ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 Op.73「皇帝」
(P)ウラディミール・ホロヴィッツ:1フリッツ・ライナー指揮 RCAビクター交響楽団 1952年4月26日録音
Beethoven:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 「第1楽章」
Beethoven:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 「第2~3楽章」
演奏者の即興によるカデンツァは不必要

ピアノ協奏曲というジャンルはベートーベンにとってあまりやる気の出る仕事ではなかったようです。ピアノソナタが彼の作曲家人生のすべての時期にわたって創作されているのに、協奏曲は初期から中期に至る時期に限られています。
第5番の、通称「皇帝」と呼ばれるこのピアノコンチェルトがこの分野における最後の仕事となっています。
それはコンチェルトという形式が持っている制約のためでしょうか。
これはあちこちで書いていますので、ここでもまた繰り返すのは気が引けるのですが、やはり書いておきます。(^^;
いつの時代にあっても、コンチェルトというのはソリストの名人芸披露のための道具であるという事実からは抜け出せません。つまり、ソリストがひきたつように書かれていることが大前提であり、何よりも外面的な効果が重視されます。
ベートーベンもピアニストでもあったわけですから、ウィーンで売り出していくためには自分のためにいくつかのコンチェルトを創作する必要がありました。
しかし、上で述べたような制約は、何よりも音楽の内面性を重視するベートーベンにとっては決して気の進む仕事でなかったことは容易に想像できます。
そのため、華麗な名人芸や華やかな雰囲気を保ちながらも、真面目に音楽を聴こうとする人の耳にも耐えられるような作品を書こうと試みました。(おそらく最も厳しい聞き手はベートーベン自身であったはずです。)
その意味では、晩年のモーツァルトが挑んだコンチェルトの世界を最も正当な形で継承した人物だといえます。
実際、モーツァルトからベートーベンへと引き継がれた仕事によって、協奏曲というジャンルはその夜限りのなぐさみものの音楽から、まじめに聞くに値する音楽形式へと引き上げられたのです。
ベートーベンのそうのような努力は、この第5番の協奏曲において「演奏者の即興によるカデンツァは不必要」という域にまで達します。
自分の意図した音楽の流れを演奏者の気まぐれで壊されたくないと言う思いから、第1番のコンチェルトからカデンツァはベートーベン自身の手で書かれていました。しかし、それを使うかどうかは演奏者にゆだねられていました。自らがカデンツァを書いて、それを使う、使わないは演奏者にゆだねると言っても、ほとんどはベートーベン自身が演奏するのですから問題はなかったのでしょう。
しかし、聴力の衰えから、第5番を創作したときは自らが公開の場で演奏することは不可能になっていました。
自らが演奏することが不可能となると、やはり演奏者の恣意的判断にゆだねることには躊躇があったのでしょう。
しかし、その様な決断は、コンチェルトが名人芸の披露の場であったことを考えると画期的な事だったといえます。
そして、これを最後にベートーベンは新しい協奏曲を完成させることはありませんでした。聴力が衰え、ピアニストとして活躍することが不可能となっていたベートーベンにとってこの分野の仕事は自分にとってはもはや必要のない仕事になったと言うことです。
そして、そうなるとこのジャンルは気の進む仕事ではなかったようで、その後も何人かのピアノストから依頼はあったようですが完成はさせていません。
ベートーベンにとってソナタこそがピアノに最も相応しい言葉だったようです 。
ホロヴィッツらしくない・・・?叙情的な演奏
ホロヴィッツという人はベートーベンはあまり演奏しない人でした。確かに、ちょっと考えてみただけでも相性の悪さは明らかです。
名人芸を前面に押し立ててがんがん弾きまくるだけではよろしくないことは明らかですから、さすがのホロヴィッツもここではずいぶんとおとなしいです。冒頭のパッセージはさすがにホロヴィッツ!と思わせるような冴えわたった響きをきかせるですが、その後はどちらかと言えば「叙情性」を大切にして名人芸には「封印」という印象です。
もちろん、悪い演奏だとは思いませんし、それなりに立派なものだと関心もさせられます。
しかし、こういうスタイルの演奏なら別にホロヴィッツでなくてもいいじゃないかという気持ちも否定しきれません。
ブラインドテストでこの演奏をきかされれば、「悪くないね!」と言うのでしょうが、ピアニストがホロヴィッツと種明かしをされれば、「なーんだ、つまんない!」などと恐れ多いことをほざいてしまうかもしれません。「ホロヴィッツなら、何もこういうありきたりの演奏ではなくて、誰もやらなかったような名人芸炸裂のベートーベンをやったって誰も文句は言わないだろうに・・・もったいない!」などとほざいてしまうかもしれません。
こういう言われ方はホロヴィッツにしてみれば不本意だと思うのですが・・・。
ホロヴィッツはこの2年後に突如引退を表明し、12年間も演奏活動を中断してしまいます。
アンコール曲に「カルメン変奏曲を!」と絶叫する聴衆に対して静かにトロイメライを演奏を演奏してピアノの蓋を閉じたという話をどこかで読んだことがあります。(記憶間違いかもしれませんが・・・)
その原因はいまだに謎とされていますが、ユング君と同じようなことをほざく聴衆に嫌気がさしたのかもしれません。
考えてみれば、ホロヴィッツがいつもホロヴィッツであり続けることを求められるのはしんどいことです。
よせられたコメント
2010-03-15:ばや
- ホロヴィッツはオクターブの強打とともに音色や語り口に特徴があるピアニストで、前者の技巧は自国の作品に、後者のそれはロマン派の作品に特に有効でした。ベートーヴェンのピアノ曲は、耳が不自由であったため、ショパンやリストなどと比べるといわゆるピア二スティックではありません。ですからベートーヴェンの曲ではホロヴィッツも自らの演奏上の特徴を活かすのが難しかったかもしれません。でも、彼にも「合う」曲は結構あります。彼の場合、そういう曲しか弾かないのでとてもわかりやすいですね。ピア二スティックでないベートーヴェンの曲で「がんがん弾く」というのが「もっと速く」ということなのか「もっと強く」なのかよくわかりませんが、この演奏でもホロヴィッツの持ち味であるオクターブの強打は十分に堪能できます。これ以上「がんがん」弾いたら音楽でなくなってしまうでしょう。
速いテンポで直線的に進むこの演奏、「皇帝」の演奏の王道からはずれているかもしれませんが、聞いていて本当に気持ちがよく、私は大好きです。人柄で民衆の心を引き寄せる皇帝ではなく、強さそのもので人気を集める戦時の皇帝といったところでしょうか。クラシック嫌いの若者にも、この演奏なら受け入れてもらえるのではと期待してしまいます。この演奏でのホロヴィッツ、遊び心も入ってなにやら楽しそうですね。この演奏での一番いいところはそこだと私は思います。弾き手の喜びが聞き手に伝わるというか。オケとちょっと張り合っているようなところもあって面白いですね。ホロヴィッツやアルゲリッチのような燃焼系ピアニストは「本番でノレなかったらどうしよう」と不安が先行して演奏活動を減らしてしまうこともあるそうですが、ホロヴィッツ、このレコーディングのときはどうやらノッていたみたいです。
【最近の更新(10件)】
[2026-10-15]

メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第1番 ト短調, Op.25(Mendelssohn:Piano Concerto No.1 in G minor, Op.25)
(P)モーラ・リンパニー:ラファエル・クーベリック指揮、フィルハーモニア管弦楽団 1952年録音(Moura Lympany:(Con)Rafael Kubelik The Philharmonia Orchestra Recorded on 1952)
[2026-10-13]

ドヴォルザーク:スラブ舞曲 第2集 作品72(Dvorak:Slavonic Dances Op.72)
クルト・ザンデルリング指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 1952年&1954年録音(Kurt Sanderling:Leningrad Philharmonic Orchestra Recorded on, 1952 & 1954)
[2026-10-11]

ヴィオッティ:ヴァイオリン二重奏曲 ト長調(Viotti:Duet for Violin Solo in G minor)
(Vn)ジョコンダ・デ・ヴィート:(Vn)イェフディ・メニューイン 1955年12月4日&6日録音(Gioconda de Vito:(Vn)Yehudi Menuhin Recorded on Decembr 4&6, 1955)
[2026-10-09]

ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 「喜び」 Op. 8, No. 6, RV 180(Vivald:Violin Concerto in C Major, Op. 8, No. 6, RV 180, "Il piacere")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)
[2026-10-07]

J.S.バッハ:カンタータ第51番「全地よ、神を向かえて歓呼せよ」,BWV 51(J.S.Bach:Cantata: "Jauchzet Gott in Allen Landen", BWV 51)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ペーター・ゲルホルン指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1950年10月6日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(cpn)Peter Gellhorn Philharmonia Orchestra Recorded on October 6, 1950)
[2026-10-05]

J.S.バッハ:管弦楽組曲第4番 ニ長調 BWV1069(J.S.Bach:Orchestral Suite No.4 in D major, BWV 1069)
クルト・レーデル指揮:ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
[2026-10-02]

ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)
[2026-09-30]

ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)
[2026-09-28]

マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)
[2026-09-26]

モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)