クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ドヴォルザーク:ヴァイオリンソナチネ Op.100

(Vn)ヴァーシャ・プシホダ:(P)マリア・ベルクマン 1951年録音





Dvarak;Sonatina in G major, Op.100 [1.legro risoluto]

Dvarak;Sonatina in G major, Op.100 [2.Larghetto]

Dvarak;Sonatina in G major, Op.100 [3.Scherzo. Molto vivace - Trio]

Dvarak;Sonatina in G major, Op.100 [4.Finale. Allegro]


娘と息子へのプレゼント

このソナチネはドヴォルザークがアメリカに招かれた翌年に、当時15歳だった娘のオリティエと、10歳の息子アントニーンへのプレゼントとして作曲されたものです。ですから、その様な子供達(とは言っても、ドヴォルザークの娘と息子ですが・・・^^;)でも演奏が可能な様に配慮が為されています。
とはいえ、ドヴォルザークはこの作品に「作品番号100」を与えているのですから技術的な困難は避けていても、当然の事ながら演奏会用の作品としても成り立つだけの内容を具えています。
いや、逆に言えば、譜面面が易しいだけに、逆に「歌う楽器」としてのヴァイオリンの持ち味を最大限に発揮しようとしたドヴォルザークの意志を上手く表現するのは難しいのかもしれません。

そう言えば、ピアニストにとって最も恐い作品の一つとしてモーツァルトの最後の協奏曲があげられます。もちろん、このソナチネにはそこまでの「怖さ」はありませんがシンプルさの中に多くのものが要求されるという点では相似形かもしれません。

それから、この作品を聞いていると、私たち日本人にとっては何処か懐かしさのようなものを感じる場面が多いのですが、それは五音音階が多用されているからです。
さらに、ここには彼の故郷であるチェコの民族音楽の語法と、ネイティブ・アメリカンズに伝わってきた音楽の語法がこの作品の中で解け合っています。そう言う意味では、サイズは全く異なるのですが、交響曲第9番「新世界より」との共通性も指摘されています。

なお、この作品の第2楽章はとりわけ人気が高くて、この楽章だけが単独で演奏されることがありますし、クライスラーが編曲して「インディアンの子守歌」という単独の作比に仕上げたりもしています。

妖艶な響きが魅力的


プシホダは50年代にはいると急激に衰えたと言われています。しかし、こういう録音を聞いてみると、事はそれほど単純ではないように思います。
あれこれ聞いていて気づいたのは、50年代における変化というのは技術的な衰えが大きな原因ではなくて、演奏家としてどういう方向を目指すのかという根本的なところで迷いが生じたのが最大の原因だったように思えるからです。

その背景には「天性の芸人」であったプシホダが、やがて大きな演奏会場で上品な人たちを相手に演奏会を行うようになるにつれて、彼自身が「変わらなければいけない」と思うようになったことが原因だったのかもしれません。そして、そう言う傾向はすでに30年代頃から見え隠れしていました。
典型的なのは35年に録音したサラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」です。そこでは、20年代の奔放な芸人魂は後退して、何処か作品をスッキリと整理しようとする意識がはっきりと表れていました。そして、それと同じくしてプシホダの人気は凋落していくことになります。

もっとも、それだけでなく、妻のアルマ・ロゼ(マーラーの姪)を離婚したことが「プシホダはナチに魂を売って離婚した」と噂されたことも大きく影響したのかもしれません。どう考えても、この35年の「ツィゴイネルワイゼン」はプシホダにとっては不本意な演奏であることは間違いありません。

しかし、戦後にはいると、彼は己の芸人としての持ち味も生かしながら、それなりの芸術家として認められるような地点を探るようになります。そう言うときに、彼にとってピッタリだったドイツ・オーストリア系のクラシックではなくて、その周辺に位置するドヴォルザークやチャイコフスキーのような作曲家が持つロマンティシズム溢れる作品でした。

そして、そこでは芸人魂が炸裂した「麻薬」的な魅力は失ったものの、そこにいささかの芸術的なロマンティシズムを持ち込むことで「妖艶」な響きを手に入れることが出来ました。そして、そう言う響きで演奏されるドヴォルザークやチャイコフスキーの音楽は、他に変わるものを見いだすのが難しいほどの独自の魅力を放つことになります。

おそらく、これに近い魅力を放つヴァイオリニストはイダ・ヘンデルあたりでしょうか。
ミルシテインやオイストラフも、さらにはフランチェスカッティなども「美音系」のヴァイオリニストですが、プシホダはそう言う「美音系」とは全く異なるヴァイオリニストでした。もっとも、ミルシテインもオイストラフもフランテェスカッティにもそれぞれの個性があって、それらを「美音系」などと言う言葉では一括りに出来ないのは当然なのですが、プシホダの「美音」はそう言う「美音」とも隔たりがより大きいと言うことです。

そう言うプシホダの魅力が一番表れているのがドヴォルザークやチャイコフスキーの協奏曲であり、さらにドヴォルザークで言えば「ソナチネ」や「4つの小品」、チャイコフスキーで言えば「憂鬱なセレナード」あたりがあげられるでしょう。おそらく、プシホダはそのあたりの周辺部分の音楽から「芸人」から「芸術家」への道を探ろうとしたのかもしれませんし、それは賢明な選択肢であったともいえます。
それほどに、それらの演奏は他にかえがたい「妖艶」さが漂っていました。

しかし、プシホダにとって不幸だったのは、時代はそう言う「妖艶」な音楽から「即物的」な音楽が評価される時代に変わりつつあったことです。
本当のところは本人に聞いてみなければ分からないのでしょうが、そこでまた彼はもう一歩踏み出そうとしたのかもしれません。
それが、彼のプログラムにバッハやモーツァルトのようなドイツ・オーストリア系の音楽を選びはじめ事に表れていることは間違いありません。
そして、ヴァイオリンの音色もそれに合わせて変えていこうとしたのか、それとも多くの人が指摘するように彼の技量が急激に落ちていったのかは分かりませんが、結果として芳しいものにはなりませんでした。

しかし、そのあたりのことは、バッハやモーツァルトの録音を取り上げるときにじっくりと考えてみたいと思います。

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