ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37
(P)ハンス・リヒター=ハーザー:カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団1963年4月20日録音
Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [1.Allegro con brio]
Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [2.Largo]
Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [3.Rondo. Allegro - Presto]
悲愴でもあり情熱的でもあるコンチェルト
この作品の初演はベートーベン自身の手によって1803年に行われましたが、その時のピアノ譜面はほとんど空白だったと言われています。ベートーベン自身にしか分からない記号のようなものがところどころに書き込まれているだけで、かなりの部分を即興で弾きこなしたというエピソードが伝わっています。
偉大な作曲家にはこのような人を驚かすようなエピソードが多くて、その少ない部分が後世の人の作り話であることが多いのですが、この第3番のピアノ協奏曲に関するエピソードはどうやら事実だったようです。
この作品は残された資料から判断すると1797年頃から手を着けられて、1800年にはほぼ完成を見ていたようです。ところが、気に入らない部分があったのか何度も手直しがされて、とうとう初演の時に至っても完成を見なかったためにその様なことになってしまったらしいのです。
結局は、翌年に彼の弟子に当たるリースなる人物がウィーンでピアニストとしてデビューすることになり、そのデビューコンサートのプログラムにこの協奏曲を選んだために、他人にも分かるように譜面を完成させなければいけなくなってようやくにして仕上がることになりました。
ヒラーは手紙の中で「ピアノのパート譜は完全に仕上がっていなかったので、ベートーベンが自分のためにはっきりと分かるように書いてくれた」とうれしそうに記していたそうです。
そんなこんなで、随分な回り道をして仕上がったコンチェルトですが、完成してみると、これは実にもう堂々たるベートーベンならではのダイナミックでかつパセティックな音楽となっています。過去の2作に比べれば、オーケストラははるかに雄弁であり、ピアノもスケールが大きく、そして微妙なニュアンスにも富んだものとなっています。
ただし、作品全体の構成は伝統的なスタイルを維持していますから1番や2番の流れを引き継いだものとなっています。ところが内容的には4番や5番に近いものをもっています。そう言う意味において、この3番のコンチェルトは過渡期の作品であり、ベートーベンが最もベートーベンらしい作品を書いた中期の「傑作の森」の入り口にたたずむ作品だと言えるかもしれません。
ファンタスティックな世界
こういう人の演奏を聴かされると本当に困ってしまいます。
オレがオレがと前に出てくるタイプではないので、「こう言うところがなかなかのものでしてね」という体で済ますわけにはいかないのです。
と言うか、そう言う文章を綴るための取っかかりがないのです。
だったら、それはつまらない演奏なのかと言われればそんな事はない。
それどころか、これほど立派なベートーベンの協奏曲はそうそう聴けるものではないのです。
かといって、「とっても立派なベートーベンなのです。終わり。」では子供の作文にもならない。
だから困ってしまうのです。
残された録音の数が少ないこともあって、今となってはリヒター=ハーザーというピアニストを記憶にとどめている人は多くはないと思います。
私だって偉そうなことは言えません。
恥ずかしながら、「Hans Richter-Haaser」というピアニストのクレジットを始めて見たときは「ハンス・リヒター=ハーザー」とは読めなかったのですから。(´`)>〃スミマセンネェ
調べてみると「チェルニーの孫弟子にあたるピアニストで、ベートーヴェン直系のドイツ・ピアノ音楽の厳粛なる伝道師」という位置づけになるらしいです。
さらに突っ込んで調べてみると、ピアニストのキャリアを積み上げようという時に戦争に巻き込まれ、防空兵として長期にわたってピアノにふれることのできない生活を強いられたようなのです。
戦争が終わったときには指は完全に錆び付いてしまっていたと本人は述懐しています。
ですから、戦後は指揮者やピアノ教師として活動を再開したようです。
録音では非常に精緻な演奏を聴かせるのに、実演になると結構荒っぽいことが多かったと言われるのは、そのあたりに遠因があったのかもしれません。
しかし、ピアニストとしての活動を諦めたわけではなく、50年代にはいるとその錆び付いた指も少しずつ復活していったようです。
そして、53年に病気のソリストの代役としてバルトークのコンチェルト(2番)を演奏して復活への第一歩をつかみ取りました。
その後はベートーベンを中心としたレパートリーで評価を確立し、最初に紹介した「ベートーヴェン直系のドイツ・ピアノ音楽の厳粛なる伝道師」と呼ばれる地位を築き上げたのです。
しかし、リヒター=ハーザーのピアノはこの「ドイツ・ピアノ音楽の厳粛なる伝道師」」という言葉から連想される「ゴツゴツ」した「無骨さ」とは無縁です。
無縁であるどころか、逆に何とも言えない優雅でファンタスティックな世界が展開されます。
それは、ありふれたことかもしれませんが、例えば4番の冒頭でピアノだけがソロで歌い出す場面です。何でもないようですが、このように歌い出せるピアニストはそんなにいないような気がします。
また、4番と5番の第2楽章などは言うに及ばず、例えばコーダに突入していくような場面でも決して力ずくになることはなく、そのピアノは常にコントロールされ続けています。
そして、それに寄り添うケルテスもまた、その様なリヒター=ハーザーのピアノに相応しく、出来る限り角を立てないようにフレームを作っていきます。
しかし、この第3番に関しては指揮がジュリーニです。響きがいささか軽くなっているのは彼のイタリア人気質が出たのか、それともこの頃から劣化が著しくEMIの録音のクオリティのせいなのかは不明ですが、いささか残念です。
ただし、こういう立派さはぼんやり聞いているとなかなか気がつきにくい性質のものです。
もちろんバックハウスのベートーベンも立派なものですが、立派さにはいくつものバリエーションがあることを教えてくれる演奏です。
ただし、人によってはありふれたスタンダード的な演奏と判断する人もいるでしょう。それはそれで、決して間違った判断ではないと思います。
何故ならば、スタンダードだと思ってもらえるだけでも凄いことなのですから。
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