シベリウス:交響詩「フィンランディア」, Op.26(Sibelius:Finlandia, Op.26)
エデゥアルト・ファン・ベイヌム指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1957年6月7日~8日録音(Eduard van Beinum:Royal Concertgebouw Orchestra Recorded on June 7-8, 1957)
Sibelius:Finlandia, Op.26
民族のアイデンティティ
民族のアイデンティティを問うのは難しいものです。私だって、面と向かって「日本人としてのアイデンティティとは何か?」と問われれば言葉に詰まってしまいます。
とはいえ、人は己のアイデンティティをどこかに求めたくなるのは当然のことであり、シベリウスもまた家庭内言語がスウェーデン語であった事を恥じ、己のフィンランド人としてのアイデンティティを民族叙事詩「カレワラ」に求めました。ですから、彼はこの「カレワラ」を若い頃に積極的に作品の題材として取り上げています。
しかし、「カレワラ」に題をとった若い頃の作品をまとめて聴いてみると、そこで展開される民族的な物語が最終的には西洋音楽の合理性の中でわくづけられてしまっている事に気づかざるを得ません。
もちろん、そんなことは私が言うまでもなくシベリウス自身が一番強く感じ取っていたことでしょう。
そして、40代になって生み出された作品49の交響的幻想曲「ポホヨラの娘」あたりまでくると、そう言う枠から抜け出しつつあるシベリウスの姿がはっきり見て取れるようになります。
交響詩「フィンランディア」 作品26
「フィンランディア」として知られているこの作品はフィンランドにとっては「国歌」みたいな存在です。
こういう存在は他の国にもあって、たとえばイタリアでは宴が盛り上がるとナブッコの「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」を歌う場面をよく見受けます。オーストリアではなんと言っても「美しく青きドナウ」です。
ただし、北欧のオケが来日して主催者側からこの曲を依頼されると流石にうんざりすることも事実のようです。
とはいえ、この作品はその分かりやすさもあってシベリウスの数ある作品の中では最も有名な一曲であることは間違いありません。
冒頭の重々しい楽想は明らかにロシアの圧政を暗示していますし、それが中間部の金管楽器の雄叫びで打ち破られるとフィンランドの美しさをたたえるかのように叙情的な旋律があらわれます。この美しいメロディは卒業式の入場曲なんかにも使われていました。
そして、その美しいメロディが終わりを告げると、音楽はコーダに向かって大きく盛り上がってフィンランドの解放が暗示されます。
この作品が持つ危険性を感じ取ったロシアは一時演奏禁止にするのですが、それもフィンランド人の反発をまねいてすぐに演奏禁止は解除されます。そして、この音楽がフィンランドの独立に向けた動きに大きなはずみを与えることになったわけです。
劇音楽「クレオマ」より第1曲 「悲しきワルツ」作品44-1
シベリウスは妻の兄であるアルヴィド・ヤルネフェルトの手になる「クオレマ(死)」という戯曲に劇音楽をつけます
この「クオレマ」なる劇が戯曲としてどれほどのポピュラリティがあるのかは知りませんし、この劇音楽の方も今では演奏される機会がほとんどありません。
この劇音楽は、当初は次の6曲から構成されていました。
第1幕の音楽:Tempo di valse lente - Poco risoluto
第2幕の音楽:バリトン独唱のための「パーヴァリの唄」 Moderato (Paavali's Song: 'Pakkanen puhurin poika')
第2幕の音楽:前奏とソプラノ独唱のための「エルザの唄」および後奏 Moderato assai - Moderato (Elsa's Song: 'Eilaa, eilaa') - Poco adagio
第2幕の音楽:「鶴」 Andante (The Cranes)
第3幕の音楽:Moderato
第3幕の音楽:Andante ma non tanto
しかし、劇の上演後、シベリウスはこの中から第1曲の「Tempo di valse lente(遅いワルツのテンポで)」を「Valse triste(悲しきワルツ)」なるコンサート用の小品に改変します。
さらに、同じ要領で、第2幕の「 Moderato assai」と「鶴」と呼ばれる「Andante」の曲とつなげて「Scen med tranor」という小品を仕立て上げます。
そして、この二つをセットにして「劇音楽クオレマより Op.44」としました。こちらの方は、劇音楽とは違って今日も演奏される機会の多い作品です。
とりわけ、第1曲の「悲しきワルツ」はシベリウスの管弦楽小品としては高いポピュラリティを持っています。
なお、この悲しきワルツは以下のような場面で演奏されます。
病が重く死の床についている夫人が夢うつつにワルツの調べを聞き、幻の客と一緒に踊り出す。
女は客の顔を見ようとするが、客は女を避ける。
やがてクライマックスにたしたときに扉を叩く音がして、ワルツは破られる。
そこには踊りのパートナーの姿はなく、戸口には「死」が立っている。
かなり不気味な場面設定ですから、アンコールピースとして使われることは滅多にないようです。
ローカリティが持っていたかけがえのない価値
今日は朝から冷たい雨がふっていて終日続くようです。昨日までは初夏を思わせるような日が続いていただけに、年寄りにはいささか辛い気候の変化です。
と言うことで、この鬱陶しさを振り払えるような音楽はないかと物色していて目に止まったのが、ベイヌム&コンセルトヘボウによる一枚でした。
今さらながらですが、久しぶりに聞き直してみて、しみじみと「こういうローカリティはいいもんだな」と感じさせられました。
それにしてもいつの頃からでしょうか、いつの間にかどこのオケの演奏を聞いてもみんな同じ方向を指向しはじめたのは・・・。おそらく、目指すはベルリン・フィルと言うことなのでしょうが、気がつけばコンセルトヘボウも同じベクトルの中に飲み込まれてしまいました。
しかし、考えてみれば、あのベルリン・フィルにしたって50年代には独特なベルリンならではのローカリティを持っていました。それは、その後の精密機械のようなオケとは根本的なところで異なる「色合い」を持っていました。
私は良く「ヨーロッパの田舎オケ」という言葉を使うのですが、50年代の頃はベルリン・フィルにしてもコンセルトヘボウにしても、みんな「ヨーロッパの田舎オケ」でした。そして、その田舎訛りがこの上もなく強く、そしてこの上もなく魅力的だったのがコンセルトヘボウだったことにあらためて気づかされました。
病弱だったベイヌムは1959年に急逝してしまうのですが、その前から衰えは明らかだといわれていました。確かに、その事は否定できません。
しかし、コンセルヘボウの楽団員はそんなベイヌムを心のそこから尊敬し、信頼し、彼とともに一期一会の音楽を作り出そうとしていました。さすがに、シベリウスの「悲しきワルツ」なんかは音楽の性格上迫力溢れるとはいきませんが、その暖色系の音で形づくられる音楽は非北欧的です。それが、フィンランディアとなれば、これぞコンセルトヘボウならではの迫力であり、それはメンデルスゾーンにしても同様です。訛りは似たようであっても、やはりドイツの田舎オケとは異なります。
この確信に満ちたドッシリとした、そして迫力溢れる音楽がこの上もなく暖かい音色で奏でられる時、ふとこんな妄想が浮かび上がってきました。
ここには、一人ひとりの音楽家の小さな物語が存在します。それはオケのメンバーであり、指揮者であるベイヌムも同様です。そして、そう言う小さな物語が少しずつ集まっていって一つの音楽を形づくっていくのです。おそらく、その一つ一つの物語こそがこういうローカリティの魅力を形づくっていくのでしょう。
考えてみれば、今の時代は大きな物語に飲み込まれて、一人ひとりの物語が消え去ってしまったように見えます。
話が飛躍して恐縮ですが、確かに、ウクライナに侵略したロシアの行為は言語道断ですが、だからといって世界を「民主主義」と「専制主義」という大きな物語で括ってしまうのはあまりにも愚かです。その愚かさのもとで、ウクライナでは、またはシリアやパレスチナ、ミャンマー・・・、数え上げればきりがないほどの場所で一人ひとりの小さな物語が葬られていっています。
今必要なのは、立派な大きな物語ではなく、一人ひとりが持っている小さな物語に寄りそうことなのではないでしょうか。
ベイヌムとコンセルトヘボウの音楽を聞きながらそんな妄想が浮かんでは消えていった雨の一日でした。
よせられたコメント 2023-06-08:たかりょう ユングさんのサイトを毎日訪れるのが日課になってます。実際に聞くタイミングがなかなかとれずにほとんどユングさんの文章を読んで楽しませていただいているだけの日日なのですが、この曲は10分程度と短い(笑)ので聴かせていただきました。
『北欧のイメージ』という言葉が全く浮かぶことのない充実した響きのスケールの大きい演奏、私にはそんな風に聴こえました。今までこの曲の他の演奏では聴いたことのない、ものすごく新鮮で魅力的な体験でした。フィンランディア賛歌や曲の背景からは自由なベイヌムの演奏。忘れられない演奏がひとつ増えました。
ありがとうございます。
【最近の更新(10件)】
[2026-10-02]
ルイス・デ・ミラン:「エル・マエストロ」からのファンタジア、舞曲、そしてロマンセ(Luys Milan:Fantasias, Dances And Romances From El Maestro)
(Lute)ヴァルター・ゲルヴィッヒ:(T)ベルンハルト・ミヒャエリス 1956年11月30日~12月1日録音(Walter Gerwig:(T)Bernhard Michaelis Recorded on Novembar 30~December 1, 1956)
[2026-09-30]
ヴィヴァルデ:オーボエ協奏曲 ハ長調, Rv.447(Vivaldi:Oboe Concerto in C major, RV.447)
レナート・ファッサーノ指揮:(Ob)レナート・ザンフィーニ ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:(Ob)Renato Zanfini Virtuosi Di Roma Published in 1958)
[2026-09-28]
マヌエル・ポンセ:南の協奏曲(Manuel Ponce:Concierto del Sur)
(Gt)アンドレス・セゴビア:エンリケ・ホルダ指揮 シンフォニー・オブ・ジ・エア 1958年録音(Andres Segovia:(con)Enrique Jorda the Symphony of the Air Recorded in 1958)
[2026-09-26]
モーツァルト:モテット「踊れ、喜べ、幸いなる魂よ」{エクスルターテ・ユビラーテ), K.165(Mozart:Exsultate, Jubilate, K.165/K.158A)
(S)エリーザベト・シュヴァルツコップ:ワルター・ジュスキント指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1947年5月26日,28日録音(Elisabeth Schwarzkopf:(con)Walter Susskind Philharmonia Orchestra Recorded on May 26,28, 1947)
[2026-09-24]
マラン・マレー:組曲第4番 ニ長調(Marin Marais:Suite No. 4 In D Major)
アウグスト・ヴェンツィンガー:(Vdg)ハンネロレ・ミュラー (harpsichord)フリッツ・ノイマイヤー 1956年4月4日~5日録音(August Wenzinger:(Vdg)Hannelore Mulle (harpsichord)Fritz Neumeyer Recorded on April 4-5, 1956)
[2026-09-22]
J.S.バッハ:管弦楽組曲第3番 ニ長調 BWV1068(J.S.Bach:Orchestral Suite No.3 in D major, BWV 1068)
クルト・レーデル指揮:(Fl)クルト・レーデル ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団 1962年2月録音(Kurt Redel:(Fl)Kurt Redel The Pro Arte Chamber Orchstra of Munich Recorded on February, 1962)
[2026-09-20]
ベートーヴェン:交響曲第7番 イ長調, Op.92(Beethoven:Symphony No.7 in A major, Op.92)
エーリッヒ・クライバー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 1950年5月録音(Erich Kleiber:Royal Concertgebouw Orchestrar Recorded on May, 1950)
[2026-09-18]
ベートーベン:交響曲第3番変ホ長調 作品55 「英雄」(Beethoven:Symphony No.3 in E flat major , Op.55 "Eroica")
エーリッヒ・クライバー指揮 ウィーン・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Erich Kleiber:Vienna Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)
[2026-09-16]
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲 変ホ長調 「海の嵐」Op. 8, No. 5, RV 253(Vivald:Violin Concerto in E-Flat Major, Op. 8, No. 5, RV 253, "La tempesta di mare")
(Vn)フェリックス・アーヨ:イ・ムジチ合奏団 1961年9月20日~28日録音(Felix Ayo:Musici, I Recorded on September 20-28, 1961)
[2026-09-13]
アルビノーニ:ソナタ イ長調(Albinoni:Sonata In A Major, Op. 2, No. 3)
レナート・ファッサーノ指揮:ローマ合奏団 1958年発行(Renato Fasano:Virtuosi Di Roma Published in 1958)