クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ハイドン:交響曲第104番 ニ長調 Hob.I:104 「ロンドン」

ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮 ウィーン交響楽団 1957年録音





Haydn:Symphony No.104 in D major "London" [1.Adagio. Allegro]

Haydn:Symphony No.104 in D major "London" [2.Andante]

Haydn:Symphony No.104 in D major "London" [3.Menuetto: Allegretto]

Haydn:Symphony No.104 in D major "London" [4.Finale: Spiritoso]


フィナーレをどうするか?

交響曲と言えばクラシック音楽における王道です。お金を儲けようとすればオペラなんでしょうが、後世に名を残そうと思えば交響曲で評価されないといけません。ところが、この交響曲というのは最初からそんなにも凄いスタンスを持って生まれてきたのではありません。もとはオペラの序曲から発展したものとも言われますが、いろんな紆余曲折を経てハイドンやモーツァルトによって基本的には以下のような構成をもったジャンルとして定着していきます。


  1. 第1楽章 - ソナタ形式

  2. 第2楽章 - 緩徐楽章〔変奏曲または複合三部形式〕

  3. 第3楽章 - メヌエット

  4. 第4楽章 - ソナタ形式またはロンド形式



いわゆる4楽章構成です。
しかし、ハイドンやモーツァルトの時代には舞曲形式の第3楽章で終わってしまうものが少なくありません。さらに、4楽章構成であってもフィナーレは4分の3とか8分の6の舞曲風の音楽になっていることも多いようです。
もう少し俯瞰してハイドンやモーツァルト以降の作曲家を眺めてみると、みんな最終楽章の扱いに困っているように見えます。それは、交響曲というジャンルに重みが加わるにつれて、その重みを受け止めて納得した形で音楽を終わらせるのがだんだん難しくなって行くように見えるのです。
その意味で、ベートーベンのエロイカはそう言う難しさを初めて意識した作品だったのではないか気づかされます。前の3楽章の重みを受け止めるためにはあの巨大な変奏曲形式しかなかっただろう納得させられます。そして、5番では楽器を増量して圧倒的な響きで締めくくりますし、9番ではついに合唱まで動員してしまったのは、解決をつけることの難しさを自ら吐露してしまったようなものです。
そう言えば、チャイコの5番はそのフィナーレを効果に次ぐ効果だとブラームスから酷評されましたし、マーラーの5番もそのフィナーレが妻のアルマから酷評されたことは有名な話です。さらに、あのブルックナーでさえ、例えば7番のフィナーレの弱さは誰しもが残念に思うでしょうし、8番のあのファンファーレで始まるフィナーレの開始は実に無理をして力みかえっているブルックナーの姿が浮かび上がってきます。そして、未完で終わった9番も本当に時間が足りなかっただけなのか?と言う疑問も浮かび上がってきます。いかにブルックナーといえども、前半のあの3楽章を受けて万人を納得させるだけのフィナーレが書けたのだろうとかという疑問も残ります。

つまり、ことほど左様に交響曲をきれいに締めくくるというのは難しいのですが、その難しさゆえに交響曲はクラシック音楽の王道となったのだとも言えます。そして、交響曲は4楽章構成というこの「基本」にハイドンが到達したのはどうやらこの88番あたりらしいのです。
というのも、ハイドンはこの時期に4分の2で軽快なフィナーレをもった作品を集中的に書いているのです。常に新しい実験的な試みを繰り返してきたハイドンにとって一つのテーマに対するこの集中はとても珍しいことです。
ああ、それにしてもこの何という洗練!!そういえば、この作品を指揮しているときがもっとも幸せだと語った指揮者がいました。しかし、この洗練はハイドンだけのものであり、これに続く人は同じやり方で交響曲を締めくくることは出来なくなりました。その事は、モーツァルトも同様であり、例えばジュピターのあの巨大なフーガの後ろにハイドンという陰を見ないわけにはいかないのです。

悠然たるハイドン


ホーレンシュタインの演奏を聞いていつも思うのは、どの作品においてもやや遅めのテンポを採用していることです。
一般的に遅めのテンポというのはクレンペラーのように構築性を押し出すためや、クナパーツブッシュのように音楽にうねりをもたらして巨大化を図るために採用されたりするのですが、ホーレンシュタインの遅さはそのようなものとは全く異なります。
彼は、やや遅めのテンポを設定することで、柔らかく自然な流れをつくり出すことを目的としているのです。

そして、その特徴が一番良く出ているのがこの一連のハイドン演奏かもしれません。
正直言って、最近は彼の録音からは少し離れていて、その記憶が薄れつつあっただけに、久しぶりに聞いたハイドンには驚かされると同時に、すっかり嬉しくなってきました。
そして、同じハイドンの演奏で遅いテンポを設定したクレンペラーと比較すれば、同じ遅さでもその目指すもの違いがはっきりと分かります。

これほどまでにハイドンの交響曲を悠然と演奏した人は他には思い当たりません。
ハイドンというのはセルのようにその職人技を精緻に描き出すか、ビーチャムのようにその諧謔性を前面に出すか、クレンペラーのように巨大な構築物に仕上げるか・・・等という手練手管を使って聞き手の耳のご機嫌を伺わなければいけない代物です。とにかく、指揮者にとってもオーケストラにとっても、実にコスト・パフォーマンスの悪い音楽で、どれほど頑張ってもその頑張りがあまり聞き手には伝わらず、逆にまずい部分があるとそのマイナス部分が露わになってしまうと言う特質を持っています。

それだけに、このホーレンシュタインのように悠然たるテンポで、ある意味ではベートーベンの時代を乗りこえて、まるで初期のロマン派のように響かせるというのは考えようによってはかなりの荒技です。特に、ハイドンの最後の交響曲である104番では、その様なアプローチがもたらす美点が最大限に発揮されています。それは、どこかメンデルスゾーンの交響曲を聞くような思いにさえとらわれます。
この情緒に溢れた音楽は聞き手の耳にとっては大変なご馳走となっているのです。

さに言えば、そう言う悠然たるハイドンが極上の響きで演奏されるのですから、これはもう素晴らしいの一言しかありません。
各楽器のブレンドの仕方がこの上もなく絶妙で、やや厚めの低声部の響きを土台として暖色系の美しい響きをつくり出します。もちろんそれはウィーン交響楽団が本来持っている美点とも共通するのでしょうが、それでもその美しいふくよかな響きはホーレンシュタイン独自のものだと言えます。

確かに、ウィーン交響楽団はホーレンシュタインがよく指揮台に立ったオケではあるのですが、それでも「客演」という立場でこれだけの事を成し遂げるとは、驚くべき統率能力とコントロール能力だと言わなければいけません。

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