クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シベリウス:「カレリア」組曲, 作品11

トマス・イェンセン指揮 デンマーク国立放送交響楽団 1952年6月録音





Sibelius:Karelia Suite Op.11 [1.Intermezzo]

Sibelius:Karelia Suite Op.11 [2.Ballade]

Sibelius:Karelia Suite Op.11 [3.Alla marcia]


民族のアイデンティティ

民族のアイデンティティを問うのは難しいものです。私だって、面と向かって「日本人としてのアイデンティティとは何か?」と問われれば言葉に詰まってしまいます。
とはいえ、人は己のアイデンティティをどこかに求めたくなるのは当然のことであり、シベリウスもまた家庭内言語がスウェーデン語であった事を恥じ、己のフィンランド人としてのアイデンティティを民族叙事詩「カレワラ」に求めました。ですから、彼は若い頃はこの「カレワラ」を積極的に作品の題材として取り上げています。

しかし、「カレワラ」に題をとった若い頃の作品をまとめて聴いてみると、そこで展開される民族的な物語が最終的には西洋音楽の合理性の中でわくづけられてしまっている事に気づかざるを得ません。もちろん、そんなことは私が言うまでもなくシベリウス自身が一番強く感じ取っていたことでしょう。そして、40代になって生み出された作品49の交響的幻想曲「ポヒョラの娘」あたりまでくると、そう言う枠から抜け出しつつあるシベリウスの姿がはっきり見て取れるようになります。

組曲「カレリア」作品11


カレリア地方は「カレワラ」が生み出された地だと言われていて、シベリウスも新婚旅行でこの地を訪れています。
この組曲はカレリア地方の大学から野外劇の付随音楽を依頼され、その音楽から3曲選んで作品11として出版されたものです。

  1. 第1曲:間奏曲

  2. 第2曲:バラード

  3. 第3曲:行進曲


ちなみに、付随音楽の序曲も「カレリア序曲」作品10として出版されているのですが、こちらは演奏される機会は非常に少なく録音もほとんどないようです。
それと比べると組曲の方は、第1曲の雄大なダイナミズム、第2曲のしっとりとした北欧的な叙情、そして第3曲の素朴な民衆の踊りからは明るい快活さがあふれ出していて、疑いもなく若きシベリウスの美質が詰め込まれています。

トゥオネラの白鳥 作品22の2


シベリウスにとってオペラの作曲は一種のトラウマとなっています。
カレワラの英雄レミンカイネンを主人公とした作品を何度か構想するのですが、そのたびに己のオペラに対する適正のなさを思い知らされるのでした。しかし、そうして断念したオペラの断片から「4つの伝説曲」が生み出されたのですから、才能のない作曲家から見れば羨ましい限りの話でしょう。
「トゥオネラの白鳥」はこの「4つの伝説曲」の中の第3曲として位置づけなのですが、単独で取り上げられる機会の多い作品です。

「トゥオネ」とは「カレワラ」に出てくる黄泉の国のことで、そのまわりには黒い川が流れていて神聖な白鳥が悲しみの歌を歌っているとされています。日本の仏教説話である三途の川よりは遙かにロマンティックです。
ところが、「カレワラ」では英雄レミンカイネンは愛したポヒョラの娘を得るために娘の母親からその白鳥を捕まえてくるように命じられます。当然のことながらそのような試みは失敗するのですが、ここではその神秘的なトゥオネラの白鳥が描かれています。

交響的幻想曲「ポヒョラの娘」 作品49


この作品も「カレワラ」に題を得たもので、ここでは英雄ヴァイナモイネンとポヒョラの娘のやりとりが音楽で描かれます。それにしてもレミンカイネンにヴァイナモイネンという二人の英雄を手玉にとったポヒョラの娘とはよほど魅力的な女性だったのでしょう。
ここでも、娘は自分の愛が得たいのならば自分が与えた試練を乗り越える事を英雄ヴァイナモイネン要求します。英雄ヴァイナモイネンは己の力を駆使してその試練を次々と克服していくのですが、最後の「小さな糸巻き棒から船を造る」という試練に失敗し己の斧で負傷してしまいます。
そして、試練に失敗したヴァイナモイネンは試練をあきらめて再び旅に出ようとするのですが、そんなヴァイナモイネンに娘はあざけりの笑いを投げかけます。

暖色系のシベリウス


この録音を聞いていて、友人がこのオーケストラのことを非常に高く評価していたことを思い出しました。確か2019年の来日公演だったと思います。
もちろん、彼はかなりのクラシック音楽オタクですから、今さらヨーロッパからのオケだからと言って有り難がるような人物ではありません。それどころか、技術的にはそれほど上手くないといいながら、評価していたのです。

では、彼が何を評価したのかというと、今や多くのオーケストラが失いつつある「音色」を保持していることにたいしてでした。
確か、何人か集まって「最近は日本のオケも技術が向上した」という話になって、ヨーロッパのオケなどと較べてもそれほど遜色はないのだから、何も高いチケットを買って来日オケの公演なんて聴きに行く必要はないというような事を話し合っていたのです。
その時に、彼が技術的なことには同意しながらも、どうしても日本のオケには「色」がないのが残念だという文脈の中で、デンマーク国立交響楽団の来日公演について語ったのでした。

それには、一同大いに賛同の意を示し、そしてその「色」を失いつつある事の弊害はヨーロッパの一流と言われるオーケストラに於いてこそ「深刻」な事態になっているのではないかという話でさらに盛り上がりました。つまりは、私がいつもぼやいている「無味・無臭」「蒸留水」のような響きが跋扈しているという事への懸念でした。

そんな事を、この録音を聞いてるうちに思い出してしまったのです。
デンマーク国立交響楽団はデンマーク放送協会(DR)専属のオーケストラなので、デンマーク放送交響楽団とかDR放送交響楽団とも呼ばれることもあります。
そして、彼が、このオケには「色」があると言ったのは、ここで録音されているオケの「色」みたいなものが今も失われずに保持されているんだろうなと思ったしだいなのです。

おそらく、シベリウスの音楽としては「暖色系」の響きかもしれません。しかし、この「暖色系」の色合いこそがこのオケの持ち味であり、その伝統を失うことなく今も引き継いでいるのでしょう。
もっとも、カレリア組曲と較べれば、さすがに「4つの伝説曲」はいささかヒンヤリしますが、それでもどこか温かみにつつまれた響きは魅力的です。

暖色系のシベリウスというと、セーゲルスタムの交響曲録音(灼熱系?)を思い出すのですが、これはあれほどにあくどくもなく上品です。そう言う意味では、デンマークという国が持っている品格のようなものが感じられる演奏です。

なお指揮者のトマス・イェンセンについては知るところはほとんどないのですが、ニールセンの門下生で最晩年はデンマーク放送交響楽団の首席指揮者を亡くなるまで務めた人物です。そう言う意味では、彼もまたこのオケの伝統の貴重なつなぎ手だったと言えるのでしょう。

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2021-05-21:エラム


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