クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

フォーレ:レクイエム

アンゲルブレシュト指揮 フランス国立放送管弦楽団 フランス国立放送合唱団 S:フランソワーズ・オジュア B:ベルナール・ドゥミニ Org:ジャンヌ・ブドリー・ゴダール 1955年1月〜2月録音





Faure:レクイエム 第1曲 入祭唱とキリエ(Introitus et Kyrie)

Faure:レクイエム 第2曲 奉献唱(Offertorium)

Faure:レクイエム 第3曲 サンクトゥス(Sanctus)

Faure:レクイエム 第4曲 ピエ・イェズ(Pie Jesu)

Faure:レクイエム 第5曲 アニュス・デイ(Agnus Dei)

Faure:レクイエム 第6曲 リベラ・メ(Libera me)

Faure:レクイエム 第7曲 イン・パラディスム(In paradisum)


フォーレその人の心の奥からわき上がった信仰告白

 クラシック音楽ファンを対象に「自分が死んだときに流してほしい音楽」をアンケートすれば1位か2位に入ることは間違いありません。(対抗できるのはエロイカの第2楽章くらいか!!)
 とにかく美しい音楽です。
 弦とハープの分散和音にのって歌い出される第3曲、サンクトゥスの美しさは言うまでもなく、第4曲、ピエ・イェズの心に染みいるようなソプラノ独唱の素晴らしさは一度聞けば絶対に忘れることの出来ない魅力に溢れています。そして、こんなにも天国的に美しい音楽を作曲した作曲家は教会のオルガニストもしていたと聞けば、信心深い敬虔なクリスチャンだったと誰しもが思うでしょう。
 ところが、現実は大違いで、若い頃のフォーレは夜遊び大好き、お酒、たばこも大好き、さらには女性も大好きというとても現世的な人だったらしいのです。件のオルガニストのお仕事も夜遊びがすぎて朝のお勤めに着替えが間に合わず、エナメルの靴と白いネクタイのままでオルガンを演奏してクビになったというエピソードも残っています。また、女性遍歴も片手では足りないほどで、どうしてかくも現世的な人間の手からかくも天国的な音楽が生み出されたのかと楽しくなってしまいます。
 しかし、この作品よく聞くと、音楽の雰囲気はとても天国的なのに、そのスタイルはカソリックのお約束からはかなり逸脱していることに気づきます。まず、誰でも分かるのは、レクイエムの核とも言うべき「怒りの日」が含まれていないことです。さらに、これに続いて最後の審判が描かれ、涙の日へとなだれ込んで行く部分もフォーレのレクイエムではバッサリとカットされています。

怒りの日 (Dies ira)

怒りの日、その日は
ダビデとシビラの預言のとおり
世界が灰燼に帰す日です。
審判者があらわれて
すべてが厳しく裁かれるとき
その恐ろしさはどれほどでしょうか。

 古今東西、坊主の仕事は地獄の恐ろしさを説き、その恐怖から救ってくれる神や仏の有り難さを売り込むことでビジネスとして成り立っていたのですから、こんなレクイエムでは困ってしまうのです。その辺のことは当事者の方が敏感ですから、マドレーヌ寺院での初演ではこのままでは演奏できないと言われたりしたそうですし、その後も「死の恐怖が描かれていない」「異教徒のレクイエム」等々、様々な批判にさらされました。

 信仰というのは基本的に心の問題です。これは恋愛と同じで、心の中の有り様というのは形として表出しないと相手に伝わりません。ですから多くの男どもはせっせと意中の女性にプレゼントを贈ったり食事に誘ったりします。信仰もまたそれを形として表出しないと人間社会では「信心深い」かどうかが判定しづらいので、「あるべき信仰の姿」というのが、教会によって定められます。
 しかし、恋愛ならば対象は人間ですが、信仰の対象は神です。人ならば、愛の深さをその人の外観からしか判断出来なかったとしても、神ならばその人の心の有り様そのものから信仰の深さを判断できるはずです。神の代理人たる聖職者が、その人のスタイルを根拠に不信心ものと決めつけたとしても、それでも私は深く神を信じていると反駁できる「個の強さ」がもてる時代になれば、そう言う思いはいっそう強くなるでしょう。
 そう言う意味で言えば、このフォーレのレクイエムは大きな時代の分岐点にたっている作品だと言えます。信仰がスタイルではなくて心そのものによって担保される時代のレクイエムです。
 ですから、この作品の天国的な雰囲気から敬虔なカソリック教徒による有り難いレクイエムと受け取るのはあまりにも脳天気ですが、同じくそのスタイルの「異形」を理由に、この作品から宗教的側面を捨象するような受け取り方も一面的にすぎるように思います。
 この作品は疑いもなく、フォーレその人の心の奥からわき上がった信仰告白です。その事は、フォーレの次の言葉にはっきりと刻印されています。
「私が宗教的幻想として抱いたものは、すべてレクイエムの中に込めました。それに、このレクイエムですら、徹頭徹尾、人間的な感情によって支配されているのです。つまり、それは永遠的安らぎに対する信頼感です。」

 教会がこの作品を「異教徒のレクイエム」と批判しても、おそらく神はこの音楽を嘉し給うでしょう。

山中の修道院で聴く趣


 アンゲルブレシュトと言ってピント来る人はかなりのクラオタです。ドビュッシーの弟子筋にあたる人で、「聖セバスチャンの殉教」の初演では合唱指揮などもつとめ、ドビュッシーのスペシャリストとして高い評価をされていました。しかし、戦後のLP盤の時代に「デュクレテ・トムソン」というレーベルから録音をリリースしたために、ほとんど世間に流通しないという不運に見舞われました。
 この「デュクレテ・トムソン」というレーベルからリリースされたレコードは現在ではその希少価値故にとんでもない高値で取引されているのですが、その事が逆に彼の存在を広く世間に知らしめることを難しくしてきました。
 さらに、不運なことは、そう言う彼の業績の中でも特筆すべきフォーレのレクイエムが、EMIからCDで復刻されたことです。何故に復刻が不運だったのかというと、その復刻盤の音質が、いったいどういうやり方をすればこんなに酷いものが作れるのかと訝しく思うほどに酷いものだったからです。私は聞いたことがないのですが、保存状態のよいLPの初期盤と比べると、復刻CDはまるでコンサートホールの外からドア越しに聞いているほどの酷さらしいのです。
 おかげで、彼の存在はますます忘れ去られていくことになりました。
 しかし、幸いなことに、時の流れはやがてこの録音を著作権という檻から解き放ち、パブリックドメインの仲間にはいることで、あちこちのレーベルから質のよい復刻がなされるようになりました。事情は他の録音においても同様で、彼の本芸であるドビュッシーの録音も状態のよい復刻盤が流通するようになり、ようやくにして忘れ去られていた「アンゲルブレシュト」にも少しは日が当たるようになりました。

 ただし、その事は、一部好事家の間で神秘化されていた録音からその神秘のベールをはがすという「副作用」ももたらします。誰も持っていない稀覯盤を所持していた人たちが「フォーレのレクイエムと言えば古くはクリュイタンス盤が、少し下ってはコルボ盤が有名だが、それらより以前にほぼ決定的とも言える名演奏が残されていた」と言い張るのはいささか困難になったことは間違いありません。
 全体としてみれば、素朴な演奏で、合唱の方もこの時代のものとすればかなり優秀な部類に属すると思いますが、やはり荒っぽい印象はぬぐいきれません。誰かがこの演奏を評して「ヨーロッパのどこかの山中の修道院で聴く趣があって特別に心に染みる。」と書いていましたが全く同感です。決定的といえるほどの名盤かどうかは分かりませんが、悪くはない演奏です。

よせられたコメント

2013-02-09:oTetsudai


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