オーランド・ギボンズ:幻想曲(Gibbons:Fantasies)
スコラ・カントゥルム・バジリエンシス・ヴィオール属合奏団:1954年4月29日~5月3日録音(Gambenconsortder Schola Cantorum Basiliensis:Recorded on April 29-May 3,1954)
Gibbons:Fantasies [1.Fantasia I A 3]
Gibbons:Fantasies [2.Fantasia A 4]
Gibbons:Fantasies [3.Fantasia II A]
Gibbons:Fantasies [4.Fantasia "In Nomine" A 5]
声楽から完全に自立した「純器楽」
オーランド・ギボンズ(Orlando Gibbons, 1583~1625)は、エリザベス朝からジェームズ1世期にかけて活躍したイギリス・ルネサンス音楽を代表する一人です。
ウィリアム・バード(William Byrd)やジョン・ブル(John Bull)とともに「ヴァージナリスト派(Virginalists)」の最高峰に数えられ、教会声楽・鍵盤音楽・コンソート(合奏曲)のあらゆる領域で作品を残しました。
ちなみに、ヴァージナリスト派とは、16世紀後半から17世紀初頭(エリザベス1世からジェームズ1世の時代)にかけて、イングランドで活躍した鍵盤作曲家・演奏家の一群のことだそうです。
ギボンズは同時代人からは「当時の英国で最も優れたオルガニストかつ作曲家」と評され、41歳という若さで急逝するまでチャペル・ロイヤル(王室礼拝堂)のオルガニストやウェストミンスター寺院のオルガニストといった音楽職の最高峰を歴任しました。
ギボンズのファンタジアは、主にヴィオール・コンソート(弦楽合奏)のために書かれた作品と、鍵盤楽器(ヴァージナル、オルガン)のために書かれた作品の2つの軸から成り立っています。
当時のイギリス貴族や裕福な市民階級の家庭では、ヴィオラ・ダ・ガンバ(Viola da Gamba)のアンサンブル(コンソート)を楽しむ文化が深く浸透していました。
高音域を担う「トレブル・ヴィオール(Treble Viol)」、中音域の「テナー・ヴィオール(Tenor Viol)」、低音域の「バス・ヴィオール(Bass Viol)」という同族楽器のセットで構成されます。
モダン・ヴァイオリン族(ヴァイオリン、チェロ等)に比べてフレットを持ち、弓の張力が緩やかなため、音の立ち上がりが柔らかく、「各パートの声部(ライン)が混ざり合わずにくっきりと聴こえる」という対位法的透明性を持っています。
声楽から完全に自立した「純器楽」としての完成度、そして当時の対位法技法の技がここに集約されています。
3声のファンタジア 第1番(Fantasia I a 3)
楽器編成:トレブル・ヴィオール、テナー・ヴィオール、バス・ヴィオール
非常に内省的で静かな主題から始まる、厳格な対位法で書かれた作品です。ヴェンツィンガーたちの演奏では、各声部の対位法の絡み合いがまるで3人の会話のように親密に、かつ美しく響きます。
ギボンズらしい、憂いを帯びた和声の美しさが際立つ演奏です。
4声のファンタジア(Fantasia a 4)
楽器編成:トレブル・ヴィオール、テナー・ヴィオール2、バス・ヴィオール
3声よりも響きに厚みと複雑さが増した、非常に構築美に優れたファンタジアです。
4つの声部が次々とテーマを模倣し合いながら頂点へ向かう前半の壮大なポリフォニーと、中盤以降に現れるダイナミックなリズムのコントラストを、ヴェンツィンガーは非常にクリアな統率で描き出しています。
3声のファンタジア 第2番(Fantasia II a 3 )
楽器編成:トレブル・ヴィオール、テナー・ヴィオール、バス・ヴィオール
第1番に比べて、ややリズミカルで軽快な展開を見せる曲です。
後半のセクションでは、ダンス音楽を思わせる弾むようなリズムと、声部同士の速い掛け合いが登場します。
合奏団の当時の古楽器特有の、素朴でありながらも活き活きとした推進力を味わうことができます。
5声のイン・ノミネ 第2番("In Nomine" a 5)
ギボンズのイン・ノミネの中で最も有名で、最もドラマチックな楽曲です。現代でも金管アンサンブルなどに編曲されて頻繁に演奏される人気曲です。
定旋律が流れる中、他の楽器が非常に美しく、万華鏡のように色彩が移り変わる緩やかなポリフォニーを形作ります。
一転して音楽が有機的に細分化され、凄まじいスピードの超絶技巧(ディヴィジョン/変奏パッセージ)へと突入します。
楽器同士が火花を散らすような掛け合いを行い、圧倒的な推進力を持ってクライマックスへとなだれ込みます。
心穏やかに安心して聞ける演奏
アウグスト・ヴェンツィンガー(August Wenzinger)は、20世紀における古楽復興運動の基盤を築いたスイスのチェロ奏者、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者であり、、指揮者、音楽学者としても多くの仕事を成し遂げた人物です。
スイス・バーゼルに生まれ、バーゼル音楽院でパウル・グリュンマーにチェロを学びました。グリュンマーの影響もあってか、早くからヴィオラ・ダ・ガンバの研究に着手したようです。
もちろん、チェロ奏者としてもケルン音楽院で学び、さらにはベルリンでエマヌエル・フォイアマンにも師事もして腕を磨きました。
ですから、キャリアのスタートはブレーメン・フィルの首席チェロ奏者、バーゼル管弦楽団の首席チェロ奏者を務めることからスタートしています。
しかし、一方で1930年代からフルート奏者のグスタフ・シェックらと古楽器アンサンブルを結成し、本格的な歴史的演奏に傾倒していきました。
そして、1933年、パウル・ザッハーらと共にバーゼルに古楽専門の教育・研究機関「バーゼル・スコラ・カントルム」を設立し古楽復興に重心を置くようになっていきました
ちなみに、パウル・ザッハーはスイスの有名製薬会社のオーナーであった未亡人と結婚することで、巨万の富を手に入れた人物です。
そして、経営者としての手腕も発揮して会社の業績回復にも貢献したのですが、最大の功績は同時代の作曲家へのスポンサー役を果たしたことです。
彼は、バルトークやストラヴィンスキー、オネゲル、ヒンデミット、ヘンツェ、エリオット・カーターなどに作品を依頼し、その数は200を超えるとも言われています。
もしも、このザッハーの働きがなければ、20世紀のクラシック音楽はその相貌を変えていたかも知れません。」
そして、彼は20世紀の音楽だけでなく、「バーゼル・スコラ・カントルム」を設立することで古楽の復興においても大きな貢献を為したわけです。
アウグスト・ヴェンツィンガーもまた1935年から「ヴィオラ・ダ・ガンバ教本」を刊行します。モダン・チェロの技法に依存しない、バロック期の一次資料に基づいた本来のガンバ奏法(弓の持ち方、指使い、装飾法)を教授した教本でした。
また、オーケストラやオペラにおけるピリオド演奏の先駆けとしても役割を果たしました。
ただし、「ピリオド演奏なんて大嫌い」な「私の耳」が彼の演奏に拒否反応を起こしません。…という事は、その後のピリオド演奏の原理主義者たちからすれば物足りないものだったことは想像がつきます。
逆に言えば、「ピリオド演奏」という言葉が想起させる神経質な響きと演奏とは全く持って無縁なのです。
よって、私もまた心穏やかに安心して彼の音楽にひたることができたのです。
なお、合奏団の主なメンバーは以下の4名です。
アウグスト・ヴェンツィンガー(August Wenzinger):主宰・指導者、およびバス・ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)奏者
ハンネローレ・ミュラー(Hannelore Muller):ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者
ヨハネス・コッホ(Johannes Koch):ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者
マリアンヌ・マイル(Marianu Majer):ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者
それ以外に重要な共演・追加メンバーには、以下の演奏家たちがいました。
5人~6人編成時の追加ヴィオール奏者
ヤン・クラフォール(Jan Crafoord):オルランド・ギボンズなどの「5声のファンタジア」を演奏・録音する際に、5人目のヴィオール(トレブル/テナー)奏者として最も頻繁に加わっていた重要なメンバーです。
ゲルトルート・クラフォール(Gertrud Crafoord):ヤンと同じく、初期のコンソートの編成拡大や、コンサートのプロジェクト等にヴィオール奏者として随時参加していました。
通奏低音(リュート・鍵盤楽器)やその他の共演者
ヴィオールだけの純粋な「コンソート」の枠を超え、スコラ・カントゥルムの公式アンサンブル(Konzertgruppe等)として録音を行う際、常に彼らと行動を共にしたコアメンバーです。
オトマール・ニヒトブルガー(Othmar Machtiger):ヴィオローネ(大型の低音ヴィオール奏者)
エドゥアルト・ミュラー(Eduard Muller):オルガン/チェンバロ奏者
オイゲン・M・ドムボワ(Eugen M. Dombois):リュート奏者
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