ベートーベン:ピアノソナタ第30番 ホ長調 作品109
(P)バイロン・ジャニス 1956年2月3日録音
Beethoven:Piano Sonata No.30 in E major Op.109 [1.Vivace ma non troppo. Adagio espressivo]
Beethoven:Piano Sonata No.30 in E major Op.109 [2.Prestissimo]
Beethoven:Piano Sonata No.30 in E major Op.109 [3. Gesangvoll, mit innigster Empfindung. Andante molto cantabile ed espressivo]
ベートーベン最後の輝き

中期の絶頂期にあとにベートーベンを深刻なスランプが襲ったことは有名な事実です。そのベートーベンが長い雌伏のあとに後期の絶頂期を迎えるのが、この最後の3つのソナタを作曲した時期でした。
この時期にベートーベンは、ピアノ曲ではディアベリ変奏曲、交響曲の分野では第9を、そして声楽を含む巨大な作品である「ミサ・ソレムニス」などを生み出しています。
どの作品も今までの作品群とは一線を画するような正確を持っていますが、それはピアノソナタの分野でも同様です。
後期三大ソナタと言われる「作品109?111」のソナタはいずれも幻想的な雰囲気を持ち、とりわけ変奏曲形式が重要な位置を占めていることが特徴です。
この作品109のソナタでも、作品全体を受けとめるような重みのある変奏曲を第3楽章に持ってきています。ソナタに変奏曲形式を盛り込んだことは今までも何度かありましたが、これほどまでの重みを与えたのはこれが初めてです。
ベートーベン自身が「歌うように、心の底からの感動を持って」と記しているように、実に感動的な音楽となっています。
第1楽章
ヴィヴァーチェ・マ・ノン・トロッポ ホ長調 4分の2拍子 ソナタ形式
第2楽章
プレスティッシモ ホ短調 8分の6拍子 ソナタ形式
第3楽章
アンダンテ・モルト・カンタービレ・エド・エスプレッシーヴォ ホ長調 4分の3拍子 変奏曲形式
表現を享受すると言うこと
バイロン・ジャニスと言えばどうしても「ホロヴィッツの弟子」という看板がついて回ります。彼自身はその看板をどのように思っていたのかは分かりません。おそらくは、それは誇りでもあり重荷でもあり、単純に良否を言えるようなものではなかったはずです。
そして、ホロヴィッツはジャニスに対して常に「俺のコピーになるな」と言ってたそうなのですが、それは逆に「ホロヴィッツの呪縛」を重く、深くしたのかもしれません。
直線的に、そして輝かしくピアノを鳴らす流儀は「ホロヴィッツのコピー」と言われればその通りです。
しかし、それは「ホロヴィッツの弟子」という看板を背負ってしまったからであって、そう言う看板を抜きにしてみれば20代の若者らしいストレートな音楽表現が貫かれていると言えるはずです。
しかしながら、こういう演奏を「悪くはないけれども、大きさや深さに欠けるね」としたり顔で批評する人をよく見かけます。
しかし、そう言う決まり切った批評を聞くたびに、「それでは大きさや深さに不足しない老大家は、このような鮮烈なまでの直線性に満ちた音楽を作れるんですか?」と問いかけたくなります。
すると、ある人は、「クラシック音楽に必要なのはその様なストレートさではなくて深さなんだよ」と反論されました。今でもこういう方がおられるんですね。(^^;
しかし、ショパンがこのソナタをかいたのは20代の後半なのです。そんな若者の書いた音楽に老大家の深さ(何が深いのかは分かりませんが・・・)にしか価値を見いださないというのは明らかに歪なような気がします。
ジャニスは同じような時期にベートーベンのソナタを2曲録音しています。
一つは作品番号53の「ワルトシュタイン」と作品番号109の後期のソナタです。
音楽を創作したときの年齢で割り切るのは一面的に過ぎることは分かっていますが、「ワルトシュタイン」はベートーベンが30代半ばの創作であり、第30番の後期ソナタは50の坂をむかえた時期の創作でした。そして、ベートーベンがこの後期ソナタを生み出し後には7年足らずしか人生は残っていなかったのです。
確かに、この世の中には年を経なければ分からないことも少なくないのですが、年を経ることで忘れてしまうこともたくさんあります。
ですから、音楽を演奏するという行為は、どれほど楽譜に忠実にと言っても、それは今ある己の人生を作品の中に投影させる行為であるはずです。いや、そうでなければ、ただただ楽譜に忠実に音楽を再現させることだけが美徳であるならば、やがては人はピアノを演奏する人工知能に取って代わられてしまうはずです。
ですから、ジャニスのピアノで「ワルトシュタイン」を聞くときにもう少し大きさがほしいな」とか、「後期ソナタなんだからもう少し深さがほしいよね、ちょっと淡々と進みすぎじゃない」とか思ったとしても、それも含めてジャニスの演奏なのです。
人間による演奏を聴くと言うことは、そう言うこともふまえた上で、その表現を享受すると言うことなのです。
そして、このショパンの「葬送」とあだ名の付いたソナタとジャニスの思いは、この時期にしか実現できない形で出会っているように思うのです。
余談ながら、コンサートに行くと、終演後にしたり顔であれこれの欠点をあげつらって得意顔の人をよく見かけます。
いつも思うんです。
そこまでお気に召さないことばかりなら、最初から音楽なんか聞かなければいいのに・・・。
とは言え、私も結構あちこちで愚痴っているので自戒しなければいけません。(^^v
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