ハイドン:交響曲第93番
ビーチャム指揮 ロンドンフィル 1936年録音
Haydn:交響曲第93番「第1楽章」
Haydn:交響曲第93番「第2楽章」
Haydn:交響曲第93番「第3楽章」
Haydn:交響曲第93番「第4楽章」
ハイドンのウィット
ハイドンは音楽の中に「分かる人だけ分かってもらえればいい」という感じでいろんな仕掛けを施す人でした。94番の驚愕や45番の告別などはあからさまな例ですが、ホントにちょっとした仕掛けをあちこちに張り巡らす人でした。
そして、なんの標題もついていない、ある意味では数あるザロモン交響曲の中では地味な存在の93番にも仕掛けがあります。それは第2楽章の美しいラルゴの音楽の中に仕掛けられています。コーダに入ってピアノで美しい音楽が奏でられているところに、突然フォルテでファゴットが一発ぶっ放してくれます。これが何に聞こえるかはあなたの感性にお任せしましょう。(^^;
ザロモン演奏会の概要
エステルハージ候の死によって事実上自由の身となってウィーンに出てきたハイドンに、「イギリスで演奏会をしませんか」と持ちかけてきたのがペーター・ザロモンでした。
彼はロンドンにおいてザロモン・コンサートなる定期演奏会を開催していた興行主でした。
当時ロンドンでは彼の演奏会とプロフェッショナル・コンサートという演奏会が激しい競争状態にありました。そして、その競争相手であるプロフェッショナル・コンサートはエステルハージ候が存命中にもハイドンの招聘を何度も願い出ていました。しかし、エステルハージ候がその依頼には頑としてイエスと言わなかったために、やむなく別の人物を指揮者として招いて演奏会を行っていたという経緯がありました。
それだけに、ザロモンはエステルハージ候の死を知ると素早く行動を開始し、破格とも言えるギャランティでハイドンを口説き落とします。
その結果として、1791年・1792年・1794年の3年間にハイドンを指揮者に招いてのザロモン演奏会が行われ、ハイドンもその演奏会のために93番から104番に至る多くの名作を生み出したわけです。
この演奏会はロンドンの聴衆を熱狂させ社会的なセンセーションを巻き起こしました。
また、イギリス王妃の誕生祝賀舞踏会に招かれたときに、皇太子が誰よりも先にハイドンに挨拶をしたことで、イギリス社交界におけるハイドンの地位も決定的なものとなりました。
ハイドンは行く先々で熱狂的な歓迎を受け、オックスフォード大学から音楽博士号を受けるという名誉も獲得します。
そして何よりも、この3年間にわたるザロモン演奏会でハイドンは2400ポンドの収入を得ます。エステルハージ家に仕えた辛苦の30年間で貯蓄できたのがわずか200ポンドであったことを考えれば、それは想像もできないような成功だったといえます。
ハイドンはその収入によって、ウィーン郊外の別荘地で一切の煩わしい出来事から解放されて幸福な最晩年をおくることができました。ハイドンは晩年に過ごしたこのイギリス時代を「一生で最も幸福な時期」と呼んでいますが、それは実に納得のできる話です。
ユーモアの分かる人
ハイドンの交響曲を演奏するというのは指揮者にとってもオケにとっても結構怖いらしいです。譜面を音にしただけではスカスカで音楽になりませんし、逆に好き勝手にやればこれまた音楽は壊れてしまいます。やはり古典派作品としての形式把握が何よりも重要ですし、さらにハイドン特有のウィットを理解する度量が必要です。
もちろん、クレンペラーみたいに、ザロモン交響曲はベートーベンの交響曲にも匹敵する偉大な作品だ、ウィットもユーモアもあるもんか!とばかりに壮麗なシンフォニーとして巨大な構築物を築き上げる才覚があれば、そう言う小難しい話は無視してもいいのでしょうが、ああいう演奏はあの男にしかできません。
と言うことで、ハイドン演奏の一つの解として代表的なのがビーチャム卿の演奏です。
ワルターのロマン性もないしクレンペラーの力業もありません。どちらかと言えば小粒な演奏ですし、スッキリとした造形です。
しかし、この大人はハイドンのウィットをよく理解しています。
誰でも簡単に出来そうな演奏ですが、意外とこういうスタイルをまねるのが最も難しいのかもしれません
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