ブラームス:チェロソナタ 第1番 ホ短調 作品38
(Vc)ポール・トルトゥリエ (P)カール・エンゲル 1953年録音
Brahms:Cello Sonata No.1 in E minor, Op.38 [1.Allegro non troppo (E minor)]
Brahms:Cello Sonata No.1 in E minor, Op.38 [2.Allegretto quasi Menuetto (A minor)]
Brahms:Cello Sonata No.1 in E minor, Op.38 [3.Allegro (E minor)]
貴重なチェロの作品

ブラームスのソナタ作品と言えば3曲のヴァイオリンソナタが真っ先に思い出されますが、チョロソナタとなると、チェロでも書いていたの?と思う人もいるかもしれないほどに認知度が一気に下がります。
しかし、それはブラームスに限った話ではなくて、ベートーベンであってもチェロソナタはヴァイオリンソナタの陰に隠れています。そして、陰に隠れているだけならまだしも、ほとんどの作曲家はヴァイオリンソナタは手がけてもチェロソナタには手を染めていない人の方が多数派です。
詳しいことは分からないのですが、チェロを独奏楽器とした音楽を書くのには何か難しさがあるようです。(ヴァイオリンと較べるとチェロの方が演奏が難しい・・・わけでもなないでしょうし・・・。)
ブラームスは自分で破棄した幾つかの作品を除けば2曲のチェロソナタを残してくれています。
少ないと言えば少ないのですが、それでも、チェロのソリストにとっては貴重な2曲です。昨今のコンサートで取り上げられるチェロの作品と言えば、バッハの無伴奏とベートーベンの5曲のチェロソナタくらいです。協奏曲になると、実質的にはドヴォルザークとエルガーの2曲くらいで、後はかろうじてシューマンとサン・サーンスの作品くらいですから。
そう言う意味で言えば、ロマン派の手になるチェロの室内楽作品としてこの2曲は非常に貴重な存在です。
しかし、ブラームスの音楽家人生の中においてみると、第1番はどちらかと言えば若い頃の作品(20代後半)であるのに対して、第2番の方は壮年期の作品(50代前半)という違いがあります。そして、この2曲を聞き比べてみると、チェロの響き方が全く違うことに気づかされます。
第1番の方は3つの楽章が全て短調で書かれているために、北国の荒涼とした雰囲気が全体を貫いているだけでなく、なによりもチェロの響きが深くて渋いです。いや、渋すぎる、と言った方がいいかもしれません。それは、チェロが奏でるラインの音域がほとんどピアノの音域よりも下に潜っていることが原因です。
ブラームスはこの作品に「チェロとピアノのための難しくない曲」というタイトルを付けているのですが、それがこのような抑制的な音域につながったのかもしれません。それくらいに、この作品においてチェロが高音域に駆け上がる場面はほとんどありません。
それに対して50代の半ばに書かれた第2番のソナタでは、チェロが最も素晴らしく響く音域が効果的に使われています。そして、注意深く響きに耳を傾ければ、チェロは相棒であるピアノの左手よりも下に沈み込むことはほとんどなく、右手の音域より上にでることもありません。つまりは、ピアノにサンドイッチされるようにして、己の響きがもっと魅力的に聞こえる世界で思う存分に歌っています。
そして、こういうチェロの扱い方の違いを見せつけられると、なるほど「円熟」とはこういう事かと納得させられます。
もちろん、ブラームスの円熟はそう言うチェロの扱い方だけでなく、相棒であるピアノの密度という点でも大きな違いがあります。場合によっては、チェロがなくても単独のピアノ作品として成り立つほどの密度を持っています。
結果として、どちらかと言えば北国的な渋さの中に沈潜していた第1番に対して、第2番ではロマン派の室内楽作品らしい情熱的な力強さが前面に出ています。
そして、こういうチェロ作品を聞かされると、彼がドヴォルザークのチェロ協奏曲を聴いたときに、チェロでこんな音楽が音楽が書けるなら自分も書いておくのだった、みたいなことを言ったと伝えられているのですが、そこにはかなりドヴォルザークへの思いやりもあったのではないかと思ってしまいます。
チェロソナタ 第1番 ホ短調 作品38
- 第1楽章:アレグロ・ノン・トロッポ ホ短調 ソナタ形式(静かに何かを語り出す北国的な風情が魅力的な音楽です。)
- 第2楽章:アレグレット・クアジ・メヌエット イ短調 複合3部形式(ブラームス特有の暗さが満載の音楽。ここには65年の母の死が反映しているという人もいます。)
- 第3楽章:アレグロ ホ短調 自由なフーガ(バッハのフーガの技法から暗示された主題を使った音楽らしいです。若きブラームスの作曲技法の凄さが実感できる音楽です!!)
チェロソナタ第2番 ヘ長調 作品99
- 第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ ヘ長調 ソナタ形式(ピアノの波打つようなトレモロにのってチェロがオペラのアリアのように歌い出す。第1番とはうって変わったような情熱的な音楽)
- 第2楽章:アダージョ・アッフェットゥオーソ 嬰ヘ長調 3部形式(チェロも素晴らしい歌を聞かせるのですがピアノはさらに単独のピアノ作品としても成り立つだけの素晴らしさを持っています。最初は控えめに伴奏してたピアノが次第に高揚していく様は見事と言うしかありません。)
- 第3楽章:アレグロ・パッシオマート ヘ短調 3部形式(どことなくぎくしゃくした感じが魅力と言えば魅力の楽章です。どこかスケルツォ的な楽章だとも言えます。)
- 第4楽章:アレグロ・モルト ヘ長調 ロンド形式(歯切れの良いリズムと親しみやすいメロディが魅力的な楽章です。)
端正系になる前の覇気溢れる演奏
振り返ってみると、この50~60年頃というのはチェリストのビッグネームが目白押しです。
まずは大御所のカザルスは存命中で、フランコ政権への抗議から演奏活動は行わないと言明したものの、いろいろな音楽祭において指揮活動との両輪で未だに現役でした。
さらに、豪快なシュタルケル、美音系の貴公子フルニエなども全盛期でした。それ以外に、思いつくだけでも、カサド、ピアティゴルスキー、ジャンドロン、さらにヤニグロも指揮活動に重点をおくのはこれよりも先の時代でした。
そして、若きロストロポーヴィチにデュ・プレなどが登場してくるのもこの時代でした。
そう言うチェリスト戦国時代において「トルトゥリエ」はどのようなポジションを占めていたのでしょうか。
当然のことながらカザルスの風格はないわけであって、シュタルケルほどの豪快さはありませんし、フルニエの美音もありません。そして、ヤニグロの濃厚さとは最も遠いところにいます。
そうですね、あえて名づけるならば「端正系」でしょうか。ただし、こういう言い方は、ともするとそれなりのビッグネームなのだが、聴いてみるとこれと言った特徴がつかまえられないときの「苦し紛れ」として使われることもあるのですが、トルトゥリエのチェロは言葉の正しい意味で本当に「端正」な音楽を聴かせてくれます。
ですから、こういう演奏を若いときに聴くと何とも言えない物足りなさを感じるかもしれません。しかし、年を重ねると、いわゆる「外連」というものがうるさく感じられてくるので、こういう演奏が実に好ましく思えてきます。
そう言えば、道楽の行き着く先は「石」らしいです。
人は最初は人に興味を持つのですが、やがてそれが煩わしくなってきて対象が動物に変わるそうです。やがて、それも煩わしくなってくると動かない盆栽へと興味がうつり、最後は石へと行き着くそうです。
さすがに、トルトゥリエのチェロを石呼ばわりする気はありませんが、しかし、シュタルケルやフルニエなどと比べればはるかに「煩わしさ」が少ない演奏である事は事実です。フルニエがチェロの貴公子ならば、トルトゥリエはチェロのジェントルマンと言えばいいのかもしれません。
とは言え、この時のトルトゥリエはまだ40歳になったばかりですから、晩年に録音されたもの(1977年)と比べると覇気があります。トルトゥリエは最後の最後まで現役として活動し録音も残したので、こういう若い頃の録音は長く顧みられることがありませんでした。その意味では、後年の端正系になる前のトルトゥリエが聞けると言うことでは大きな価値があるといえるのかもしれません。
録音に関しても、モノラル時代のものとしては極上に属する部類です。
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