クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

シューラ・チェルカスキー ピアノ小品集

(P)シューラ・チェルカスキー 1956年3月21日、22日録音



Beethoven:Bagatelle In G Minor, Op. 119/1

Liszt:Hungarian Rhapsody No. 13 In A Minor, S244

Liszt:Valse De L'Opera 'Faust' (Gounod), S407

Schubert:Impromptu No. 4 In A Flat Major, D899


シューラ・チェルカスキー ピアノ小品集

ベートーヴェン:11のバガテルト短調 Op.119-1

作品番号は古いのですが、第1曲から第6曲は初期の作品と考えられています。とりわけ、この第1曲や続く第2曲の主題は様式的かなり早時期の作品ではないかと考えられています。

リスト:ハンガリー狂詩曲 S.244 第13番 イ短調

リストはハンガリー人としての出自に強いアイデンティティを持っていました。ドイツ語を話し、ドイツ的な生活様式を持った地域で生まれ育ち、ハンガリー語を話すこともできなかったにもかかわらず、「私はハンガリー人」という意識を持ち続けた人でした。
そんなリストが、自らのアイデンティティを確認する意味もあって、ハンガリーの伝統的な音楽を研究し、その研究にもとづいて書き上げたのが「ハンガリー狂詩曲」でした。

ところが、リストがハンガリーの伝統的な音楽だと信じたものが、後の研究によってジプシーの音楽であることが判明したのです。リストがハンガリー的な音楽と信じたのは「ヴェルブンコシュ音楽」と呼ばれるものでした。

この音楽はゆったりとした音楽で始まり、一般的には過剰装飾とも思えるヴァイオリンのソロが活躍します。やがて、その雰囲気は一変して、少しずつテンポを上げながら、さらにいろんな楽器が加わって狂瀾怒涛のうちに終わるというスタイルが基本です。
ですから、リストのハンガリー狂詩曲も、まずはゆったりとしたテンポで始まり、やがてテンポを少しずつ上げていきながら、最後は超絶技巧爆発の狂乱の中で終わるというとっても魅力的なスタイルで書かれています。

今となっては、このスタイルの音楽はハンガリーの民族的な音楽をベースにしながらも、そこへイスラムやバルカン、スラブ民族の音楽、さらにはウィーン、イタリアの近代音楽の要素などなども放り込んで作り上げられたジプシーの音楽であったことが知られています。
しかし、リストが活躍した19世紀中葉において、このスタイルの音楽は国中の人々に受け入れられていて、これこそがハンガリーの音楽だと誰もが信じていたのです。

リスト:歌劇「ファウスト」のワルツ(グノー)

リストお得意の編曲ものです。多くの人にとって耳慣れた音楽は親しみやすく、同時にリストの名人芸を炸裂させるための音楽でもありました。
この作品もグノーのオペラ「ファウスト」の第2幕のワルツがもとになっています。

ほぼ原曲通りピアノ譜に置き換えた作品であり、華やかなワルツが見事にピアノに置き換えられています。

シューベルト:即興曲集 D.899(Op.90) 第4番 変イ長調

シューベルトの本質はあくまでも歌、メロディラインにこそ存在します。その本質である歌を細かく切り刻んで、その欠片をもとに再構築するというようなやり方は彼にとっては自殺行為にも等しかったのでしょう。

ですから、彼のソナタ作品ではその様な彼の本能が前面に出ているがために、どこかまとまりのない雰囲気がつきまといます。確かに彼はピアノソナタにおいても多くの優れた作品をのこしましたが、どこか窮屈な雰囲気は否めません。
しかし、この「即興曲」のような小品集では彼は常に自由であり、彼の「歌う個性」が遺憾なく発揮されているように思えます。そして、不思議なことなのですが、そう言うソナタ形式という枠組みを外された作品の方が、結果として不思議な統一感でまとめ上げられているように感じられます。

徹底したマイペース


それにしても凄いピアニストであったと感心せざるを得ません。

ホロヴィッツも基本的にピアノの芸人だと思うのですが、チェルカスキーこそは骨の髄まで「芸人」に徹したピアニストでした。
聞くところによると、彼のコンサートは全てのプログラムが終わってからのアンコールこそが本番だという人がいました。19世紀末から20世紀初頭に書けて書かれた名人芸を披露する作品(師であるホフマンやゴドフスキーなど)を次から次へと機嫌良く演奏するのが彼の常でした。

メインのプログラムでさえ、その場の雰囲気と自らの感興の趣くままに演奏したのですから、そのアンコールたるや、まさにその時の心の趣くままに自由に演奏したのでした。

聞けば分かることですが、テンポは常に動き続けます。それは、大きなテンポ・ルバートだけでなく、微妙なコントロールを施すことで音楽が単調になることを防いでいます。
それは、ピアノとフォルテを強調しながら、細部においては微妙なアーティキュレーションを施すのと考え方は同じかもしれません。

つまりは、動的に大きな変化を与えることで聞き手の注意を引くという芸人的要素を基本としながら、その内実においては極めて精緻なコントロールを施すことで「がさつなだけの音楽」に終わることを拒否しているのです。

声部感のバランスにしても、時にはドキッとするように内声部を浮き立たせたりするのですが、それもまた、非常にバランスの取れたコントロールが維持されているから効果があるのです。
そう言えば、誰かチェルカスキーのノクターンを称して「ぬめぬめした蛇の皮の」ようだと書いていました。それは、まさにその様にコントロールされたバランスのなせる技です。

ただし、こう書いた人はきっと都会暮らしで実際に蛇などは触ったことがない人でしょうね。(^^;
蛇の皮は実際に触ってみればヒンヤリとして、すべすべしていて実に気持ちのいいものなのです、・・・どうでもいいことですが・・・(^^v

そして、こういう演奏が可能な根っこには、疑いもなくチェルカスキーの体に染み込んだ19世紀的ヴィルトゥオーソがあったことは間違いありません。

またひとは彼のことを不良老人」とも呼びました。
自分にとって興味のあることは耳を傾けるが、そうでないものに全てスルーしてしまう困った爺さんだったようです。
ただし、そのスルーの仕方が天才的で、興味のないことを聞かれると実に上手に別の話題にすり替えて、自分にとって話題にしたいことに話を切り替えたそうです。

自由にマイペースで生きることができる人ってうらやましい!

これはそう言うチェルカスキーの面目薬如たる一文です。
その中でも秀逸だと思ったのはこの下りです。

「ショパンのピアノ・ソナタについてお話を伺いたいのですが」と話をふると、すかさず「ショパンっていうと、おもしろい話があってね、ひとつはジョークなんだが」と切り替えてしまうのです。

アメリカの田舎の家族が大金を手にしたけど、使い道がわからなくて、毎週水曜日に人を招いて豪華なディナーを開いたんだよね。
しばらくしたら、主人の耳にみんなが彼の奥さんをバカにしているという噂が伝わり、彼は妻に余計なことはいわないようにと釘を刺した。
ところが、その夜のディナーで、「ショパンはお好きですか」と聞かれた奥さんは、「ああ、彼なら2週間前、8番のバスのなかで見かけたわ」と答えてしまう。
それを聞いた主人は、テーブルの下で妻の膝を蹴った。
そして怒りの目を向けた奥さんに、「バカ、8番のバスはもう走っていないのを知らないのか」といったんだ


これでははぐらかされた方も怒る気にもなれず、結局はチェルカスキーのペースで全てが進んでしまうのです。

しかし、そんな生き方の背景には、ピアノを演奏することに己の人生の全てをかけた「徹底」がありました。
住まいはホテルと定め、身の回りの品と楽譜だけを抱えて世界中を演奏して回ったのが彼の人生でした。

それは、自家用ジェット機にスポーツカー、綺麗な奥さんに豪邸、そして夏は高級リゾート地で優雅に避暑という生き方とは真逆のものでした。
しかし、チェルカスキーにとってその様な「贅沢」はピアノを演奏する上での邪魔者でしかなかったのでしょう。

衣食住の全てはホテルに任せ、彼の手元にあるのは楽譜だけという生活だったのです。
そして、この「徹底」こそが彼のマイペースな生き方とマイペースな音楽を支えたのかもしれません。

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