クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベルワルド:交響曲第4番 変ホ長調 「素朴な交響曲」(Berwald:Symphony No.4 in E-flat major "Naive" )

イーゴリ・マルケヴィチ指揮:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1955年12月録音(Igor Markevitch:Berlin Philharmonic Orchestra Recorded on December, 1955)





Berwald:Symphony No.4 in E Flat "Naive" [1.Allegro risoluto]

Berwald:Symphony No.4 in E Flat "Naive" [2.Adagio - (attacca Scherzando)]

Berwald:Symphony No.4 in E Flat "Naive" [3.Scherzo. Allegro molto]

Berwald:Symphony No.4 in E Flat "Naive" [4.Finale. Allegro vivace]


スウェーデンのもっとも独創的でモダンな作曲家

フランツ・アドルフ・ベルワルドは、スウェーデン出身の指揮者プロムシュテットなどの貢献などもあって少しずつその存在が知られるようにはなってきましたが、それでも同時代の独襖系の作曲家と較べればその認知度は大きく劣ります。
それにしても、その人生を振り返ってみれば、実に波瀾万丈の連続だったようです。

1796年にスウェーデンの音楽家の家系にに生まれたベルワルドは少年の頃から優れた音楽的才能を発揮していました。しかし、宮廷楽団でヴァイオリニストを務めていた父が亡くなると経済的苦境に陥り音楽活動を継続していくのが困難になります。そこで、彼は心機一転してベルリンに移り住んで創作活動を続けようとするのですが作曲家として認められることはなく、生きていくために整形外科と理学療法の診療所を開業します。
ところが、この診療所が成功をして財を築くことに成功すると、再びウィーンやパリに移り住んで創作活動を再開します。しかしながら、作曲家としての芽が出ることはなく、再びスウェーデンに戻ったベルワルドはガラス工房などを経営しながら創作活動を続けます。

その様なベルワルドの作品がようやくに認められたのは最晩年のことだったのですが、それでもハンスリックなどから「想像力とファンタジーに欠ける作曲家」という酷評を受けました。しかしながら、他方では彼の「ピアノ五重奏曲」を初見で弾いて、その出来映えを高く評価したリストのような音楽家もいたのです。
そして、その評価が確固たるものとなっていくのは彼が亡くなってからのことで、とりわけ、アウリンやステンハンマルら、スウェーデンの音楽家がベルワルドの作品を積極的に紹介し始めたことが契機となりました。そして、20世紀にはいると「スウェーデンのもっとも独創的でモダンな作曲家」と言われるようになり、それが後にプロムシュテットなどの活動につながっていくのです。

ベルワルドはその恵まれぬ創作活動の中においても多くの作品を残しているのですが、そのエッセンスが凝縮されているのが4つの交響曲だと言われています。それらの交響曲は1842年から1845年にかけてのごく短い期間に一気に創作されているのですが、ベルワルドが存命中に演奏されたのは「厳粛な交響曲」という標題がついた第1番だけでした。(1843年にストックホルムでベルワルド立ち会いの下で初演されたらしい)
第2番に至っては自筆楽譜が失われ、スケッチの綿密な調査に基づいてようやく演奏可能な版が作成されたのは20世紀に入ってからのことで、1914年にストックホルム王立歌劇場管弦楽団によって初演されています。
第3番はスコアが失われることはなかったのですが、それでも初演は1905年のことでした。そして、その初演を指揮をしたアウリンによってスコアには随分たくさんの変更が加えられていて、本来の形が復活するのはプロムシュテットによって新版が作成される1965年を待たなければいけませんでした。

そして、第4番はベルワルド自身がもっとも自信を持った作品だったようなのですが、それでも生前には演奏されず、ベルワルドの没後10年にあたる1878年にストックホルム王立歌劇場管弦楽団によって初演されています。

ベルワルドが創作活動を行った時期というのは、若い頃にベートーベンが活躍する姿を目の当たりにしながら、その後シューマンやメンデルスゾーン、ショパンやリストが活躍する姿を横目で睨みながらの時期だったと言えます。そして、一時移り住んだパリではベルリオーズが大きな位置を占めていました。
そう言う意味では、彼もまた古典派から初期ロマン派へと向かいつつある流れの中で創作活動を行ったのですが、そこにある種の北欧的感性のようなものも息づいていたのが最大の特徴だったと言えます。そして、その作品の完成度の高さは、同時代に多くの交響曲を残したロマン派の音楽家たち、シューマン、メンデルスゾーンと較べても遜色はないように思われます。

ベルワルド:交響曲第4番 変ホ長調 「素朴な交響曲


当初、ベルワルド自身によって「Sinfonie naive」という標題が付けられていましたが、後に彼自身の手で削除されました。

彼の交響曲の中でも特に均整が取れており、メンデルスゾーンを思わせる軽やかさと、ベルワルド特有の斬新な和声、そして北欧らしい清涼感が同居しています。

  1. 第1楽章:Allegro risoluto
    冒頭、弦楽器の刻みに乗って木管楽器が提示する第1主題は、快活で迷いのない力強さを持っています。
    ベルワルド特有の「透明感のある響き」が全開です。金管楽器の使い方が非常に巧みで、祝祭的な明るさの中に北欧の清涼な空気を感じさせます。

  2. 第2楽章:Adagio
    非常に抒情的で、ベルワルドが書いた緩徐楽章の中でも屈指の美しさを誇ります。変ホ長調の全曲の中で、遠い調性である「ニ長調」を選んでいる点が斬新です。
    この楽章の主題は、後に作曲されたピアノ曲「記念の記」(Souvenir de Norvege)にも転用されており、彼自身もお気に入りだったメロディであることが伺えます。

  3. 第3楽章:Scherzo: Allegro molto
    メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」を彷彿とさせる、妖精が舞うような軽やかさとスピード感があります。中間部(トリオ)での木管楽器の素朴な響きとの対比が鮮やかです。

  4. 第4楽章:Finale: Allegro vivace
    エネルギッシュで躍動感あふれるフィナーレです。第1楽章の明るさを引き継ぎつつ、さらにリズムの推進力が増します。
    最後は華やかで堂々とした結びとなっており、彼が当初この曲に付けようとした「ナイーブ(純真な)」という言葉の通り、屈託のない喜びを感じさせます。




ほとんど聞く機会のない作品を見事に料理しています


このベルワルドの交響曲はイッセルシュテットの演奏で一度取り上げているのですが、本当に聞かれる機会の少ない作品です。実際に聞いてみれば十分すぎるほどに面白くて魅力的な音楽だけに、どうしてここまで無視されるのだろうかと不思議になります。
ただし、コンサートのプログラムに「ベルワルド:交響曲第3番 ハ長調」なんて書かれていてチケットを買おうと思う人はあまりいないでしょうから、そのあたりが「ブランド価値」というものなのでしょうか。

そう言えば、若かりし頃イタリアを訪ねたことがあるのですが、街のあちこちに素晴らしい手作りの小物を制作して販売しているお店がたくさんありました。それは「ブランド品」と呼ばれる高価なバッグや小物類と較べても遜色のないほどに魅力的な商品なのですが、価格の方はゼロが一つも二つも少ないほどにリーズナブルなものでした。さすが、イタリアは職人の国だと感心したものです。そして、そう言うお店をはしごして、あれこれと見て回りお気に入りの品を探し出すのは実に楽しい時間でした。

ですから、飽きるほどにブランド品の音楽を聞いてきた人であれば、こういうブランド的な価値を持たない作品をもっと積極的に掘りだしてきて聞くべきなのかもしれません。
そして、このベルワルドに関して言えば、マルケヴィッチの録音はまさにスタンダードと言っていいほどに信頼できる演奏であり、その音楽を力強く歌わせるスタイルはベルワルドの持つ魅力を存分に味合わせてくれます。

マルケヴィッチはしっとりとした歌の部分であってもそう言う甘さに寄りかかることはありませんし、音楽が大きく盛り上がっていく場面でもその盛りあげ方は実に自然であざとさというものが全くありません。そして、作品全体への目配りも万全で、聞き終われば「そうだったのか」という不思議な納得感を聞き手に与えてくれます。
まあ、そのあたりはベースが「作曲家」であることが大きく寄与しているのでしょう。

イッセルシュテットが60年代に録音したときでも手探り感のあったベルワルドの作品を、マルケヴィッチはすでにここまでの説得力を持って演奏していたとは驚きです。

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