クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ヴィエニャフスキ:ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調, Op.22

(Vn)ミッシャ・エルマン:エードリアン・ボールト指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 1956年録音





Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22 [1.Allegro moderato]

Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22 [2.Romance. Andante non troppo]

Wieniawski:Violin Concerto No.2 in D minoe, Op.22 [3.Allegro con fuoco - Allegro moderato, a la Zingara]


生き残った巨匠風協奏曲

独奏楽器の聞かせどころがあちこちに用意されていて、さらに名人芸を披露できるパッセージもふんだんに用意された協奏曲作品のことを「巨匠風協奏曲」と呼びます。
クラシック音楽というのは、何よりも精神性が大切にされますから(^^;、そんな耳に心地よい響きと旋律に満たされただけの作品というのは一段も二段も低くみられるのが一般的です。ですから、この言葉がいつ頃生み出されたのかは分かりませんが、褒め言葉として使われることはあまりないようです。

しかしながら、クラシック音楽の歴史を調べてみると、音楽作品というのは自分が演奏するために作られるのが一般的でした。つまりは、演奏家が自らの名人芸を披露するために新しい音楽を次々と生み出して、その作品をコンサートで次々と披露して生活をしていたのです。そして、その様な音楽家の頂点に君臨したのが、ヴァイオリンではパガニーニであり、ピアノではリストだったのです。

クラシック音楽の歴史というのは、そうやって次々と生み出された膨大な作品の中から、時間という絶対者によって淘汰された一握りの作品によって構成されていることに注意しておく必要があります。
今という時代から振り返ってみれば、パガニーニやリストの名前はいささか色あせて見えてしまいます。しかし、いかに色あせて見えても、彼らの作品と名前は後世に残りました。そして、ここで紹介しているヴィエニャフスキの協奏曲も「巨匠風協奏曲」に分類される作品なのでしょうが、今もコンサートプログラムとして生き残ることができました。

もちろん、クラシック音楽の歴史の中で燦然と輝くベートーベンやブラームスやメンデルスゾーンやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と較べれば見劣りはするでしょうが、それでも彼の作品は生き残ったのです。
おそらく、18世紀から19世紀にかけて、数多くの巨匠たちが自らのコンサートのために生み出した音楽の大部分は、その時々のコンサートでは多くの聴衆を熱狂させながら、やがてはそれが存在したことすら忘れ去られて永遠に歴史の闇のかに消えていったのです。

クラシック音楽の世界では、19世紀も終わろうかとする頃から、同時代性を失っていきます。コンサートは巨匠たちの名人芸を楽しむ場から、演奏するに値する、弱からみれば鑑賞するに値する「すぐれた音楽作品」だけが取り上げられる場に変わっていったのです。それは、作曲家と演奏家が、それぞれの機能に特化して分離していくことも意味しました。
そう言う時代の流れの中で、演奏家の名人芸を披露するための協奏曲作品は低く見られるようになっていったのです。

そう言う歴史を振り返ってみれば、それでもなお生き残ったヴィエニャフスキやヴィオッティ、ヴュータンなんかは、やはり偉かったのです。
ただし、ヴィエニャフスキはヴィオッティ(29曲)、ヴュータン(7曲)とは違って、ヴァイオリン協奏曲を2曲しか残していません。ヴィエニャフスキはヴァイオリニストですから、ヴァイオリンのための作品しか書いていませんから、それはいかにも少なすぎる気がします。
しかし、これもまた調べてみれば、マズルカやポロネーズを取り入れた独奏曲をたくさん残していますから(だから「バイオリンのショパン」と呼ばれることもあるそうな・・・。)、得意分野はそちらだったのかもしれません。

しかしながら、このヴィエニャフスキは大変な早熟で、わずか8歳でパリ音楽院に入学を許され、さらには11歳で同学院のバイオリン演奏1等賞を獲得、その後はプロのヴァイオリン奏者としてヨーロッパ諸国を演奏して回る生活をおくるようになるのです。
そして、第1番のヴァイオリン協奏曲は18歳の時に書き上げたもので、そこには己の名人芸を披露するありとあらゆるテクニックが詰め込まれています。

それに対して第2番の協奏曲は叙情的な作品で、とりわけ第2楽章の「ロマンス」は有名です。こちらは、ペテルスブルグの音楽院に招かれた27歳の時の作品です。

こうしてみると、このヴィエニャフスキという男は同時代の指だけ回るヴァイオリニストとは一線を画す才能を持っていたようです。ちなみに、彼の生誕100年を記念して若手ヴァイオリニストの登竜門とも言うべき「ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール」が創設されました。
このコンクールは5年に1回開かれるのですが、今年はその5年目に当たるので第15回のコンクール(本選)が、ポーランドのポズナンにおいて10月8日から23日にかけて開催されるそうです。

ヴァイオリン協奏曲第1番 嬰ヘ短調


  1. アレグロ・モデラート Allegro moderato:重音奏法やハーモニクスを駆使した超絶技巧が必要な楽章

  2. 「祈り」ラルゲット Preghiera: Larghetto:短い抒情的な間奏曲

  3. 「ロンド」アレグロ・ジョコーゾ Rondo: Allegro giocoso:高い技術が必要だが第1楽章と較べるといささか物足りない



ヴァイオリン協奏曲第2番 ニ短調


  1. アレグロ・モデラート Allegro moderato

  2. 「ロマンス」アンダンテ・ノン・トロッポ Romance: Andante non troppo

  3. アレグロ・コン・フォーコ?アレグロ・モデラート(ジプシー風に) Allegro con fuoco - Allegro moderato (a la Zingara)



うーん、この作品に関しては「クラシック音楽の歴史の中で燦然と輝くベートーベンやブラームスやメンデルスゾーンやチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と較べれば見劣りはするでしょうが」という言葉は撤回した方がいいでしょう。(^^;ヴァイオリンが持つ官能性をこれほど見事に引き出した作品は他には思い当たりませんね。

完璧主義とは異なるエルマンなりの音楽との向き合い方


エルマンの晩年については否定的な評価が定着しているようです。その際たるものが、Deccaのプロデューサーだったカルショーの次のような記述でしょう。
キルステン・フラグスタートに働きかけて引退から復帰させたことはフランク・リーの主要な業績である。しかし、彼の発想がいつもこの水準にあるわけではなかった。例えば、キャリアの晩年にあったミッシャ・エルマンにヴァイオリン協奏曲をを弾かせる試みなどは、惨憺たる出来と言うべきだった。

まさに一刀両断とも言うべき切り捨て方です。

確かに、晩年のエルマンの技術面での衰えは否定できず、ハイフェッツなどに代表されるような演奏スタイルから見れば「惨憺たる」という表現はそれほど間違ってはいません。
しかし、Deccaのフランク・リーはそう言うカルショーとは意見を異にしていたようで、50年代の半ばに彼と組んで精力的に録音を行っています。そして、その事実を裏から見れば、カルショーが「惨憺たる」と評した演奏を少なくない聞き手が受け入れたことを証明しています。
いくらプロデューサーが熱心に起用しても、肝心のレコードが売れなければお払い箱というのがこの世界の常識です。

しかし、事実はエルマンはフランク・リーと組んで実に多くの協奏曲を録音しているのです。
ざっと眺め回しただけでも、ベートーベン、チャイコフスキー、モーツァルトの4番と5番、ブルッフの1番と2番、ヴィエニャフスキ等々です。
さらに、ピアニストのジョセフ・シーガー と組んでベートーベンやブラームスのソナタ、さらには数多くの小品も録音を残しています。
ついでに言えば、ブルッフの協奏曲は、近年アナログ・レコードとして復刻されていたりもするようです。

考えてみれば、どんなヴィオリニストでも(ピアニストでも同様でしょう)、年を重ねればフル・オーケストラを相手に勝負しなければいけない協奏曲というジャンルはしんどくなってくるものです。それは、ハイフェッツやホロヴィッツでも同様で、彼らは晩年に近づくと協奏曲のジャンルからは撤退していきました。
ハイフェッツは幾つかの例外はあるものの、60代に入った頃からはほとんどコンサートでは協奏曲を演奏しなくなりましたし、録音もほとんど行っていません。
ホロヴィッツなどは全面撤退という感じです。

それに対して、エルマンがDeccaで精力的に協奏曲を録音したのは60代も半ばに達した頃でした。
おそらく、この辺りに、ハイフェッツのような完璧主義とは異なるエルマンなりの音楽との向き合い方があらわれているのかもしれません。

晩年は少なくない酷評を浴びながらも、結局はなくなるまで現役を貫き通したのがエルマンでした。
エルマンは1967年に76年の生涯を終えるのですが、その時も間近に迫ったリサイタルのためにいつものように練習していた最中に突然倒れて亡くなったと伝えられています。

Wikipediaには「長く録音活動も続けたエルマンのレコードの中で聴くに値するのはモノラル録音時代までとされており、ステレオ録音時代に残した録音は、難しいところではテンポを極端に落とすなど技術的な衰えが甚だしく、いくつかの小品の録音以外で聴く事はお勧めできないものが多い」と記されているのですが、こういう事はあまり最初から信じ込まない方がいいのかも知れません。

エルマンはハイフェッツと較べれば10年先に生まれています。エルマンは1891年、ハイフェッツは1901年です。
この10年の差は大きく、エルマンには19世紀的なロマンティシズムが骨の髄にまで染み込んでいます。その重くて野太いヴァイオリンの響きで情感豊かに歌うことに価値を見いだしていたエルマンと、ひたすら楽曲解釈においても客観性を追い求め、それを実現するために技術的な完璧を求めてハイフェッツを同列に論ずるのは無意味です。

エルマンは常に音楽をすることを楽しんでいたように思います。おそらく、それが19世紀なのでしょう。
カルショーが「惨憺たる」と評した彼の演奏が本当はどんなものだったのか、先入観抜きに聞いてみるのも大切ではないでしょうか。もっとも、その結果が惨憺たる音楽を聞かされたと言うことになっても、聞かずしてそう言うのとは大違いです。
ただし、彼にハイフェッツ的なものを求めてはいけません。それだけはお忘れなく。

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