クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シューベルト:ピアノソナタ(第16番) イ短調 D.845

(P)ウィルヘルム・ケンプ:1953年3月録音



Schubert:Piano Sonata No.16 in A minor D.845 [1st movement]

Schubert:Piano Sonata No.16 in A minor D.845 [2nd movement]

Schubert:Piano Sonata No.16 in A minor D.845 [3rd movement]

Schubert:Piano Sonata No.16 in A minor D.845 [4th movement]


そういうものが書きたかったから書いたのだ

1825年にシューベルトは3つのピアノソナタを書いています。ドイチェ番号でいうと「D.840:ハ長調」「D.845:イ短調」「D.850:ニ長調」です。しかし、ハ長調のソナタは第3・4楽章が未完成のまま放置されていて、そのアイデアをもとにイ短調のソナタが完成されていることは明らかなので、ある意味では「試作品」と見ることができます。(ただし、実用上の問題として、ハ長調のソナタは別の人物が補筆して完成させたものを使って独立した作品として演奏されることが一般的です)

これら一連のソナタは、ハ長調交響曲が完成された直後に創作されており、シューベルトがアマチュア的な作曲家からプロの作曲家へと大きく羽ばたきはじめた時期に一致しています。さらに、シューベルトにとって「ソナタ形式」はベートーベンを意識せずにはおれないジャンルでしたが、その桎梏からようやくにして解き放たれ、シューベルト独自の音楽語法を獲得しはじめた時期でもあります。

そして、ここでお聞きいただいているイ短調のソナタは、これら3つのソナタの中では作曲されてからわずか半年後には出版されるという幸運に巡り会っています。
シューベルトはここに至るまでに14曲以上ものソナタを書きながら、それらはいずれも出版の機会に恵まれなかったのですから、まさに画期的とも言える出来事でした。

しかしながら、そう言う幸運に恵まれた音楽ならば、さすがにこれだけは少しは愛想がいい音楽なのかと思えば、やはり、依然として取っつきは悪いですね。

そう言えば、この作品がある程度のポピュラリティが持てたのは、「のだめカンタービレ」でのだめがコンクールの課題曲にこれを選んだからです。そして、そこでものだめは「「シューベルトは、なかなか気難しい人です。がんばって話しかけても、なかなか仲良くなれません」と千秋にメールをしていました。
千秋は、もっと素直にシューベルトの言い分に耳を傾けろとアドバイスをするのですが、なかなかにそれを聞き取るのは難しい音楽であることは事実です。

第1楽章 Moderato イ短調 2/2拍子
この楽章を聞いているとミラ村上春樹のシューベルト評が思い出されます。「シューベルトはピアノ・ソナタを書くとき、頭の中にどのような場所も設定していなかったのだ。彼は単純に『そういうものが書きたかったから』書いたのだ。お金のためでもないし、名誉のためでもない。頭に浮かんでくる楽想を、彼はそのまま楽譜に写していっただけのことなのだ・・・。」

第2楽章 Andante con moto ハ長調 3/8拍子
シューベルトのピアノソナタの中では唯一の変奏曲形式で書かれた楽章・・・らしいです。そのせいか、シューベルトのピアノソナタの緩徐楽章を特徴づける歌謡性からは少し距離を置いた音楽になっています。

第3楽章 Allegro vivace-Trio:Un poco piu lento イ短調 3/4拍子
メヌエットではなくて、スケルツォ。ただし主題自体はあまりそう言う雰囲気はなくて、どちらかと言えばアクセントの付け方や強弱の付け方がスケルツォ的・・・らしいです。

第4楽章 Allegro vivace イ短調 2/4拍子
明快なロンド形式なのですが、それでもこの最終楽章でどうやってまとまりをつけたらいいんだ!!・・・と悩んでいるうちに、気が積めば500小節を超えちゃった・・・みたいな音楽、と言えば叱られるでしょうか。ただし、イ短調の中にホ長調やイ長調が姿を見せるあたりは、「シューベルトの音楽は片目で笑い片目で泣いている」と評される特徴がよくあらわれています。

エオリアン・ハープ


ブレンデルはケンプのことを「エオリアン・ハープ」にたとえました。
「エオリアン・ハープ」とは自然に吹く風によって掻き鳴らされるハープのことです。つまりは、神のはからいでそれが上手く鳴ったときは、誰もかなうものがないほどに見事に鳴り響くと言われています。

つまり、ケンプもまた、神のはからいで上手く鳴り響いたときは、それこそ誰もかなうものがないほどに素晴らしい音楽を聴かせてくれるピアニストだと言うことなのです。
そして、この50年代の初頭に録音された二つのシューベルトのソナタは、疑いもなくケンプが「エオリアン・ハープ」になった瞬間を切り取ることが出来ています。とりわけ、イ短調ソナタ(D.845)は1953年録音なので、デッカの見事な録音技術によって「エオリアン・ハープ」の響きがすくい取られています。
変ロ長調ソナタ(D.960)も悪くない演奏なのですが、さすがに録音年が1950年という事で音質的にはやや厳しいです。

この時代は、テープによる録音が一般化する1952年を挟んで録音のクオリティが大きく異なってくるので、その残念な部分がでてしまっています。
ただし、どちらも、ケンプのシューベルトと言えば60年代の全集しか知らない人には、是非とも聞いてほしい録音です。

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