メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op.64
(Vn)イヴリー・ギトリス:ハンス・スワロフスキー指揮 ウィーン交響楽団 1954年録音
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [1.Allegro molto appassionato]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [2.Andante]
Mendelssohn:Violin Concerto in E minor Op.64 [3.Allegretto non troppo - Allegro molto vivace]
ロマン派協奏曲の代表選手

メンデルスゾーンが常任指揮者として活躍していたゲバントハウス管弦楽団のコンサートマスターであったフェルディナント・ダヴィットのために作曲された作品です。
ダヴィッドはメンデルスゾーンの親しい友人でもあったので、演奏者としての立場から積極的に助言を行い、何と6年という歳月をかけて完成させた作品です。
この二人の共同作業が、今までに例を見ないような、まさにロマン派協奏曲の代表選手とも呼ぶべき名作を生み出す原動力となりました。
この作品は、聞けばすぐに分かるように独奏ヴァイオリンがもてる限りの技巧を披露するにはピッタリの作品となっています。
かつてサラサーテがブラームスのコンチェルトの素晴らしさを認めながらも「アダージョでオーボエが全曲で唯一の旋律を聴衆に聴かしているときにヴァイオリンを手にしてぼんやりと立っているほど、私が無趣味だと思うかね?」と語ったのとは対照的です。
通常であれば、オケによる露払いの後に登場する独奏楽器が、ここでは冒頭から登場します。
おまけにその登場の仕方が、クラシック音楽ファンでなくとも知っているというあの有名なメロディをひっさげて登場し、その後もほとんど休みなしと言うぐらいに出ずっぱりで独奏ヴァイオリンの魅力をふりまき続けるのですから、ソリストとしては十分に満足できる作品となっています。
しかし、これだけでは、当時たくさん作られた凡百のヴィルツォーゾ協奏曲と変わるところがありません。
この作品の素晴らしいのは、その様な技巧を十分に誇示しながら、決して内容が空疎な音楽になっていないことです。これぞロマン派と喝采をおくりたくなるような「匂い立つような香り」はその様なヴィルツォーゾ協奏曲からはついぞ聞くことのできないものでした。
また、全体の構成も、技巧の限りを尽くす第1楽章、叙情的で甘いメロディが支配する第2楽章、そしてファンファーレによって目覚めたように活発な音楽が展開される第3楽章というように非常に分かりやすくできています。
確かに、ベートーベンやブラームスの作品と比べればいささか見劣りはするかもしれませんが、内容と技巧のバランスを勘案すればもっと高く評価されていい作品だと思います。
この新しさ今の時代に実感することは難しい
こういう演奏を前にすると、どのように評すべきなのか困ってしまいます。何故ならば、現在の耳からすればこれは極めて真っ当な演奏だからです。
ギトリスと言えばたびたび来日し、東日本大震災の時も多くの演奏家が来日をキャンセルする中で、自身が来日し演奏することで日本でコンサートを行っても支障がないことを分かってもらおうと考え、急遽チャリティ・コンサートを行うほどの親日家でした。ですから、日本では極めてなじみ深く、そして尊敬を集めているヴァイオリニストです。
実際、今も世界最高齢のヴァイオリニストとして活躍してるギトリスは、その燃焼度の高い演奏で世界的にも高い評価を受け続けた存在でした。
しかし、このスワロフスキーと共演したメンデルスゾーンの協奏曲は極めて真っ当な演奏です。そこには、ある意味で灰汁の強い、そして感情の起伏の激しい後のギトリスとは随分と雰囲気が異なります。つまりは、演奏の主導権は指揮者であるスワロフスキーの方にあったと言うことなのでしょう。
この録音は、スワロフスキーが1948年まで首席指揮者をつとめていたウィーン交響楽団との共演であり、年齢的にもスワロフスキーが50代の半ば、ギトリスは未だ30の坂を越えたばかりですからそれは仕方のないことだったのでしょう。
ただし、この演奏を現在の耳ではなくて、録音が為された1950年代の前半においてみると話は全く異なってきます。
例えば、同時代のメンデルスゾーンの協奏曲の録音を思い出してみましょう。
それはメニューヒン&フルトヴェングラーであり、ヨハンナ・マルティ&サヴァリッシュだったりするのです。さらに、イダ・ヘンデルやフランチェスカッティなどの録音を思い起こせば、これは革新的なまでに新しいスタイルだったのです。いわゆる、「新即物主義」という主張が新しい音楽の演奏スタイルとして本当に大きな意味を持っていた時代における、一つの見本のよう演奏になっているのです。
しかし、その新しさに対する「驚き」のようなものは、今の時代となっては実感することは不可能ですし、よほどの努力を積み重ねないと想像することも難しいというのが正直なところです。
ただし、人間にいつも必要なものは「想像力」です。
話はいささか横道にそれますが、とりわけ他者に対する想像力の欠如は人間として最も大きな欠点です。そう言う欠点に気づかず、自分の価値観だけを絶対視し、それに合わないものを排除する姿勢は今のような時代には最も注意しないといけないでしょう。
少し古い話になりますが、そう言えば、ALS患者への嘱託殺人の事件があったときに「ALSは業病だ」などと平気で発言した元小説家の政治家などもいました。
彼の他者に対する想像力の決定的な欠如は、それまでの様々な発言の中にも溢れていたのですが、それらは他山の石ととして己自身へのいましめともしなければいけないでしょう。
よせられたコメント
2020-09-19:yk
- 初めて聴く演奏で、私にはこの演奏が優れているのかどうかについて判断する力はありませんが、少なくともとても興味深い、あるいは(恐らく)とても好きな演奏ではありました。
現在のギトリスに比べれば確かに随分真っ当な演奏に聞こえますが、歌い回し、音色の細部には既に”ギトリスらしさ”が十分覗えるところもある様に思います(ここでは触れ無いことにしますが、1954年のギトリスと現在の彼の違いを、円熟と評するか老成と評するか、或いは衰えと評するか、etc.・・・も興味深いところです)。
私が、この演奏で一番興味深く思えたのは、この時代(1950-60年代)の所謂”新即物主義”との関連においてでした。音楽における”即物”とは何か?・・・・「作曲家に忠実」?「楽譜に忠実」?「楽器・奏法に忠実」?・・・或いはそれらの同・異?、そして仮にそれらの議論が有意味であったとして、そこでの「演奏家の個性」、「現代の意味」、とはなにか?
”ロマン”という本来極個人的な感覚に対して、”即物”と言った客観性を無批判に持ち込む(恐らく今に続く)深刻な矛盾は、当時の演奏家にとっては今より更に切実な問題だったのではないかと思われます・・・・特に”伝統”と言う少々得体のしれない頸木を背負ったヨーロッパに根を持つ若い演奏家にとっては・・・。私には、この演奏は(後世主流となっていった?)ドグマティックな方法論に頼るアプローチとは異なる手法による”即物”の問題に対する一ヴァイオリニスト(及び一指揮者)の真摯な模索の記録としてとても魅力的に聞こえます。そう思って聞くと、この演奏のソコココに即物と個性の新鮮な出会いがあり、ソレがこの演奏に独特の魅力を与えているように思いました。
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