ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調, Op.44
(Vn)ミッシャ・エルマン:アナトール・フィストゥラーリ指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1956年録音
Bruch:Violin Concerto No.2 in D minor, Op.44 [1.Adagio non troppo]
Bruch:Violin Concerto No.2 in D minor, Op.44 [2.Recitativo: Allegro moderato. Allegro. Andante sostenuto]
Bruch:Violin Concerto No.2 in D minor, Op.44 [3.Finale: Allegro molto]
第2番ってあったんだ・・・!!

ブルッフのヴァイオリン協奏曲第2番と聞いて、一瞬「うん?」となってしました。そんな作品ってあったけ?・・・と、言う感じだったのですが、考えてみれば「第2番」なければわざわざ「第1番」等という言い方はしないわけであって、ヴァイオリン協奏曲を一曲しか残していない場合は、わざわ「チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 第1番」とか「ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 第1番」なんて言い方はしないわけです。
と言うことは、「第1番」が存在すると言うことは当然の事ながら「第2番」以降が存在すると言うことです。
しかしながら、ブルッフのヴァイオリン協奏曲に関して言えば「第1番」は演奏会でもよく取り上げられ、録音も数多く存在します。調べてみれば、2022年2月時点において、このサイトでも13種類の録音をアップしていますが、「第2番」は皆無です。
おそらく1番と2番でこれほど格差があるのはチャイコフスキーのピアノ協奏曲くらいでしょうか。
とは言え、第2番を聞いてみれば、それはどこか「スコットランド幻想曲」を想起させるような、華やかな演奏効果にあふれていて、さらにはたおやかな旋律にも不足することはなく、1番と較べてもそれほど遜色のない魅力を持っています。
それどころか、最初から最後まで独奏ヴァイオリンが主役として君臨し、オーケストラはひたすら伴奏に徹している第1番と較べれば、この第2番は両者が絡み合って雄大な楽想を展開しています。
調べてみれば、この第2番の協奏曲は第1楽章まで書いて一時放棄され、その後それだけが単独で「ロマンス」という作品として出版されています。その後この「ロマンス」の楽譜をサラサーテに献呈したことで二人の親交は深まり、それが切っ掛けとなって3楽章構成の協奏曲として完成することになりました。
そのために、初演はサラサーテの独奏とブルッフの指揮で行われたのですが、出版社は自社の楽譜を購入したものにしか演奏を認めなかったので、それが大きな制約となって広く演奏される機会を失ってしまいました。そして、時の流れの中でいつしか忘却の波に洗われていったと言うことのようです。
さらに言えば、ブラームスがこの作品に対して「第1楽章がアダージョで書かれていることは一般の聴衆には耐えがたい」みたいな事を言ったのも影響したようです。さらに同時期に発表されたブラームスのヴァイオリン協奏曲が大きな話題となってその陰に隠れたことも影響したとも言われています。
もっとも、ブラームスはその後「一般の聴衆には耐えがたい」との発言は撤回しているのですが、一度口に出てしまい世に広まった言葉というのはなかなか消えるものではありません。
ブルッフ自身はこの第1楽章には絶対的な自信を持っていただけに、その言葉は承服しかねるものだったでしょう。
実際に作品を聞いてみれば実に魅力に溢れた音楽であることは誰もが納得するはずです。
完璧主義とは異なるエルマンなりの音楽との向き合い方
エルマンの晩年については否定的な評価が定着しているようです。その際たるものが、Deccaのプロデューサーだったカルショーの次のような記述でしょう。
キルステン・フラグスタートに働きかけて引退から復帰させたことはフランク・リーの主要な業績である。しかし、彼の発想がいつもこの水準にあるわけではなかった。例えば、キャリアの晩年にあったミッシャ・エルマンにヴァイオリン協奏曲をを弾かせる試みなどは、惨憺たる出来と言うべきだった。
まさに一刀両断とも言うべき切り捨て方です。
確かに、晩年のエルマンの技術面での衰えは否定できず、ハイフェッツなどに代表されるような演奏スタイルから見れば「惨憺たる」という表現はそれほど間違ってはいません。
しかし、Deccaのフランク・リーはそう言うカルショーとは意見を異にしていたようで、50年代の半ばに彼と組んで精力的に録音を行っています。そして、その事実を裏から見れば、カルショーが「惨憺たる」と評した演奏を少なくない聞き手が受け入れたことを証明しています。
いくらプロデューサーが熱心に起用しても、肝心のレコードが売れなければお払い箱というのがこの世界の常識です。
しかし、事実はエルマンはフランク・リーと組んで実に多くの協奏曲を録音しているのです。
ざっと眺め回しただけでも、ベートーベン、チャイコフスキー、モーツァルトの4番と5番、ブルッフの1番と2番、ヴィエニャフスキ等々です。
さらに、ピアニストのジョセフ・シーガー と組んでベートーベンやブラームスのソナタ、さらには数多くの小品も録音を残しています。
ついでに言えば、ブルッフの協奏曲は、近年アナログ・レコードとして復刻されていたりもするようです。
考えてみれば、どんなヴィオリニストでも(ピアニストでも同様でしょう)、年を重ねればフル・オーケストラを相手に勝負しなければいけない協奏曲というジャンルはしんどくなってくるものです。それは、ハイフェッツやホロヴィッツでも同様で、彼らは晩年に近づくと協奏曲のジャンルからは撤退していきました。
ハイフェッツは幾つかの例外はあるものの、60代に入った頃からはほとんどコンサートでは協奏曲を演奏しなくなりましたし、録音もほとんど行っていません。
ホロヴィッツなどは全面撤退という感じです。
それに対して、エルマンがDeccaで精力的に協奏曲を録音したのは60代も半ばに達した頃でした。
おそらく、この辺りに、ハイフェッツのような完璧主義とは異なるエルマンなりの音楽との向き合い方があらわれているのかもしれません。
晩年は少なくない酷評を浴びながらも、結局はなくなるまで現役を貫き通したのがエルマンでした。
エルマンは1967年に76年の生涯を終えるのですが、その時も間近に迫ったリサイタルのためにいつものように練習していた最中に突然倒れて亡くなったと伝えられています。
Wikipediaには「長く録音活動も続けたエルマンのレコードの中で聴くに値するのはモノラル録音時代までとされており、ステレオ録音時代に残した録音は、難しいところではテンポを極端に落とすなど技術的な衰えが甚だしく、いくつかの小品の録音以外で聴く事はお勧めできないものが多い」と記されているのですが、こういう事はあまり最初から信じ込まない方がいいのかも知れません。
エルマンはハイフェッツと較べれば10年先に生まれています。エルマンは1891年、ハイフェッツは1901年です。
この10年の差は大きく、エルマンには19世紀的なロマンティシズムが骨の髄にまで染み込んでいます。その重くて野太いヴァイオリンの響きで情感豊かに歌うことに価値を見いだしていたエルマンと、ひたすら楽曲解釈においても客観性を追い求め、それを実現するために技術的な完璧を求めてハイフェッツを同列に論ずるのは無意味です。
エルマンは常に音楽をすることを楽しんでいたように思います。おそらく、それが19世紀なのでしょう。
カルショーが「惨憺たる」と評した彼の演奏が本当はどんなものだったのか、先入観抜きに聞いてみるのも大切ではないでしょうか。もっとも、その結果が惨憺たる音楽を聞かされたと言うことになっても、聞かずしてそう言うのとは大違いです。
ただし、彼にハイフェッツ的なものを求めてはいけません。それだけはお忘れなく。
とりわけ、このブルッフの協奏曲は聞くに値します。そうでなければ今の時代になってアナログ・レコードとして復刻されたりするはずがないのです。
どうか自分の心に正直になって聞いてみてください。
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