モーツァルト:交響曲第25番 ト短調, K. 183
ジョン・バルビローリ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1941年11月3日録音
Mozart:Symphony No.25 in G Minor, K.183 [1.Allegro con brio]
Mozart:Symphony No.25 in G Minor, K.183 [2.Andante]
Mozart:Symphony No.25 in G Minor, K.183 [3.Menuetto - Trio]
Mozart:Symphony No.25 in G Minor, K.183 [4.Allegro]
ザルツブルグにおける宮仕え時代の作品・・・ザルツブルグ交響曲
ミラノでのオペラの大成功を受けて意気揚々と引き上げてきたモーツァルトに思いもよらぬ事態が起こります。
それは、宮廷の仕事をほったらかしにしてヨーロッパ中を演奏旅行するモーツァルト父子に好意的だった大司教のシュラッテンバッハが亡くなったのです。そして、それに変わってこの地の領主におさまったのがコロレードでした。
コロレードは音楽には全く関心のない男であり、この変化は後のモーツァルトの人生を大きな影響を与えることになることは誰もがご存知のことでしょう。
それでも、コロレードは最初の頃はモーツァルト一家のその様な派手な振る舞いには露骨な干渉を加えなかったようで、72年10月には3回目のイタリア旅行、さらには翌年の7月から9月にはウィーン旅行に旅立っています。
そして、この第2回と第3回のイタリア旅行のはざまで現在知られている範囲では8曲に上る交響曲を書き、さらに、イタリア旅行とウィーン旅行の間に4曲、さらにはウィーンから帰って5曲が書かれています。これら計17曲をザルツブルグ交響曲という呼び方でひとまとめにすることにそれほどの異論はないと思われます。
<ザルツブルク(1772年)>
交響曲第14番 イ長調 K.114
交響曲第15番 ト長調 K.124
交響曲第16番 ハ長調 K.128
交響曲第18番 ヘ長調 K.130
交響曲第17番 ト長調 K.129
交響曲第19番 変ホ長調 K.132
交響曲第20番 ニ長調 K.133
交響曲第21番 イ長調 K.134
K128?~K130は5月にまとめて書かれ、さらにはKK132とK133Kは7月に書かれ、その翌月には134が書かれています。
これらの6曲が短期間に集中して書かれたのは、新しい領主となったコロレードへのアピールであったとか、セット物として出版することを目的としたのではないかなど、様々な説が出されています。他にも、すでに予定済みであった3期目のイタリア旅行にそなえて、新しい交響曲を求められたときにすぐに提出できるようにとの準備のためだったという説も有力です。
ただし、本当のところは誰も分かりません。
この一連の交響曲は基本的にはハイドンスタイルなのですが、所々に先祖返りのような保守的な作風が顔を出したと思えば(K129の第1楽章が典型)、時には「first great symphony」と呼ばれるK130の交響曲のようにフルート2本とホルン4本を用いて、今までにないような規模の大きな作品を仕上げるというような飛躍が見られたりしています。
アインシュタインはこの時期のモーツァルトを「年とともに増大するのは深化の徴候、楽器の役割がより大きな自由と個性に向かって変化していくという徴候、装飾的なものからカンタービレなものへの変化の徴候、いっそう洗練された模倣技術の徴候である」と述べています。
<ザルツブルク(1773年~1774年)>
交響曲第22番 ハ長調 K.162
交響曲第23番 ニ長調 K.181
交響曲第24番 変ロ長調 K.182
交響曲第25番 ト短調 K.183
交響曲第27番 ト長調 K.199
交響曲第26番 変ホ長調 K.184
交響曲第28番 ハ長調 K.200
交響曲第29番 イ長調 K.201
交響曲第30番 ニ長調 K.202
アインシュタインは「1773年に大転回がおこる」と述べています。
1773年に書かれた交響曲はナンバーで言えば23番から29番にいたる7曲です。
このうち、23・24・27番、さらには26番は明らかにオペラを意識した「序曲」であり、以前のイタリア風の雰囲気を色濃く残したものとなっています。
しかし、残りの3曲は、「それらは、---初期の段階において、狭い枠の中のものであるが---、1788年の最後の三大シンフォニーと同等の完成度を示す」とアインシュタインは言い切っています。
K200のハ長調シンフォニーに関しては「緩徐楽章は持続的であってすでにアダージョへの途上にあり、・・・メヌエットはもはや間奏曲や挿入物ではない」と評しています。
そして、K183とK201の2つの交響曲については「両シンフォニーの大小の奇跡は、近代になってやっと正しく評価されるようになった。」と述べています。
そして、「イタリア風シンフォニーから、なんと無限に遠く隔たってしまったことか!」と絶賛しています。
この絶賛に異議を唱える人は誰もいないでしょう。
時におこるモーツァルトの「飛躍」がシンフォニーの領域でもおこったのです。
そして、モーツァルトの「天才」とは、9才で交響曲を書いたという「早熟」の中ではなく、この「飛躍」の中にこそ存在するのです。
切れ味を失わないモーツァルト
バルビローリによるモーツァルトの録音というのは珍しいのではないでしょうか。戦前は協奏曲の伴奏をよくつとめていましたが、戦後はオペラの序曲などの小品がほとんどで、このような交響曲の録音は珍しいのではないかと思います。
ですから、モーツァルトとは相性が悪いのかなと思っていたのですが、実際に聞いてみると、驚くほどに切れ味のよいモーツァルトなのでいささか驚いてしまいました。
そう言えば、バルビローリと言えば一時「ミニ・カラヤン」みたいな言われ方をしたときがありました。それは、バルビローリの歌い回しの上手さと、「レガート・カラヤン」との間に似たようなものを感じた人が言い始めたものかと思うのですが、こういうモーツァルト演奏を聞かされるとそう言う言い方は全くの的外れであることを思い知らされます。
例えば、カラヤンがサンモリッツで夏の休暇の時にベルリン・フィルのお気に入りのメンバーを集めて小編成のオケでモーツァルトを演奏したことがあります。
それは、過剰なまでの響きで演奏するいつものスタイルとは違って、その小編成の弦楽合奏が紡ぎ出す響きはこの上もなく美しいもので、「何だ、やろうと思えばこういうモーツァルトがやれるんだ」と思ったものでした。しかし、本気モードの時のカラヤンは常にを過剰なまでのの響きとレガートでモーツァルトを描き出しました。
つまり、カラヤンが考えるモーツァルトの世界はあの過剰なまでのレガートで描かれる世界だったと言うことを思い知らされるのです。もちろん、あのカラヤンがそう思ったのですから、我々ごときがあれこれ言って何になるものでもないのですが、それを好ましく思わない人が多かったことも事実です。
しかし、このバルビローリのモーツァルトは明らかにそう言うカラヤンのモーツァルトとは異なった世界です。それは、両者の音楽感の違いを見事なまでに浮かび上がらせるものでした。
とりわけ、戦時中にコロンビアで録音したK.183の「小ト短調」の凄みさえ感じさせる切れ味の良さと凄みは、ワルターの有名な1956年のウィーンフィルとの演奏を思い出させたほどです。そして、戦後に録音したイ長調のシンフォニー(K.201)とジュピターもまた、そこまでの凄みはなくとも、小気味良い切れ味を失っていませんでした。
とりわけ、ジュピターの最終楽章などは見事としか言いようがありませんし、それとは対照的に、アンダンテ楽章では「歌うバルビローリ」もたっぷりと味合わせてくれる演奏でした。それらと較べればイ長調シンフォニーはいささか特徴に乏しいかもしれませんが、こういう静かな音楽はそう言う中庸性を保った方が相応しいのかもしれません。
バルビローリのモーツァルトなんてほとんど眼中に入っていなかったので、これは意外な収穫でした。
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