クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調, op.47

(Vn)ヤッシャ・ハイフェッツ:サー・トーマス・ビーチャム指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1935年11月26日録音





Sibelius:Violin Concerto in D minor Op.47 [1.Allegro moderato]

Sibelius:Violin Concerto in D minor Op.47 [2.Adagio di molto]

Sibelius:Violin Concerto in D minor Op.47 [3.Allegro, ma non tanto]


シベリウス唯一のコンチェルト

 シベリウスはもとはヴァイオリニスト志望でした。しかし、人前に出ると極度に緊張するという演奏家としては致命的な「欠点」を自覚して、作曲家に転向しました。これは、後世の人々にとっては有り難いことでした。ヴァイオリニストとしてのシベリウスならば代替品はいくらでもいますが、作曲家シベリスの代わりはどこにもいませんからね。
 そんなわけで、シベリウスにとってヴァイオリン協奏曲というのは「特別な思い入れ」があったようです。
 作曲されたのは2番の交響曲を完成させて、作曲家としての評価を確固たるものとした時期でした。1903年に彼はこの作品に取り組みはじめ、そして年内に一応の完成をみます。その翌年には初演も行われたのですが、評価はあまり芳しいものではなかったようです。
 そして、その翌年の05年に彼はベルリンでブラームスのヴァイオリン協奏曲を「聞いてしまいます。」

 シベリウスの基本は交響曲であり、民族的な素材に基づいた交響詩です。ですから、彼はこのコンチェルトを書くときも、独奏楽器の名人芸をひけらかすだけのショーピースとしてではなく、交響的な響きをともなった構成のガッチリとした作品を書いたつもりでした。ところが、ベルリンで初めて聞いたブラームスのコンチェルトは、そう言う彼の思いをはるかに超えた、まさに驚くほどに交響的的なコンチェルトだったが故に、彼に大きな衝撃を与えました。
 ヘルシンキに舞い戻ったシベリウスは猛然と改訂作業に取りかかり、1903年に完成させた初稿版は封印してしまいます。
 とにかく、彼にとって冗長と思える部分はバッサリとカットされます。オーケストレーションもより分厚い響きが出るようにかなりの部分は変更されたようです。結果として、できあがった改訂版の方は初稿と比べるとかなり短く凝縮されたものに変身しましたが、反面、初稿には感じられた素朴な暖かみや自由なイメージの飛翔という部分は後退しました。
 ただし、作曲家本人が全力を挙げて改訂作業に取り組み、さらに初稿の方を封印したのですから、我々ごときが「どちらの方がいい?」などという気楽なことは問うべきでないことは明らかでしょう。世界中から第8交響曲を期待され、そして、何度かそれらは「完成」しながらも、満足できないが故に結局は全て焼却してしまった男です。
 現在は「遺族の了承」という大義名分のもとに初稿版を聴くことができるのですが、やはり、シベリウスのヴァイオリンコンチェルトは1905年の改訂版で聴くのが筋というものなのでしょう。

汗の一滴も感じさせない


ハイフェッツの手になるベートーベンとかブラームスとかメンデルスゾーンなどの大物協奏曲と言えば、50年代のステレオ録音でもって代表するのが常識です。もちろん、それらは全て素晴らしい演奏であり、それでもって代表させられても何の不都合もありません。
しかし、ヴァイオリン協奏曲というのはソリストにとってはかなり過酷ながんばりを要求します。
何故ならば、オーケストラというのは基本的には弦楽合奏が骨格を為していて、そこに管楽器や打楽器などが加わると言うものだからです。つまり分厚い弦楽器の響きが骨格を作っていて、それらと全く同質の響きを持ったわずか一挺のヴァイオリンでその分厚い響きに対抗しなければいけないからです。

ソロのヴァイオリンは分厚い弦楽器群の響きに埋没しそうになりながらも、そこを死力を振り絞って乗りこえていかなければいけないのです。
多くのソリストがストラディヴァリウスなどの特別な楽器を求めるのは、そう言う弦楽器群の分厚い響きを乗りこえていく特別な響きを持っているからです。もちろ、ヴァイオリン協奏曲が持つそう言う困難さは作曲家も分かっていますから、ソロ・ヴァイオリンの響きを尊重してオーケストラの弦楽器群が被さってくることのない様に配慮している作品も数多く存在します。

しかし、そう言う配慮は音楽をある種の枠にとどめることになってしまいますから、ベートーベンやブラームスなんかになるとそう言うことには無頓着とまでは言いませんが、それほどの配慮はせずに「ソリストの人頑張ってね」みたいな態度を取ります。
そして、贅沢な聞き手はそう言う「がんばり」をソリストに期待してコンサート会場に向かうわけです。

若い頃なら体力も気力も充実しているので「それならば勝負してやろうじゃないか!」と舞台に登場するのでしょうが、年を重ねると、何もそこまで無理して頑張らなくてもいいのではないかと思うようになっていくものです。
そして、その事はハイフェッツほどのヴァイオリニストでも避けがたいことで、晩年は室内楽の演奏がメインになっていきました。実際のコンサートではほとんど協奏曲は演奏しなくなったのではないでしょうか。
それは、ピニストでも同様で、ピアノのように一台でオーケストラに対抗できる楽器であっても、晩年は協奏曲から離れていくピアニストが大多数ですから、ヴァイオリニストならば何をかいわんやです。

ですから、30年代や40年代に録音したハイフェッツの協奏曲の録音は、極めて優れたステレオ録音が存在して言えても敢えて聞く価値があるのです。

それらを聞いていてまず感じるのは、ヴァイオリンという楽器はこんなにも軽々と演奏できるものなのかという驚きです。そこには一滴の汗すらも感じさせません。そして、軽々とそのヴァイオリンは涼しい顔をしてオーケストラの上を駆け抜けていくのです。
そう言えば、50年代のステレオ録音を聞いて、悪くはないけれども、ハイフェッツの凄みはそう言う大物の協奏曲よりは小品の方にこそあらわれているという声をよく聞きます。実際、私もそう感じるひとりです。

しかし、こういう30年代から40年代の録音を聞けば、そう言う言葉は絶対に出てこないでしょう。
ハイフェッツの凄さを本当に味わいたいのならば、この時代の協奏曲の録音は絶対に外せないのです。

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