ワーグナー:「リエンツィ」序曲
ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団 1960年2月20日録音
Wagner:Rienzi Overture
ワーグナーの出世作
パリで不遇な時代を過ごしていたワーグナーが何とか成功を勝ち取りたいとの「鉄の意志」のもとに書き上げたのが「リエンティ」です。
実際、ビューローが「マイアベーヤの最後のオペラ」と称したように、華麗で豪華な作品に仕上がっています。
しかし、そのマイアベーヤの尽力があったにもかかわらずパリでの上演は成功せず、初演はドレスデンの歌劇場に行われることになります。
上演時間は6時間にも達するにもかかわらず(現在は整理がされて3時間半程度になっています)、この初演は熱狂的とも言える大成功をおさめ、無名のワーグナーを有名作曲家へと押し上げることになりました。
しかし、現在ではこれに続く「さまよえるオランダ人」と比べると評価は低く、編成の規模の大きさや上演時間の長さもあって歌劇場で上演されることはほとんどありません。
CDを探してみても、全曲録音されたものは地元ドレスデンの歌劇場のものをのぞけばほとんど存在しないのではないでしょうか。
そんな中で、この序曲だけはコンサートピースとしてよく演奏されます。
序曲はまずリエンツィが、民衆に革命を呼びかけるトランペットの動機から始まり、さらにリエンツィの祈りの歌「全能の天よ、護りたまえ」、リエンツィの雄叫び「聖なる魂の騎士」等が用いられていて、これを聴けば歌劇の全体が分かるという仕組みになっています。
ワーグナーのミニチュア作品
ポール・パレーという指揮者の最盛期はデトロイト交響楽団を率いて新興レーベルだったMercuryと組んで次々と録音活動を行っていたころでしょう。しかし、1963年にデトロイト交響楽団を退任したあとは、驚くほどに何の業績も残していません。
この上もなく優秀なMercury録音によって聞くことのできるデトロイト交響楽団との演奏を聞けば、彼がいかに優れた「オーケストラ・トレーナー」であったかがよく分かります。そして、実際のところは分からないのですが、その「オーケストラ・トレーナー」としての結果を残すために、セルやライナーのような「恐い話」は聞こえてきませんし、マルケヴィッチのようにオケから追い出されると言うこともなかったようですから、オケから見ても貴重な存在であったことは間違いないはずです。
しかしながら、デトロイト響の音楽監督を退いてからも長生きをして1979年にモンテカルロで93歳の長寿を全うするのですが、その後は特定のポストに就くことはありませんでした。
確かに、デトロイト響を退いたときはすでに70代の後半だったのですからそれで「引退」という思いがあったのかもしれません。しかしながら、それでも80歳になっても90歳になっても指揮台にしがみつくのが「指揮者」という人種ですから、潔いと言えば潔い人だったのでしょう。
パレーの音楽は、そのすぐれたトレーニング能力によってスキルを向上させたオーケストラを自在に操って一音といえども蔑ろにしないで音楽の形を提示しきることでした。
その意味では、この一連のワーグナー録音を聞くと、方向性としてはセルやマルケヴィッチと同じだと言えます。おそらく、これほどスコアの隅から隅までクッキリと光を当てたようなワーグナーの録音はセルやマルケヴィッチと相似形です。
ただし、ワーグナーが理想としたバイロイトの歌劇場ではオーケストラ・ピットには蓋がされています。それは、視覚的に不要なものが聴衆の目にはいるのを嫌ったこともあるのですが、その蓋をすることによってオーケストラの音が渾然一体となってクリアになりすぎることを嫌ったからでもありました。
ですから、こういうスコアの隅から隅までクッキリと浮かび上がらせた演奏スタイルをワーグナーが良しとするとは思えませんし、そう言う思いでもってフルトヴェングラーやクナパーツブッシュのような演奏こそを最上と評価する人がいることも理解できます。
しかし、芸術作品というものは(異論はあるかもしれませんが)、作者の手を離れてしまえば一人歩きをはじめるものであって、それをどのように受け取るかは他者にゆだねられます。ですから、このようなワーグナーもまた「いとをかし」なのです。
ただし、セルやマルケヴィッチと方向性が同じと言っても、やはりそれなりの違いはあります。
マルケヴィッチのワーグナーには精緻さの向こうにある種の野蛮さというか狂気のようなものが潜んでいたのですが、パレーの精緻さにはその様な「恐い」ものは何処を探しても出てきません。そして、セルと較べてしまうと、デトロイトのオケがいかに頑張ってもクリーブランド管に対してはいささか分が悪いですし、さらにはセルの精緻さの奥底に潜んでいる世紀末ウィーンの空気感のようなものもありません。
しかし、パレーの演奏には、そう言う内面的なものは取りあえず横に置いて、とにかくスコアに書かれている全ての音を明瞭に聞き手の耳に届けようとする「執念」は抜きんでています。
ですから、これが誉め言葉になるかどうかは分からないのですが、それはまるで極めて精巧に作りあげられた「ワーグナーのミニチュア」のように聞こえるのです。何だ、それって、ただ単にスケールの小さな音楽だと言っているのと同じじゃないかと言われるかもしれないのですが、そこはしばしお待ちください。
精巧に作りあげられたミニチュア作品というものは他にない魅力を湛えているものです。
そして、それは「工芸作品」などでは広く周知されているのですが、それが「音楽」の世界ではあまり認められては来なかったのです。ましてや「巨大」さが「売り」のワーグナーでミニチュア化をはかるなどと言うのは本末転倒のように思えるのですが、不思議なことにそのパラドックス故にこのミニチュア化は大成功しているように思えるのです。
つまりは、「いとをかし」なのです。
とりわけ、1956年に録音されたものよりも1960年に録音されたものの方が、より鋭利な刃物で細部の細部に至るまで実物そっくりに彫り上げられているように聞こえます。
そして、その精巧さを聞き手にしっかりと伝えきったMercuryの優秀録音による貢献も忘れてはいけないでしょう。
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