ワーグナー:ローエングリン第3幕への前奏曲(Wagner:Lohengrin Act3 Prelude)
ユージン・オーマンディ指揮 フィラデルフィア管弦楽団 1959年12月30日録音(Eugene Ormandy:Philadelphis Orchestra Recorded on December 30, 1959)
Wagner:Lohengrin Act3 Prelude
分かりやすさが陳腐につながらない音楽の力の凄さ
ワーグナーはこの前奏曲について「天使の群れによって運ばれてきた聖杯が、まばゆいばかりの高みから降臨してくる印象だ」と語っていたそうです。
なるほどね。
冒頭の、精妙極まるヴァイオリンの響きはまさに天使の群れ、その中から聖杯を象徴する旋律が姿を現します。それが次第に大きなクライマックスを築くと、音楽は再び天空の彼方に消え去っていくかのように静まり、そして消え去っていきます。
ワーグナーにそう言われてみれば、確かに分かりやすい音楽になっています。
しかし、驚くべきは、そこまでの分かりやすさに徹しながら、音楽は決して陳腐になっていないことです。
それ故に、この音楽はいろいろな映画やドラマでも使われて、その音楽の力でどんなにつまらないシーンでも意味ありげに見えるような力を発揮しています。
しかしながら、考えてみればこの「ローエングリン」という歌劇自体が実に分かりやすくできていて、下手をすればどんでもない「安手のドラマ」になってしまう危険をはらんでいるのです。
何しろ、悪者の奸計にはめられたお姫様がいて、その夢の中に自分を救ってくれる立派な騎士があらわれるのです。そして、驚くなかれ、その夢の中の騎士は白鳥に曳かれた船に乗って姿を現し、その悪者を退治してしまうのです。
このシーンが大好きだったバイエルンの国王フリードリヒ2世はお城の中に池を作り、そこに白鳥の船を浮かべてはその騎士になりきっていたというのは有名な話です。
そして、そのお姫様と騎士は結婚をして幸せがやってくるかに見えたのですが、疑念にとらわれたお姫様は禁じられた問い、その騎士の身元をたずねる問いを発してしまうのです。
やがて、悪者達は最後の攻撃を仕掛けてくるのですが、その騎士はそれらを難なくやっつけてしまうと、お姫様に向かってあなたは禁問の問いを発したと言って、自分は聖杯の騎士ローエングリンであることを明かして去っていくのです。
こう書いてしまうと恥ずかしくなるくらいに安っぽいのドラマではあるのですが、そこに音楽が加わるとそれが一転してロマン主義的営為の白眉とも言うべき音楽に変身してしまうのですから、ワーグナー恐るべしです。
音楽の楽しさと美しさにひたらせてくれる
最近の事ですが、仲間内で「名曲喫茶」のことが話題になりました。
話題を提供されたのはかなりの年配の方なのですが、大学時代を京都で過ごされた方で、学生の街と言うことで幾つか有名な「名曲喫茶」があって、京大御用達とか同志社御用達みたいな雰囲気で棲み分けていたそうです。
その方の話によると、京大御用達の店のメインはバッハやベートーベンで、同志社御用達の店ではチャイコフスキーなどが人気があったそうです。
ただし、両者には共通点があって、どちらも雑談をしながら音楽を聞くなどと言うのは御法度で、誰もが無言で姿勢を正して音楽に聴き入ることが当然の約束事だったそうです。
そして、「そうそう、あの雰囲気は今から思えば懐かしいけれど、今から思えばちょっと滑稽ですよね」などと語っていました。
レコードが貴重品で、個人で購うには二の足を踏むような時代にあっては、クラシック音楽に身近にふれる場として「名曲喫茶」は貴重な存在だったようです。
しかし、そう言う名曲喫茶では人生の苦悩を全て引き受けたような佇まいで目を瞑って聞き入る学生が多くいたようで、おそらくはそう言う土壌がこの国におけるクラシック音画の受容のあり方に少なからず影響を与えたことは間違いないようです、
つまりは、クラシック音楽というのは楽しむものではなくて人間の奥深い精神性を高めるためのものだという受容のされ方です。
もちろん、それもまたクラシック音楽が持つ美点の一つであることは否定しませんが、その呪縛から抜け出すのは容易ではなかったようです。
言うまでもなく、クラシック音楽といえどもそれは音楽なのですから、まずは聞いて楽しめるエンターテイメント性が大前提です。
修行のために音楽を聞きに行くわけではないのですから、まずは聞いて楽しいと言うことが必須条件であるはずです。
しかし、どうしても「聞いて楽しい」だけでは音楽に深みがないとか、精神性が足りないなどと言って、そう言うエンターテイメント性を前面に押し出す音楽家は一段も二段も低く評価されてきました。
おそらく、通のクラシック音楽ファンからオーマンディやカラヤンが低く見られてきた背景にはそういう事情があったことは否定出来ません。
しかし、音楽を楽しく、そして美しく聞かせるというのは意外と難しくて、高いスキルが必要だということに人は次第に気づいていきます。
手兵のオケを極限まで鍛え上げることで作りあげたベルリンやフィラデルフィアの響きはそう容易く実現できるような代物ではなかったのです。
そう思えば、私も途中で回心して(?)カラヤンはかなりまとまって紹介したのですが、オーマンディに関してはまだまだ取りこぼしが多いようです。
カラヤンは70年代以降すっかり変わってしまいましたが、オーマンディは最後まで「レガート・カラヤン」のような違和感なしに楽しめる音楽を提供してくれました。
このワーグナーなどは、オーマンディとフィラデルフィア管以外では絶対に聞けないものです。オーマンディが鍛え上げたフィラデルフィア管の凄さを堪能できます。
やはり、とりこぼしている彼の録音はもう少し丁寧に拾っていく必要があるようです。
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