ウェーバー:6つのヴァイオリン・ソナタ Op. 10
(Vn)ルジェーロ・リッチ:(P)カルロ・ブゾッティ 1954年2月録音
Weber:Violin Sonata No.1 in F major, J.99 [1.Allegro]
Weber:Violin Sonata No.1 in F major, J.99 [2.Romanze. Larghetto]
Weber:Violin Sonata No.1 in F major, J.99 [3.Rondo. Amabile]
Weber:Violin Sonata No.2 in G major, J.100 [1.Carattere espagnuolo. Moderato]
Weber:Violin Sonata No.2 in G major, J.100 [2.Adagio]
Weber:Violin Sonata No.2 in G major, J.100 [3.Air polonais. Rondo. Allegro]
Weber:Violin Sonata No.3 in D minor, J.101 [1.Allegro moderato]
Weber:Violin Sonata No.3 in D minor, J.101 [2.Rondo. Presto]
Weber:Violin Sonata No.4 in E-flat major, J.102 [1.Moderato]
Weber:Violin Sonata No.4 in E-flat major, J.102 [2.Rondo. Vivace]
Weber:Violin Sonata No.5 in A major, J.103 [1.Andante con moto]
Weber:Violin Sonata No.5 in A major, J.103 [2.Siciliano. Allegretto]
Weber:Violin Sonata No.6 in C major, J.104 [1.Allegro con fuoco]
Weber:Violin Sonata No.6 in C major, J.104 [2.Largo - Polacca]
アマチュアのために作曲された6つの段階的ソナタ
ウェーバーの室内楽作品というのは、「聞き専」にとっては馴染みがうすいのですが、楽器を演奏する人にとっては結構馴染みの深い作品のようです。とりわけ、この6曲のヴァイオリン・ソナタは見た目の「譜面ヅラ」が易しそうなので、ヴァイオリンを習っている人にとっては一度はチャレンジしたい作品のようです。
確かに、このヴァイオリン・ソナタの出版譜には「アマチュアのために作曲されたヴァイオリンのオブリガートつきのピアノのための6つの段階的ソナタ」というタイトルがつけられています。
とりわけ、第1番のソナタは演奏時間も短くて演奏も容易なのでアマチュアの演奏家にはピッタリの作品となっているようです。
こういうあたりにも、聞くだけの人間と、自分も何らかの楽器を演奏する人との間の音楽に対する感性というか、捉え方の違いみたいなものがあるのかもしれません。
つまりは、聞くだけの人間というのは、その聞いている音楽を実現するための技術的な大変さなどには無頓着なので、その音楽に対する要求が遠慮なく肥大化していくのです。
そして、例えば、こういう易しい音楽であっても、それを美しく表現するとなると決して易しくないよね、等と言うことを平気でいってしまうのです。
確かに、この一見するとシンプルな譜面ヅラの作品を仕上げるのにウェーバーは大変な苦労をしています。彼はこの作品仕上げるのに「同じ数の交響曲を作るより大変だ」と述べたと伝えられているのです。
ただし、この言葉には注釈が必要です。
この作品を依頼したのはヨハン・アントン・アンドレという出版業者でした。
彼は市民革命を経て急速に力をつけてきた裕福な市民階級の家庭のために「中程度の難易度」で6曲ワンセットのヴァイオリン・ソナタをウェーバーに発注したのでした。この「中程度の難易度」という条件がかなりのくせ者だったようで、アンドレはかなり細かい部分にまで注文をつけていたようです。
つまりは、彼はヴァイオリンやピアノを学ぶ良家の子女のための「教則本」を要求したのです。そして、その教則本に盛り込むべき様々なテクニックに関して細かい要求をつけたようなのです。
さらにし、そこまで縛りのきつい仕事でありながら、かなり短い期間で完成させることを要求していたようで、ウェーバーにとってはかなりきつい仕事になったようです。
その大変さが「同じ数の交響曲を作るより大変だ」というぼやきになったようなのです。
そして結果として、ウェーバーは途中で切れてしまったようで(^^;、アンドレからの技術的な注文は無視してしまって、自分なりに納得のいく形で「アマチュアのために作曲されたヴァイオリン・ソナタ」を仕上げてしまうのです。
当然の事ながら、作品を発注したアンドレの方は「仕様書・・・^^;)」とは違うじゃないかと言うことで突き返してしまいます。
確かに、仕上がった作品はアンドレが要求したような作品とはかけ離れていたことは事実で、ウェーバーは怒りが爆発寸前の状態になりながらも、アンドレの「拒否」を受け入れています。まあ、注文主が示した仕様書とはまった異なるのですから仕方のない話でした。
そして、すったもんだの末に、結局はこの作品はジムロックのもとから出版されることになり、「アマチュアのために作曲されたヴァイオリンのオブリガートつきのピアノのための6つの段階的ソナタ」というタイトルがつけられる事になるのです。
ジムロックとは、22才の時に作曲し、結局は依頼を受けた出版社から出版を拒否された「ピアノ四重奏曲」を出版してくれたときからのつきあいでした。
そして、今回もまた、同じような状況で出版を引き受けてくれたのです。
結局は、ウェーバーという音楽家はただの教則本のような音楽を書くには「偉大」にすぎたのです。
この一連のソナタは演奏が容易そうに見えて、それでいながら無味乾燥な教則本のような音楽にはなっていません。
その音楽は多彩で異国情緒を感じられるような面もあり、さらには彼のオペラのアリアを思わせるような魅力的なメロディにも事欠きません。
6つのソナタのどれを聴いても十分すぎるほどに美しく、コンサートのプログラムとして演奏しても聞き手を十分に満足させるだけの魅力を持っています。
もっとも、そのような美しさを聞き手に納得させるためには、その易しそうに見える譜面を音に変換するのがやっとというレベルではどうにもならない話です。
しかし、そんな事は気持ちよく演奏しているアマチュアの演奏家にとってはどうでもいい話なのでしょう。
そのスタンスは決して間違ってはいないとは思うのですが、結局その違いが最初にふれたような「聞くだけの人」と「演奏もする人」の感性の違いにつながっていくのかもしれません。
ウェーバー:6つのヴァイオリン・ソナタ Op. 10
ソナタ第1番 ヘ長調 Op. 10, J. 99
- 第1楽章:Allegro
- 第2楽章:Romanza: Larghetto
- 第3楽章:Rondo: Amabile
ソナタ第2番 ト長調 Op. 10, J. 100
- 第1楽章:Carattere Espagnuolo
- 第2楽章:Adagio
- 第3楽章:Air Polonais
ソナタ第3番 ニ短調 Op. 10, J. 101
- 第1楽章:Air Russe: Allegretto moderato
- 第2楽章:Rondo: Presto
ソナタ第4番 変ホ長調 Op. 10, J. 102
- 第1楽章:Moderato
- 第2楽章:Rondo: Vivace
ソナタ第5番 ヘ長調 Op. 10, J. 103
- 第1楽章:Theme from the opera Silvana
- 第2楽章:Finale siciliano: Allegretto
ソナタ第6番 ハ長調 Op. 10, J. 104
- 第1楽章:Allegro con fuoco
- 第2楽章:Largo
- 第3楽章:Polacca
ハイフェッツの重圧を克服していったもう一人の不幸な天才の苦闘が垣間見られる
リッチと言えば神童としてもてはやされ(1928年にわずか10歳でデビュー)、その後は難曲として有名なパガニーニの「24のカプリース(奇想曲)」を初録音して、パガニーニのスペシャリストとして名を馳せました。そして、現役としての活躍は70年に及び、2012年にこの世を去りました。
何しろ、世界大恐慌の前年に演奏家としてのデビューを果たし、その後世界大戦と朝鮮・ベトナムの両戦争のみならず、湾岸戦争からリーマン・ショックまで経験をしたというのですから、凄いものです。ウィキペディアによると、その間に「65カ国において6000回以上の演奏会と、さまざまなレーベルから500点以上の録音を制作してきた」らしいです。
しかし、リッチの不幸は、そんな彼の少し前をハイフェッツという巨人が歩いていたことでしょう。
ハイフェッツは「7歳でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲を演奏し、デビューを果たした」というのですから、リッチ以上に早熟の天才であり、わずか16歳の年(1917年)にアメリカデビューを果たし、さらにはロシア革命に伴って1925年にはアメリカの市民権を得て活動の本拠地としました。
リッチは、まさにそんなハイフェッツの背中を見ながら音楽活動を展開しなければならなかったのです。
確かにリッチは、パガニーニのスペシャリストとして評価されました。
しかし、例えば、同時代に録音されたブルッフの第1番の協奏曲などを聞き比べてみれば、残念ながらリッチにはハイフェッツの凄味はありません。リッチが得意としたサラサーテやサン=サーンスの小品でも、その他大勢のヴァイオリニストと比べれば素晴らしい技巧の冴えを感じさせてくれますが、悲しいことに、その土俵こそはハイフェッツの独擅場でした。
しかしながら、リッチにはハイフェッツにはない美質がありました。それは、技巧の冴えをあからさまに押し出すのではなくて、独特の歌い回しで深い情感を描き出していく美質です。
当初は、その様な美質はハイフェッツに対抗していくための「転換」だと思ったのですが、もう少し彼の録音を聞き込んでいくうちに、それは「転換」ではなくて「本質」であることに気づかされました。
ただし、リッチはその様な「深い情感」を聞き手に対して説得力を持って聞かせるために「テクニック」も必要であることを十分に知っていました。
彼はその様なテクニックを維持するために単調な音階練習を厭いませんでしたし、とりわけ重音の練習の必要性を強調していたようです。
誰かが指摘していたのですが、周囲とのハーモニーを大切にしようとすれば、ピッチのずれた重音ほど耳障りなものはないのですから、それは当然な事なのでしょう。
そしてリッチ自身も「弦楽四重奏団の奏者が音程の感覚に優れているのは、彼らが常に和音の中で音を出しているから、音程と和音の感覚に細心の注意を払い続けているからである」と述べています。
こうしてみると、味も素っ気もない話になるのですが、リッチがかくも長きにわたって第一線の優れたヴァイオリニストとして活躍できたのは、幼い頃から基本を叩きこまれ、そして、そうやって身につけたテクニックの衰えを招かないように執拗なまでの基本練習を怠ることなく繰り返したからなのでしょう。
そして、その十分すぎるほどのテクニックをひけらかしの材料にするのではなくて、まさにそれを使って深い情感を表出することにつとめたヴァイオリニストだったのです。
確かに、ハイフェッツのヴァイオリンで協奏曲の大曲を聴くと、立派ではあるけれども、そしてその作品構築の見事さにも驚かされるのですが、どこか心の一番深いところにまで届いてこないもどかしさみたいなものを感じてしまう時があります。
ですから、そんなハイフェッツの録音を聞いた後にリッチのヴァイオリンで聴き直すと、そう言う人肌に触れる情感が非常に好ましく心に届いてきます。
実は、この事は、54年という時期にウェーバーのヴィオリンソナタという「アマチュアのための作品」を6曲まとめて録音したことが不思議で、その理由を考えているうちに気づいたことなのです。
誰がどこをどう頑張っても、この作品で自らのテクニックを誇ることな出来ようはずがありません。
しかし、逆に言えば、こういう作品を美しく聞かせるためには、そう言うものとは異なるスキルが必要なのです。そう思えば、これもまたハイフェッツという大きな存在に対する反対方向からの挑戦だったのかも入れないと気づかされたのです。
ですから、ここで聴くことのできるリッチの録音は、そう言うハイフェッツの重圧を克服していったもう一人の不幸な天才の苦闘が垣間見られるような気がするのです。
そして、この時代に、彼なりのやり方でハイフェッツをやり過ごしたことで、「生ける音楽史」と言えるほどの長い活動ができたのではないかと思います。
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