ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [1.Fantasia 1 "Del Primero Tono"]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [2.Romance 1 "Durandarte" - "Parabras Son Lisonjeras"]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [3.Pavan 1]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [4.Pavan 4]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [5.Soneto En Ytaliano "Amor Che Nel Mio Pensier"]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [6.Pavan 5 "Que la Bella Francheschina" - Pavan 6]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [7.Romance 2 "Sospirastes, Valdovinos"]
Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro [8.Fantasia 9 "Del Tono Mixto"]
教則本としての先駆的な試み
ルイス・デ・ミランは、スペイン・ルネサンス期を代表する作曲家、ビウエラ奏者、音楽理論家です。
詳しいことは伝わってはいないのですが、1500年頃にバレンシアで生まれたとされています。音楽家としてバレンシア宮廷で過ごしたようで、フェルディナンド2世とジェルマン・ド・フォワの宮廷に仕えていたと推測されています。
また、ポルトガル国王ジョアン3世の宮廷にも滞在したとされ、自身の代表作をジョアン3世に献呈しています。
ちなみに、ビウエラとは16世紀のルネサンス期イベリア半島の貴族宮廷で絶大な人気を誇った、現代のクラシック・ギターの直系にあたる撥弦楽器です。
16世紀当時、ヨーロッパ全土では「リュート」が王家・貴族の楽器として圧倒的な地位を築いていました。
しかしスペインでは、イスラム支配の歴史からアラビア起源のリュートではなく、スペインで独自に発展した平らな胴体のビウエラが主流となりました。
ミランが残した最大の業績はそのビウエラの世界初の曲集「エル・マエストロ」を出版したことです。
「エル・マエストロ」は初心者から上級者まで順を追って学習できるよう、2つの部に分かれて緻密に構成されています。
第1部(Parte Primera
難易度は比較的一般向け・初中級向けです。
モード(旋法)別に整理された独奏ファンタジア、スペイン語のビジャンシーコ(villancico)、ロマンセ(romance)、イタリア語のソネット(soneto)などで構成されています。
第2部(Parte Segunda)
難易度はより高度な装飾や複雑なポリフォニーを要求する上級向けです。
難易度の高いファンタジア、イタリア調のパヴァーヌ(pavana)、ポルトガル語のビジャンシーコなどで構成されています。
ファンタジア(Fantasia)は全40曲収められており、ミランの創作力の白眉です。
厳密なImitative Counterpoint(模倣対位法)に基づく厳格なスタイルから、即興的なファンタジー感にあふれる「コンパースを変える(テンポを揺らす)」スタイルまで多彩です。
第2部に収められた6曲のパヴァーヌ(Pavan-1~6)は、イタリア宮廷の舞踏リズムを取り入れた優美な作品です。
3拍子と2拍子が交互・変容して現れる重厚な舞曲で、親しみやすいメロディと美しい対位法が融合しています。
ビジャンシーコとロマンセ(Villancico & Romance)は伝統的なロマンセ(英雄詩・叙事詩)に基づく歌曲。哀愁を帯びたメロディが特徴です。
「Falai meus olhos(語っておくれ、私の目よ)」はポルトガル語で書かれた甘美なビジャンシーコとしてよく知られています。
さらに付け加えると、この曲集は教則本として様々な工夫がなされていることが注目されます。
まず第一に注目されるのは言葉によるテンポ指示がなされていることです。
楽譜(数字タブラチュア)の各曲頭に、「a priesa(速く)」、「espacio(遅く)」といったテンポ指定や、「アルペジオ部分は遅く、パッセージ(装飾音)部分は速く弾く」といった楽曲内のテンポ変化(ルバート的アプローチ)を明記しました。
今では当たり前のことですが、そのころは「そんなことは楽譜を見ればわかるだろう」という感じだったのでしょうね。
また、音を華やかに彩る即興的トリルやスケール(redoble)の奏法、音の引き伸ばし(corregir el compas)についても具体的指示を与えています。
声楽曲では、歌唱ラインをビウエラのパート内に赤色数字で示したり、ビウエラ自身が対句を奏でるポリフォニックな書き分けを行っています。
まさに教則本としての先駆的な試みが詰め込まれていたようです。
近代リュート演奏のパイオニア
リュートという楽器は19世紀から20世紀初頭にかけて近代音楽の表舞台からほぼ途絶えていました。
ヴァルター・ゲルヴィッヒその様なリュートを歴史的レパートリーの開拓と後進の育成を通じて現代に蘇らせた「近代リュート演奏のパイオニア」です。。
ドイツのフランクフルト・アム・マインに生まれ、当初は建築学などを学んでいました。しかし、ワンダーフォーゲル運動などのドイツ青年運動の影響を受け、ギターやリュートといった弦楽器に深く傾倒していきました。
そして、30代半ばには独学でルネサンス・バロック期の古い記譜法や歴史的演奏法を研究し、独奏者としての演奏活動を開始します。
その後、ケルン音楽大学の教授を務めるなど、高等教育機関でリュート科の基礎を築き、国際的なコンサートツアーや録音活動を行い、欧米全域にリュートの魅力を広めました。
ゲルヴィッヒの業績の中で、注目すべきは歴史的リュートの復元とレパートリーの開拓でした。
ゲルヴィッヒが登場する前はリュートは歴史的資料や博物館の展示品としてしか存在せず、時折演奏される際もギターの調律に合わせた変形楽器が主流でした。
彼はルネサンス期やバロック期の本来の複弦構造や調律を取り戻し、多くのの作曲家たちの膨大な作品を現代のコンサート・レパートリーとして定着させました。
とりわけ、バッハのリュート組曲を蘇らせ、ジョン・ダウランドをはじめとする英ルネサンス期のリュートソングや独奏曲、シルヴィウス・レオポルト・ヴァイスらのバロック・リュート作品の再発見などは注目に値します。
そして、演奏家としてもArchiv Produktion(アルヒーフ)などのレーベルに録音を残し、世界中の音楽愛好家に「本物のリュートの音」を届ける重要な役割を果たしました。
また、ケルン音楽大学を中心に数多くの優れた弟子を育成したことも見逃せません。
彼の手から育った奏者たちは、その後ヨーロッパ各地の音楽院で教鞭を執り、現代の古楽ムーブメントの基盤を造り上げました。
しかし、彼の演奏は後の「過度に学術的な古楽アプローチ」とは一線を画し、深い歌心と直感的なロマンチシズム、洗練された音色の美しさに満ちています。おそらく、その後の原理主義者から見れば物足りないものだったことでしょう。
柔らかく豊かなトーンを奏で、リュート特有の余韻と繊細な強弱表現を最大限に引き出す演奏には、私などは心が安らぎます。
また、複音音楽の各声部を緻密かつ自然に浮き彫りにする、高い技術的・構造的洞察力を持っていました。
ヴィオラ・ダ・ガンバの復興に尽くしたアウグスト・ヴェンツィンガーと並んで、忘れてはいけない存在です。
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