リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」, Op.40
サー・トーマス・ビーチャム指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団 1958年4月17日&22日録音
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [1.The Hero]
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [2.The Hero's Enemies]
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [3.he Hero's Companion]
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [4.The Hero's Field of Battle]
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [5.The Hero's Works of Peace]
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [6.The Hero's Withdrawal from the World]
Richard Strauss:Ein Heldenleben - Symphonic for Orchestra Op.40 [7.Renunciation]
オーケストラによるオペラ
シュトラウスの交響詩創作の営みは「ドン・ファン」にはじまり(創作そのものは「マクベス」の方が早かったそうだが)、この「英雄の生涯」で一応の幕を閉じます。その意味では、この作品はシュトラウスの交響詩の総決算とも言うべきものとなっています。
「大オーケストラのための交響詩」と書き込まれたこの作品は大きく分けて6つの部分に分かれると言われています。
これはシュトラウスの交響詩の特徴をなす「標題の設定」と「主題の一致」という手法が、ギリギリのところまで来ていることを示しています。つまり、取り扱うべき標題が複雑化することによって、スッキリとした単一楽章の構成ではおさまりきれなくなっていることを表しているのです。
当初、シュトラウスがあつかった標題は「マクベス」や「ドン・ファン」や「ティル」のような、作曲家の体験や生活からははなれた相対的なものでした。その様なときは、それぞれの標題に見合った単一の主題で「つくりもの」のように一つの世界を構築していってもそれほど嘘っぽくは聞こえませんでした。そして、そこにおける主題処理の見事さとオーケストラ楽器の扱いの見事さで、リストが提唱したこのジャンルの音楽的価値を飛躍的に高めました。
しかし、シュトラウスの興味はその様な「つくりもの」から、次第に「具体的な人間のありよう」に向かっていきます。そして、そこに自分自身の生活や体験が反映するようになっていきます。
そうなると、ドン・ファンやティルが一人で活躍するだけの世界では不十分であり、取り扱うべき標題は複雑化して行かざるをえません。そのために、例えば、ドン・キホーテでは登場人物は二人に増え、結果としてはいくつかの交響詩の集合体を変奏曲形式という器の中にパッキングして単一楽章の作品として仕上げるという離れ業をやってのけています。
そして、その事情は英雄の生涯においても同様で、単一楽章と言いながらもここではハッキリと6つの部分に分かれるような構成になっているわけです。
それぞれの部分が個別の標題の設定を持っており、その標題がそれぞれの「主題設定」と結びついているのですから、これもまた交響詩の集合体と見てもそれほどの不都合はありません。
つまり、シュトラウスの興味がより「具体的な人間のありよう」に向かえば向かうほど、もはや「交響詩」というグラウンドはシュトラウスにとっては手狭なものになっていくわけです。
シュトラウスはこの後、「家庭交響曲」と「アルプス交響曲」という二つの管弦楽作品を生み出しますが、それらはハッキリとしたいくつかのパートに分かれており、リストが提唱した交響詩とは似ても似つかないものになっています。そして、その思いはシュトラウス自身にもあったようで、これら二つの作品においては交響詩というネーミングを捨てています。
このように、交響詩というジャンルにおいて行き着くところまで行き着いたシュトラウスが、自らの興味のおもむくままにより多くの人間が複雑に絡み合ったドラマを展開させていくこうとすれば、進むべき道はオペラしかないことは明らかでした。
彼が満を持して次に発表した作品が「サロメ」であったことは、このような流れを見るならば必然といえます。
そして、1幕からなる「サロメ」を聞いた人たちが「舞台上の交響詩」と呼んだのは実に正しい評価だったのです。
そして、この「舞台上の交響詩」という言葉をひっくり返せば、「英雄の生涯」は「オーケストラによるオペラ」と呼ぶべるのではないでしょうか。
シュトラウスはこの交響詩を構成する6つの部分に次のような標題をつけています。
第1部「英雄」
第2部「英雄の敵」
第3部「英雄の妻」
第4部「英雄の戦場」
第5部「英雄の業績」
第6部「英雄の引退と完成」
こう並べてみれば、これを「オーケストラによるオペラ」と呼んでも、それほど見当違いでもないでしょう
己が歩きたいと思った道を自由に歩んでいる
ビーチャムのリヒャルト・シュトラウスってこんなにも面白くて楽しい演奏だったんだと感心させられました。
それは、細部に至るまでビーチャムの意志が貫き通されていて、その意志は「イギリス最後の偉大な変人」と言われたビーチャムのユニークさがすみずみまでしみ通っているのです。しかし、その事を実現するのは容易ではなかったようで、例えば「町人貴族」の録音クレジットなどは何かの間違いではないかと思うようなものになっています。
1947年2月23日~24日,3月24日&29日,10月15日&11月5日~6日, 1947 & 1948年3月20日録音
おまけに録音場所はロンドンとパリに分かれているのですから、録音会場の響きにまでこだわったのでしょうか。
もちろん、そんな事が出来たのは採算など度外視できるほどの大金持ちだったからなのですが、ただの金持ちの道楽だけで出来るわけでもありません。やはり、そこには「イギリス最後の偉大な変人」ならでは本領が発揮されています。
ちなみに、ソリストにポール・トルトゥリエをむかえたドン・キホーテの録音クレジットも以下の通りです。
1947年10月4日&7日~8日&1948年3月20日録音
こちらは「町人貴族」ほどの変質的なこだわりはないように見えますが、ソリストのトルトゥリエを拘束するのですから、普通では考えられないしつこさです。
さすがに、50年代の後半に録音された「英雄の生涯」は常識の範疇におさまっているのですが、おそらくすでに体力的にかなりきつくなっていたのかもしれません。ですから、聞いていて圧倒的に面白いのは1947年から1948年にかけて録音された演奏です。
そこにはビーチャムという偉大な変人がシュトラウスの作品の中からかぎ出した皮肉や諧謔、滑稽さや偉大さなどがなんの遠慮もなしにあばきだしています。スコア等というのはただの道標にしかすぎず、ビーチャムを己が歩きたいと思った道を自由に歩んでいます。
「7枚のヴェールの踊り」は言うまでもなく、演奏される機会の少ない「火の災い」より「ラヴ・シーン」や「インテルメッツォ」より「間奏曲変イ長調」なども実に楽しく聞くことができます。
そして、こういう音楽を聞いていると変人だったのはビーチャムだけでなく、フルトヴェングラーやトスカニーニ、クナッパーツブッシュやクレンペラーなども偉大なる変人だったことに気づかされます。
みんな利口になって変人がいなくなった世界というのは、実はつまらない世界なのかもしれません。
最後についでながら、1947年の録音はテープ録音が始まる前のものなのですが、驚くほど音質がよいことも付け加えておきましょう。やはり、こういう面もお金があれば「やれば出来る」と言うことなのでしょうか。
まさに偉大な変人の偉大なるお金の使い方に感謝あるのみです。
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