バッハ:前奏曲とフーガ ホ長調 BWV.566(J.S.Bach:Toccata and Fugue in E major, BWV 566)
(Organ)マリー=クレール・アラン:1961年12月10日~12日録音(Marie-Claire Alain:Recorded December 10-12, 1961)
J.S.Bach:Toccata and Fugue in E major, BWV 566 [1.Toccata: Maestoso]
J.S.Bach:Toccata and Fugue in E major, BWV 566 [2.Fuga]
自由な形式によるオルガン曲の概要

バッハのオルガン作品は膨大な量に上るのですが、それらを大雑把に分ければ概ね以下の3つにぶ分類されるようです。
- コラールに基づく作品
- 自由な形式による作品
- 教育のための作品
コラールに基づく作品は教会オルガニストとしての本務を果たすためのものであり、約200程度の作品が知られています。
教育用の作品は、おそらくは子ども達のために書かれたと思われる作品群で、6つのトリオ・ソナタが最も有名です。
それに対して、自由な形式によるオルガン作品は、バッハという音楽家の音楽的な思考力とオルガンという楽器に対する名人芸の発露が封じ込められた作品群だといえます。それ故に、このジャンルに対する取り組みは生涯にわたって続けられ、それを辿ることでバッハという音楽家の作曲技法がいかに発展していったかが反映されています。
ただし、それらの全てを詳述する能力は私にはありませんので、概略だけでも記しておければと思います。
バッハ:前奏曲とフーガ ホ長調 BWV.566
若き日のバッハが北ドイツ・オルガン楽派の巨匠ディートリヒ・ブクステフーデの影響を色濃く受けていた時期(1705年~1706年頃)の作品です。
この曲は、単なる「前奏曲とフーガ」という枠を超え、5つの部分からなる壮大な多部形式で構成されています。
トッカータ部分(前奏曲)マニュアル(手鍵盤)やペダル(足鍵盤)による華麗なカデンツァと、重厚な和音が交互に現れる自由な形式で始まります。
第1フーガ4/4拍子で、五度圏に沿った転調と繰り返しの多い旋律が特徴の、チャーミングで規則的なフーガです。
間奏部分再び手鍵盤による短い華やかなパッセージが続き、最後は9声もの厚みのある和音を伴うペダル・カデンツァで締めくくられます。
第2フーガ3/4拍子の軽快なリズムで、第1フーガの主題を彷彿とさせる動機に基づいた2つ目のフーガが展開されます。
終結部(コーダ)技巧的なペダル・ソロで幕を開け、バロック特有の即興的で力強い響きの中で全曲を閉じます。
バッハがルベックを訪れ、ブクステフーデの演奏に心酔していた時期の「プレリュディア(「自由な即興的部分」と「厳格な対位法(フーガ)部分」が交互に現れる複合的な形式)」の形式を忠実に受け継いでいます。
多彩な音色が魅力
マリー=クレール・アランはアラン家の4人兄弟の末っ子として1926年8月10日にサン=ジェルマン=アン=レーで生まれました。このアラン家というのは大変な音楽一家であり、父であるアルベール・アランはオルガン奏者兼作曲家であり、兄のジェアンとオリヴィエも同様にオルガン奏者兼作曲家でした。
ですから、彼女もまた当然のようにオルガンを父から学び、パリ音楽院でマルセル・デュプレ、モーリス・デュリュフレから学びました。
まさにサラブレッドとも言うべき経歴です。
そして、アランはその生涯において「バッハ・オルガン作品全集」を3回も録音すると言う偉業を成し遂げています。まさに、フランスを代表するオルガニストであり、同時代でいえばドイツのヘルムート・ヴァルヒャと肩を並べる存在だったと言ってもいいでしょう。
しかし、この二人は紡ぎだす音楽の雰囲気はずいぶんと異なっています。
ヴァルヒャのバッハは一言でいえば重々しく聞こえます。それは言葉をかえれば「深い」ということになるのでしょうか。
それに対してアランの演奏を特徴づけるのは「多彩な音色」であり、その多様性ゆえに華やかで表現の幅が「広い」ということです。
まあ、世間一般でいえば芸術というのは「深い」ほうが価値を持ち、「華やか」というものはそれよりは一段低い価値しかないとみなされるものです。それが、「神とバッハへの信仰告白」であるオルガン作品ならば、断然「深さ」のほうこそ価値あるものということになるのでしょう。
しかし、アランの演奏を聞きこんでいくと、ふと気づかされます。
オルガンってどうしてあのように多彩な音色を実現できるのかという、ごく初歩的な「はてな?」です。オルガンというのは言ってみればリコーダーみたいなもので、空気を吹き込んで音を鳴らしています。ですから、普通に考えれば音色などは変化するはずはないのです。
しかし、パイプ・オルガンというのは大変なもので、舞台から見えるだけでも多くのパイプが林立しているのですが、その奥に数千本のパイプが並んでいます。
その何千本ものパイプにはそれそれ一つの音程、一つの音色が割り振られているのです。
そして、それらのパイプを組み合わせて多様な音色を作り出すのは演奏者の仕事であり、「レジストレーション」と呼ばれています。
それだけでも大変な作業なのですが、もう一つパイプ・オルガンは持ち運びができず、おまけに、一つずつのパイプ・オルガンには個性のあるというハードルがあります。つまりは、同じ作品であってオルガン奏者は演奏する会場に出向いて、そのオルガンの響きを確認しながら組み合わせを決めていかなければならないのです。
つまりは、アランの多彩な音色によるバッハというものは、ただ華やかに演奏するというだけでなく、その背景にはとてつもない献身とエネルギーが注ぎ込まれているのです。
ここで紹介している最初の全集録音だけで9か所の教会が使われています。その一つ一つの教会や大聖堂のオルガンは独自の音色を持っています。
その独自の音色を持つオルガンに対して一つずつ、譜面を通してバッハと真摯に向きあうことによってあの多彩な音色が引き出されているのです。
華やかで豊かな色彩を描き出すためにはとてつもない献身とエネルギーがもとめられるのです。
ヴァルヒャのバッハ演奏が素晴らしいことは言うまでもありませんが、重くて深いだけがバッハではないのです。
アランのバッハが軽いなどと決めつける前に、ぜひともじっくりと向き合ってみてください。
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