モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番
Vn:アドルフ・ブッシュ Busch Chamber Players 1945年録音
Mozart:ヴァイオリン協奏曲第5番「第1楽章」
Mozart:ヴァイオリン協奏曲第5番「第2楽章」
Mozart:ヴァイオリン協奏曲第5番「第3楽章」
断絶と飛躍
モーツァルトにとってヴァイオリンはピアノ以上に親しい楽器だったかもしれません。何といっても、父のレオポルドはすぐれたヴァイオリン奏者であり、「ヴァイオリン教程」という教則本を著したすぐれた教師でもありました。
ヴァイオリンという楽器はモーツァルトにとってはピアノと同じように肉体の延長とも言える存在であったはずです。そう考えると、ヴァイオリンによるコンチェルトがわずか5曲しか残されていないことはあまりにも少ない数だと言わざるを得ません。さらにその5曲も、1775年に集中して創作されており、生涯のそれぞれの時期にわたって創作されて、様式的にもそれに見あった進歩を遂げていったピアノコンチェルトと比べると、その面においても対称的です。
創作時期を整理しておくと以下のようになります。
・第1番 変ロ長調 K207・・・4月14日
・第2番 ニ長調 K211・・・6月14日
・第3番 ト長調 K216・・・9月12日
・第4番 ニ長調 K218・・・10月(日の記述はなし)
・第5番 イ長調 K219・・・12月20日
この5つの作品を通して聞いたことがある人なら誰もが感じることでしょうが、2番と3番の間には大きな断絶があります。1番と2番はどこか習作の域を出ていないかのように感じられるのに、3番になると私たちがモーツァルトの作品に期待するすべての物が内包されていることに気づかされます。
並の作曲家ならば、このような成熟は長い年月をかけてなしとげられるのですが、モーツァルトの場合はわずか3ヶ月です!!
アインシュタインは「第2曲と第3曲の成立のあいだに横たわる3ヶ月の間に何が起こったのだろうか?」と疑問を投げかけて、「モーツァルトの創造に奇跡があるとしたら、このコンチェルトこそそれである」と述べています。そして、「さらに大きな奇跡は、つづく二つのコンチェルトが・・・同じ高みを保持していることである」と続けています。
これら5つの作品には「名人芸」というものはほとんど必要としません。時には、ディヴェルティメントの中でヴァイオリンが独奏楽器の役割をはたすときの方が「難しい」くらいです。
ですから、この変化はその様な華やかな効果が盛り込まれたというような性質のものではありません。
そうではなくて、上機嫌ではつらつとしたモーツァルトがいかんなく顔を出す第1楽章や、天井からふりそそぐかのような第2楽章のアダージョや、さらには精神の戯れに満ちたロンド楽章などが、私たちがモーツァルトに対して期待するすべてのものを満たしてくれるレベルに達したという意味における飛躍なのです。
アインシュタインの言葉を借りれば、「コンチェルトの終わりがピアニシモで吐息のように消えていくとき、その目指すところが効果ではなくて精神の感激である」ような意味においての飛躍なのです。
さて、ここからは私の独断による私見です。
このような素晴らしいコンチェルトを書き、さらには自らもすぐれたヴァイオリン奏者であったにも関わらず、なぜにモーツァルトはこの後において新しい作品を残さなかったのでしょう。
おそらくその秘密は2番と3番の間に横たわるこの飛躍にあるように思われます。
最初の二曲は明らかに伝統的な枠にとどまった保守的な作品です。言葉をかえれば、ヴァイオリン弾きが自らの演奏用のために書いた作品のように聞こえます。(もっとも、これらの作品が自らの演奏用にかかれたものなのか、誰かからの依頼でかかれたものなのかは不明ですが・・・。)しかし、3番以降の作品は、明らかに音楽的により高みを目指そうとする「作曲家」による作品のように聞こえます。
父レオポルドはモーツァルトに「作曲家」ではなくて「ヴァイオリン弾き」になることを求めていました。彼はそのことを手紙で何度も息子に諭しています。
「お前がどんなに上手にヴァイオリンが弾けるのか、自分では分かっていない」
しかし、モーツァルトはよく知られているように、貴族の召使いとして一生を終えることを良しとせず、独立した芸術家として生きていくことを目指した人でした。それが、やがては父との間における深刻な葛藤となり、ついにはザルツブルグの領主との間における葛藤へと発展してウィーンへ旅立っていくことになります。その様な決裂の種子がモーツァルトの胸に芽生えたのが、この75年の夏だったのではないでしょうか?
ですから、モーツァルトにとってこの形式の作品に手を染めると言うことは、彼が決別したレオポルド的な生き方への回帰のように感じられて、それを意図的に避け続けたのではないでしょうか。
注文さえあれば意に染まない楽器編成でも躊躇なく作曲したモーツァルトです。その彼が、肉体の延長とも言うべきこの楽器による作曲を全くしなかったというのは、何か強い意志でもなければ考えがたいことです。
しかし、このように書いたところで、「では、どうして1775年、19歳の夏にモーツァルトの胸にそのような種子が芽生えたのか?」と問われれば、それに答えるべき何のすべも持っていないのですから、結局は何も語っていないのと同じことだといわれても仕方がありません。
つまり、その様な断絶と飛躍があったという事実を確認するだけです。
無愛想なモーツァルト
クレジットでブッシュの弾き振りというのを見たときに、誰しもがある種のイメージができあがってしまうと思うのですが、聞いてみれば、まさにそのイメージ通りという演奏なので、ある意味では感心させられます。
実にきちんとした、無愛想で愉悦に乏しい、しかし、実に立派なモーツァルトに仕上がっています。
ただし、モーツァルトに「立派」という言葉が果たしてほめ言葉になっているかどうかは人それぞれでしょう。
よせられたコメント
2014-01-15:Joshua
- たとえば、ハイフェッツはStereo録音と比較して「おっとり」しています。そりゃ技巧は完璧、でもうまさより優雅さを感じるのは、バルビローリのせいでしょうか。バルビさんは、私的には
Mozartについては交響曲を入れていないように思います。いわば、伴奏中心に付き合ってた作曲家というイメージです。
この曲は、「颯爽と」がお似合いだと思うんです。
だから、ユングさんのサイトでは、この45年録音のブッシュの演奏が、彷彿とします。
ブッシュは、ピッチははずれても「上手く」聞こえさせますね。ごまかしが上手いんでしょうけど、かなりのお歳だったでしょうから、これも「技」に聞こえます。風を切るような第1楽章は、
ミュンシュ伴奏のチボーよりいいなあ・・・
2015-05-15:Joshua
- ブッシュ54歳の録音、これから7年の後アメリカで没す。
ベートーヴェンのカルテットなどが30年代なのに、これだけ晩年にポコッと録音されてるのが不思議です。これはレコードで出ていたようで、大阪豊中の図書館でも見つけました。録音は当時としては芳醇です。私と当年同じ齢のブッシュはもはや若くありません。なのに、なんという快速。こんなに速く弾ききった第1楽章は10種類以上聞いてきた自分にはなかったことです。アドルフに何があったのか?初回に聴いた5年前は「速い」が粗い?と思っていたのが、意外ときっちり弾ききっていて、しかもおしゃれに弾いているところも多い。そういう聴き方をしている自分なのか、以前とは違った聞き方ができるようになった自分なのか判然としませんが、この演奏は埋もれさせておくにはもったいないです。このサイトからもっと多くの人に聴かれますように。
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