して恐縮なのですが、ケンプは風に鳴る「エオリアンハープ」です。その風と「エオリアンハープ」は絶妙な調和を見いだしたときにはこの上もなく美しい世界を生み出します。そして、そう言う美しい瞬間はこの録音の中にいくつも見いだすことが出来ます。
しかし、それでも全体としてみれば、この演奏はあまりにも軽すぎて、そこに不満を感じる人がいても不思議ではありません。それよりも、オケの伴奏がそう言うケンプの軽やかさにピッタリと寄りそっていなければとても聞けたものでないことは容易に想像がつきます。

ですから、これはケンプだけでなく指揮を務めたフェルディナント・ライトナーとの合作と言ってもいいほどの演奏です。
協奏曲の魅力と言えばソリストとオケとの切った貼ったの勝負にあることも事実であり、事実そう言う文脈の中で多くの名演が生まれてきました。しかし、ここにあるのはそう言う切った貼ったの世界ではなくて、それとは真逆の方にあるソリストとオケとの完璧な調和の中で生み出される世界なのです。

そう言うことで、ケンプも凄いのですが、あらためてフェルディナント・ライトナーという指揮者の名人的な職人芸にも拍手を送りたいのです。

それから、最後に付け加えておきたいのは、この音源は中古レコードなのですが、盤面の状態があまりよろしくなくてかなりパチパチノイズが混ざります。さてどうしたものかと思ったのですが、賛否両論があっても、それなりに興味深い録音なので敢えてアップすることにしました。そのあたりの音質に関してはご容赦ください。

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