クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:チェロソナタ第5番 ニ長調 Op.102-2

(Cello)エンリコ・マイナルディ(P)カルロ・ゼッキ 1957年録音





Beethoven:Cello Sonata No.5 in F major, Op102-2 [1.Allegro con brio]

Beethoven:Cello Sonata No.5 in F major, Op102-2 [2.Adagio con molto sentimento d'affetto]

Beethoven:Cello Sonata No.5 in F major, Op102-2 [3.Allegro - Allegro fugato]


チェロの新約聖書

チェロという楽器はヴァイオリンやヴィオラと比べると独奏楽器として活躍する作品は多くはありません。
例えば、モーツァルトはチェロを独奏楽器とした作品は一つも残していません。これは、チェロを飯の種にする演奏家にとってはかえすがえすも残念なことでしょう。

そんな中で、ベートーベンが5つのチェロソナタを残してくれたことは、バッハの6つの無伴奏組曲とならんで、チェリストに対する福音となっています。
また、ベートーベンのチェロソナタはベートーベンの初期に2つ、中期に1つ、そして後期に2つという具合に、その全生涯にわたって実にバランスよく作曲されたために、1番から順番に5番まで聞き通すと、ベートーベンという偉大な音楽家の歩んだ道をミニチュアを見るように俯瞰できるという「特典」がついてきます。(^^)

俗な言い方になりますが、バッハの無伴奏組曲がチェロの旧約聖書とするなら、ベートーベンのチェロソナタは新約聖書と言っていい存在です。

(1)二つのチェロソナタ 作品5

1796年にベルリンで完成されたこの二つのソナタは、プロイセン国王フリードリヒを念頭に置いて作曲されたと言われています。
よく知られているように、フリードリヒはチェロの名手として知られており、この二つのソナタを献呈する事によって何らかの利益と保証を得ようとしたようです。
初演は宮廷楽団の首席チェリストだったデュポールとベートーベン自身によって国王の前で行われました。

この二つのソナタは、明るくて快活な第1番、感傷的な第2番というように性格的には対照的ですが、ともに長大な序奏部を持っていて、そこでたっぷりとチェロに歌わせるようになっているところは、明らかにフリードリヒを意識した作りになっています。
また、至る所に華やかなピアノのパッセージが鏤められていることも、国王のまでベートーベン自身がピアニストとして演奏することを十分に意識したものだと思われます。

(2)チェロソナタ第3番 作品69

ベートーベンのチェロソナタの中では最もよく知られている作品です。
傑作の森と言われるベートーベン中期を代表するソナタだといえます。第1楽章冒頭の、チェロに相応しいのびのびとしたメロディを聞くだけで思わず引き寄せられるような魅力を内包しています。
全体としてみると、チェロはかなり広い音域にわたって活躍し、とりわけ高音域を自由に駆使することによってピアノと同等に渡り合う地位を獲得しています。

この作品は、ベートーベンの支援者であったグライヘンシュタイン男爵に献呈されています。
当初、男爵にはピアノ協奏曲第4番を献呈するつもりだったのが、ルドルフ大公に献呈してしまったので、かわりにチェロの名手でもあった男爵のためにこの作品を書いたと言われています。

(3)二つのチェロソナタ 作品102

ベートーベンの後期を特徴づける幻想的な雰囲気がこの二つのソナタにもあふれています。
とりわけ、第5番のソナタは第2楽章に長大なアダージョを配して、深い宗教的な感情をたたえています。

この作品は、ラズモフスキー家の弦楽四重奏団のチェロ奏者であったリンケのために書かれ、エルデーディ伯爵夫人に献呈されています。
伯爵夫人はベートーベンの良き理解者であり、私生活上の煩わしい出来事に対しても良き相談相手としてあれこれと尽力してくれた人物でした。

リンケと伯爵夫人の関係については諸説があるようですが、ピアノの名手でもあった伯爵夫人がリンケとともに演奏が楽しめるようにと、夫人への感謝の意味をこめて作曲したと言われています。

「ゆく春やおもたきチェロの抱きごころ」とでも言いたくなるような演奏です


おかしな話なのですが、ベートーベンのヴァイオリン・ソナタやチェロ・ソナタというのは、立派に演奏してくれればくれるほどどんどん「私」から遠のいていくような気がするのです。
そう言えば、オイストラフとオポーリンの全集を取り上げたときに、こんな事を書いていました。

この演奏を女性に例えてみれば、才色兼備の女性が自信と意欲を持って完璧に仕事を仕上げていくような雰囲気なのです。
もちろん、仕事に臨む姿勢にも、仕上がりのクオリティにも何の問題もありません。
ですから、その仕事ぶりには感心はさせられるのですが、なぜか見る人の「情」が動かないのです。


そして、チェロ・ソナタについても、例えばロストロポーヴィッチとリヒテルという重量量級の二人ががっぷり四つに組んだ全集に対して、「その持てるテクニックをフルに発揮してフルコースでエンターテイメント性を提供してくる演奏なので、すっかり感心させられる」とは書いていたのですが、やはり「情」は動かないのです。

もちろん、それは私がいささかひねくれているだけの話であって、普通はそんな言いがかりみたいな物言いでケチをつけたりはしないのでしょう。
ところが、そう言う不満を感じている中で出会ったのがシュナイダーハンとケンプによる古い録音でした。

美音にもたれかかって音楽が崩れると言うことは全くありません。それどころか、背筋をピシリと伸ばして、まなざしを常に遠くを見つめているような潔さが満ちています。
それはたとえてみれば、すごい美人でありながら、その美貌に決して甘えることなく黙々と仕事に励む女性を見る思いです。


なとも言えず感覚的な物言いなのですから、やはり、ひねくれているのでしょう。
でも、この演奏と録音に出会って、はじめてベートーベンのヴァイオリン。ソナタを「楽しく」聞けたことは事実です。

そして、チェロ・ソナタでも、ついに出会ったのがこのエンリコ・マイナルディとカルロ・ゼッキによる、この録音です。

マイナルディに関しては、バッハの無伴奏チェロ組曲ですっかり感心させられて、こんなに魅力的なチェリストをどうして今まで視野の外に置いていたのかと、自分の愚かしさに呆れてしまったものでした。
そして、あのチェロならば、春風駘蕩たるベートーベンを聞かせてくれるのではないかと期待したのですが、その期待は予想をはるかに上回るものだったのです。

ここには「立派なベートーベン」はどこを探してもありません。
あるのは、まるで春風の中にたゆたうような長閑さです。

そして、これってまるで与謝蕪村のような世界だと思ったのです。

ゆく春やおもたき琵琶の抱きごころ

これをもじれば

ゆく春やおもたきチェロの抱きごころ

とでも言いたくなるような演奏です。

ただし、それがあまりにも長閑にすぎて間延びしすぎないように、カルロ・ゼッキのピアノが要所要所で締めているのが見事です。しかし、締めながらも、そのピアノは居丈高になることなく、どこまで行っても実に軽やかに駆け回ってくれています。

それにしても、カルロ・ゼッキと言う名前も全く私の抽斗の中にはない名前でしたが、調べてみるとこの二人は長いコンビで、彼の指揮で幾つかのチェロ・コンチェルトも録音しています。
そして、こう言うときにネットというのは便利なもので、「カルロ・ゼッキ」と検索すればすぐに幾つかの情報が引き出せるのですが、引き出してみて驚きました。

何と、群響や日フィルにたびたび客演して素晴らしい音楽を聞かせてくれたあの「カルロ・ゼッキ」と同一人物だったのです。(^^;
もちろん、私は彼の指揮を実際に聞いたことはありませんが、遠山慶子と録音したモーツァルトの協奏曲は記憶に残っています。

ところが、なぜか、私の中ではマイナルディのパートナーとして活躍していたピアニストと、たびたび来日しては指揮活動を行っていた指揮者が結びつかなかったのです。
そして、結びついた途端に、何とも言えず親しみが湧いてきて、もしかしたら採点も甘くなったのか、ピアニストとしてもなかなかの腕前だったのだと感心させられました。
いや、これって滅茶苦茶凄いんじゃないのと思ってしまうほどの腕の冴えを感じます。

そう思ってさらにネット情報を探ってみると、、若い頃はシュナーベルやブゾーニに師事し、一時はミケランジェリの好敵手と目されたと言うのですから、大したものです。
さらに笑えるのは、嘘か本当かは分かりませんが、彼がピアニストの活動を断念して指揮活動に専念するようになったのは、借金の返済のために「事故でピアノを弾けなくなった」と偽って保険金を受け取ったためだというのです。

なるほど、それならばピアニストとしての活動が出来なくなるのも仕方がないのですが、なかなかに笑えるほどにユニークな人だったようです。

そう言えば、最晩年に群馬交響楽団に客演をしたときには車椅子でやってきて、「おはよう」と言って1曲を通して演奏し、終わると「疲れた」と言って帰るだけでリハーサルは終わりだったそうです。
そんな「おはよう」と「疲れた」だけのリハーサルを数回繰り返しただけだったのに、本番での演奏は群響の歴史に残るような名演だったそうです。
その時にアシスタントを務めた若手の指揮者は「指揮って何だろう?」と考え込んだそうですから、やはり常人にはとらえどころのないほどに懐の深い人だったのでしょう。

うつつなきつまみごころの胡蝶かな

蕪村風に言えばこうなるのでしょうか。

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