クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」

バリリ四重奏団 1956年録音





Beethoven:弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」 「第1楽章」

Beethoven:弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」 「第2楽章」

Beethoven:弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」 「第3楽章」

Beethoven:弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」 「第4楽章」


真にベートーベン的な世界を切り開く「傑作の森」を代表する作品群

作品番号18で6曲の弦楽四重奏曲を完成させた後、このジャンルにおいてベートーベンは5年間の沈黙に入ります。その5年の間に「ハイリゲンシュタトの遺書」で有名な「危機」を乗り越えて、真にベートーベン的な世界を切り開く「傑作の森」の世界に踏みいります。交響曲の分野では「エロイカ」を書き、ピアノソナタでは「ワルトシュタイン」や「アパショナータ」を書き、ヴァイオリン・ソナタの分野では「クロイツェル」を書き上げます。そして、交響曲の4番・5番・6番という彼の創作活動の中核といえるような作品が生み出されようとする中で、「ラズモフスキー四重奏曲」と呼ばれる3つの弦楽四重奏曲が産み落とされたのです。
この5年は、弦楽四重奏曲のジャンルにおいてもベートーベンを大きく飛躍させました。ハイドンやモーツァルトの継承者としての姿を明確に刻印していた初期作品とはことなり、ここではその様な足跡を探し出すことさえ困難です。特にこのラズモフスキー四重奏においては、モーツァルトやハイドンが書いた弦楽四重奏曲とは全く異なったジャンルの音楽を聞いているかのような錯覚に陥るほどに相貌の異なった音楽が立ち上がっています。
そして、それ故にと言うべきか、これらの作品は初演時においてはベートーベンの悪い冗談だとして笑いがもれるほどに不評だったと伝えられています。

では、何が6つの初期作品とラズモフスキーの3作品を隔てているのでしょうか?
まず誰でも感じ取ることができるのはその「ガタイ」の大きさでしょう。ハイドンやモーツァルト、そして初期の6作品はどこかのサロンで演奏されるに相応しい「ガタイ」ですが、ラズモフスキーはコンサートホールに集まった多くの聴衆の心を揺さぶるに足るだけの「ガタイ」の大きさを持っています。そして、その「ガタイ」の大きさは作品の規模の大きさ(7番の第1楽章は400小節に達します)だけでなく、作品の構造が限界まで考え抜かれた複雑さと緻密さを持っていることと、それを実現するために個々の楽器の表現能力を限界まで求めたことに起因しています。その結果として、4つの弦楽器はそれぞれの独自性を主張しながらも響きとしてはそれらの楽器の響きが緻密に重ね合わされることで、この組み合わせ以外では実現できない美しくて広がりのある響きが実現していることです。ただし、この「響き」はオーディオ装置ではなかなかに再現が難しくて、特にこのラズモフスキーなどでは時にエキセントリックに響いてしまうのですが、すぐれたカルテットの演奏をすぐれたホールで聞くと夢のように美しい響きに陶然とさせられます。

弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 OP.59-1「ラズモフスキー第1番」
壮麗で雄大な第1楽章と悲哀の思いと強い緊張感に満たされた第3楽章の対比が印象的な作品です。ラズモフスキーの3曲の中では最も規模の大きな作品であり、音楽の性格も外へ外へと広がっていくような大きさに満ちています。

弦楽四重奏曲第8番 ホ短調 OP.59-2「ラズモフスキー第2番」
この作品はラズモフスキーの第1番とは対照的に内へ内へと沈み込んでいくような雰囲気に満ちています。特に、モルト・アダージョと題された第2楽章はベートーベン自身が「深い感情を持って演奏するように」と注意書きをしたためたように、人間の心の中に潜む深い感情を表現しています。

弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 OP.59-3「ラズモフスキー第3番」
この作品の終楽章はフーガの技法が駆使されていて、これぞベートーベンといえる堂々たる音楽に仕上がっています。そして、その終結部はこの4つの楽器で実現できる最高のド迫力だと言い切っていいでしょう。

重心の低い分厚い響きによるベートーベン


「18歳でウィーンフィルに入団、翌年にコンサートマスターに就任。1945年からはバリリ四重奏団のリーダー。1959年原因不明の右ひじ故障により四重奏団を解散した後もコンマスとしての活動を続け1966年から69年までウィーン・フィル楽団長をつとめた。」
これがまあ、ワルター・バリリの公式プロフィールとなのでしょうか。
このバリリがリーダーを務めたバリリ四重奏団によるベートーベンの弦楽四重奏曲は長らくスタンダードな位置にありました。ただし、録音をしたウェストミンスターというレーベルは戦後の荒廃のなかで意欲的な録音活動を行ったものの、経営的には必ずしも成功せず、やがては資金繰りに行き詰まるようになり、オーナーも次々と変わるという「不幸」に見舞われました。そのために、このバリリ四重奏団による録音も、疑似ステレオの上に片面に40分も詰め込むというとんでもないレコードの形で売られていたりしました。
何せひどい盤質で、聞いていると頻繁に「バリバリバリリ」と雑音が入るので、「流石はバリリ四重奏団!}などと言うくだらない自虐的なギャグが入るような代物でした。
これらの歴史的価値は高いものの、不幸な末路をたどった録音が再び日の目を見たのは、日本のMCAビクター・スタッフがニューヨークのビクターの倉庫から段ボールに詰め込まれたマスターテープを発掘してくれたおかげです。その後、これらの録音はユニバーサル傘下から安定的にきちんとした形で供給されるようになったことはよく知られた話です。

さて、前置きはそれぐらいにしてこのバリリ四重奏団によるベートーベンの弦楽四重奏曲ですが、昨今のハイテクカルテットを聞き慣れた耳からすれば明らかに「緩い」演奏であることは確かです。まず何よりも音色が現在のカルテットとは全く異なります。これは、オケにも言えることですが、この時代のヨーロッパの響きは低声部をしっかりとならした重心の低いものです。
このバリリ四重奏団もチェロを軸として低声部がかなり分厚く鳴り響いています。それは明らかに、細身の音でラインをくっきりと描き出す現在風とは全く異なります。そして、それぞれのパートが実によく歌っていることもこのカルテットの特徴です。ただし、その歌い方は同じウィーンフィルのメンバーによるコンツェルトハウスSQのような灰汁の強い歌わせ方ではなくて、あくまでも自然体の上品さを失なわないことが魅力でしょう。
ですから、こういう響きと、その様な響きに相応しいと思えるふんわりとして寛いだ上品な音楽作りをどの様に受け取るかで評価はずいぶん変わってくるかと思います。
個人的には、いささか物足りなく思えるというのが正直なところです。
この時代のものならば、かえってコンツェルトハウスSQの方が灰汁が強くて面白く思える部分があることも事実ですし、きちんと作品と向き合いたいならば、昨今のハイテクカルテット(例えばアルヴバン・ベルクSQとか)によるすぐれた録音が目白押しです。
ただし、ともすれば取っつきにくい感じのするベートーベンの弦楽四重奏曲を気楽に聴いてみたい向きにはもしかしたらピッタリかもしれません。

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