J.S.バッハ:管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV1066(J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066)
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [1.Ouverture]
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [2.Courante]
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [3.Gavotte I, II]
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [4.Forlane]
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [5.Menuett I, II]
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [6.Bourree I, II]
J.S.Bach:Orchestral Suite No.1 in C major, BWV 1066 [7.Passepied I, II]
ブランデンブルグ協奏曲と双璧をなすバッハの代表的なオーケストラ作品
ブランデンブルグ協奏曲はヴィヴァルディに代表されるイタリア風の協奏曲に影響されながらも、そこにドイツ的なポリフォニーの技術が巧みに融合された作品であるとするならば、管弦楽組曲は、フランスの宮廷作曲家リュリを始祖とする「フランス風序曲」に、ドイツの伝統的な舞踏音楽を融合させたものです。
そのことは、ともすれば虚飾に陥りがちな宮廷音楽に民衆の中で発展してきた舞踏音楽を取り入れることで新たな生命力をそそぎ込み、同時に民衆レベルの舞踏音楽にも芸術的洗練をもたらしました。
同様に、ブランデンブルグ協奏曲においても、ともすればワンパターンに陥りがちなイタリア風の協奏曲に、様々な楽器編成と精緻きわまるポリフォニーの技術を駆使することで驚くべき多様性をもたらしています。
ヨーロッパにおける様々な音楽潮流がバッハという一人の人間のもとに流れ込み、そこで新たな生命力と形式を付加されて再び外へ流れ出していく様を、この二つのオーケストラ作品は私たちにハッキリと見せてくれます。
ただし、自筆のスコアが残っているブランデンブルグ協奏曲に対して、この管弦楽組曲の方は全て失われているため、どういう目的で作曲されたのかも、いつ頃作曲されたのかも明確なことは分かっていません。
それどころか、本当にバッハの作品なのか?という疑問が提出されたりもしてバッハ全集においてもいささか混乱が見られます。
疑問が提出されているのは、第1番と第5番ですが、新バッハ全集では、1番は疑いもなくバッハの作品、5番は他人の作品と断定し、今日ではバッハの管弦楽組曲といえば1番から4番までの4曲ということになっています。
管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV1066
荘厳で華麗な典型的なフランス風序曲に続いて、この上もなく躍動的な舞曲が続きます。
管弦楽組曲第2番 ロ短調 BWV1067
パセティックな雰囲気が支配する序曲と、フルート協奏曲といっていいような後半部分から成り立ちます。終曲は「冗談」という標題が示すように民衆のバカ騒ぎを思わせる底抜けの明るさで作品を閉じます。
管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068
この序曲に「着飾った人々の行列が広い階段を下りてくる姿が目に浮かぶようだ」と語ったのがゲーテです。また、第2曲の「エア」はバッハの全作品の中でも最も有名なものの一つでしょう。
管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069
序曲はトランペットのファンファーレで開始されます。後半部分は弦楽合奏をバックに木管群が自由に掛け合いをするような、コンチェルト・グロッソのような形式を持っています。
J.S.バッハ:管弦楽組曲第1番 ハ長調 BWV1066
序曲 (Ouverture)
フランス宮廷で発展した「フランス風序曲」の典型的な形式(緩-急-緩)で書かれた、全曲中もっとも規模の大きい楽章です。
導入部は付点リズムを多用しています。主部はオーボエと第1ヴァイオリンが提示する、快活なフーガ、終結部は冒頭の重厚な雰囲気が戻り、堂々と締めくくります。
フーガ部分の途中で、総奏の合間に「オーボエ2本+ファゴット1本」の木管トリオが独立して登場する、協奏曲のようなスリリングな掛け合いが最大の魅力です。
クーラント (Courante)
「走る、流れる」という意味を持つ、フランス起源の3拍子の舞曲です。バッハはイタリア風の速い「コッレンテ」ではなく、対位法的で上品なフランス風「クーラント」を採用しています。
第1ヴァイオリンと第1オーボエが同じ旋律を演奏し、他の楽器がそれを支えながら、流麗で絶え間ない動きを作り出します。
ガヴォット I / II (Gavotte I & II)
小節の真ん中(第3拍目)から始まるのが特徴的な、親しみやすく快活な宮廷舞曲です。「ガヴォットI → ガヴォットII → ガヴォットIという3部形式です。
弦楽器と管楽器が一体となった、非常に華やかで推進力のあるメロディが一転して弦楽器が静かになり、木管トリオ(オーボエ2、ファゴット)だけが牧歌的で愛らしい旋律を奏でます。このコントラストが鮮やかです。
フォルラーヌ (Forlane)
北イタリア・ヴェネツィア地方の伝統的なダンスに由来する、6/8拍子の快活な舞曲です。4つの管弦楽組曲全体を見渡しても、この「フォルラーヌ」が登場するのはこの第1番だけです。
細かく跳ねるような付点リズムが全編を支配します。内声(第2ヴァイオリンやヴィオラ)が刻む独特なシンコペーションのリズムに乗って、どこか哀愁を帯びつつも楽しげなメロディが展開します。
メヌエット I / II (Menuet I & II)
ルイ14世の宮廷で大流行した、優雅で端正な3拍子のステップ舞曲です。ガヴォットと同様に「メヌエットI → II → I」の構成です。
弦楽器と木管楽器が引き締まった、格調高く上品な響きを聴かせます。中間部は管楽器が完全に休み、弦楽合奏(ヴァイオリン、ヴィオラ、通奏低音)の4声体だけで、静かで内省的な美しいアンサンブルが奏でられます。
ブーレ I / II (Bourree I & II)
フランス・オーヴェルニュ地方起源の、非常にテンポが速く、エネルギーに満ちた2拍子の舞曲です。小節の最後の拍(アウフタクト)から勢いよく始まります。
こちらも「ブーレI → II → I」の構成です。全曲中で最もスピード感があり、弾むようなリズムが爽快です。
中間部は再び木管トリオ(オーボエ2、ファゴット)のみの編成になり、ファゴットが細かく動くベースラインの上で、オーボエがユニゾン(同じ旋律)でユーモラスな掛け合いを見せます。
パスピエ I / II (Passepied I & II)
ブルターニュ地方起源の、メヌエットをさらに速くしたような、軽快で急速な3拍子の舞曲です。「パスピエI → II → I」で、全曲のフィナーレを飾ります。
弦楽器が細かくスピーディに動く中、オーボエが華やかにその上を舞います。中間部はメロディの仕掛けが面白く、オーボエがパスピエIのメロディをそのまま演奏する裏で、弦楽器が全く新しい対旋律(別のメロディ)を重ねるという、バッハの天才的な対位法技術が光る締めくくりとなっています。
一つの救いのように聞こえる
40年代の終わり頃から50年代の初め頃に、何人もの若手音楽家が中心となって自主的にオーケストラを組織して、バッハ以前の音楽の復興を志しました。
リヒター、ミュンヒンガー、パウムガルトナー、そしてレーデル等です。もちろん、数え上げればきりがありません。
しかし、そのような古楽復興は戦後になって始まったものではなく、ランドフスカなどに代表されるようにその萌芽はすでに戦争前から始まっていました。そして、そのようなムーブメントは世界中を巻き込む戦争によって中断を余儀なくされました。しかし、そのような萌芽は戦争によって消え去ったわけではないので、戦争が終わると、その傷手が未だ癒えない時期から再びその芽は伸びはじめることになったのです。
そして、そう言うメンバーの中でもっとも成功したのは疑いもなくカール・リヒターでしょう。彼の描き出した峻厳なるバッハ像は、それまでのバッハ演奏の常識を覆すものでした。そして、彼のそのような峻厳なるバッハ像はリヒター一人による成果ではなくて、その音楽の根っこは彼の師でであったギュンター・ラミンから受け継いだものであったことも忘れてはいけません。
芸術における創造的活動というのは確かに一人の天才の出現を求めますが、その天才もまた多くの前人の肩の上にのってこそ成し遂げられるものです。
そして、そう言うリヒターなどと較べると、このレーデルは今となってはもっとも影の薄い存在なのかもしれません。
彼の経歴を見てみると、1952年にミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団を組織して指揮活動を積極的に行うようになります。しかし、彼はそれ以前に、基本的にはフルート奏者であり、そしてフルート演奏の教育者でした。おそらく、そう言う経歴の故か、彼のバッハ演奏はリヒターのような強烈な個性を発揮する演奏とは大きく異なった、ある意味では時代の常識に少しばかりのスパイスを混ぜたくらいのものでした。
それ故に、時を経るにつれてその名前も忘れ去られていったのでしょう。
さらに言えば、彼らの後に続いたピリオド演奏のムーブメントが始まると、リヒターでさえも、そのモダン楽器を使った演奏スタイルは時代遅れのものとされていったのですから、レーデルのスタイルの演奏ならばさらにその忘却は加速されました。
しかし、あらためて、レーデルの音楽を今という時代に聞き直してみれば、ある意味では穏やかで常識的な演奏はそれはそれで悪くはないなと言う気にさせられます。とりわけ、低声部を厚めにならしたふくよかな響きは聞くものの心を穏やかにしてくれます。
厳しいばかりがバッハではありません。
おそらく、このような柔和な表情もまたもう一つのバッハの素顔であり、それを否定するのは狭量に過ぎるでしょう。
もちろん、モダン楽器を使用した演奏などは全て「間違い」だと糾弾した一部の原理主義者たちも幸いなことに最近は姿を消したようです。
そうしてみれば、歴史は一つの「環」のようにまた再びもとあったような場所に舞い戻ってきたりするものです。
こうして、レーデルが見せてくれる世界は厳しいコロナ禍に喘ぐ閉塞社会では一つの救いのように聞こえる…と、かつては書いたものです。
しかしながら、たえざる戦争と災害、貧困と分断という息苦しいまでの日常の中に身を置いてみれば、レーデルのバッハは疑いもなく一つの救いであるかのように思えてきます。
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