シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
(P)バイロン・ジャニス スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮 ミネアポリス交響楽団 1962年4月録音
Schumann:Concerto for Piano and Orchestra in A minor Op.54 [1.Allegro affetuoso]
Schumann:Concerto for Piano and Orchestra in A minor Op.54 [2.Intermezzo]
Schumann:Concerto for Piano and Orchestra in A minor Op.54 [3.Allegro vivace]
私はヴィルトゥオーソのための協奏曲は書けない。

クララに書き送った手紙の中にこのような一節があるそうです。そして「何か別のものを変えなければならない・・・」と続くそうです。そういう試行錯誤の中で書かれたのが「ピアノと管弦楽のための幻想曲」でした。
そして、その幻想曲をもとに、さらに新しく二つの楽章が追加されて完成されたのがこの「ピアノ協奏曲 イ短調」です。
協奏曲というのは一貫してソリストの名人芸を披露するためのものでした。
そういう浅薄なあり方にモーツァルトやベートーベンも抵抗をしてすばらしい作品を残してくれましたが、そういう大きな流れは変わることはありませんでした。(というか、21世紀の今だって基本的にはあまり変わっていないようにも思えます。)
そういうわけで、この作品は意図的ともいえるほどに「名人芸」を回避しているように見えます。いわゆる巨匠の名人芸を発揮できるような場面はほとんどなく、カデンツァの部分もシューマンがしっかりと「作曲」してしまっています。
しかし、どこかで聞いたことがあるのですが、演奏家にとってはこういう作品の方が難しいそうです。
単なるテクニックではないプラスアルファが求められるからであり(そのプラスアルファとは言うまでもなく、この作品の全編に漂う「幻想性」です。)、それはどれほど指先が回転しても解決できない性質のものだからです。
また、ショパンのように、協奏曲といっても基本的にはピアノが主導の音楽とは異なって、ここではピアノとオケが緊密に結びついて独特の響きを作り出しています。この新しい響きがそういう幻想性を醸し出す下支えになっていますから、オケとのからみも難しい課題となってきます。
どちらにしても、テクニック優先で「俺が俺が!」と弾きまくったのではぶち壊しになってしまうことは確かです。
シューマンに相応しい夢見るようなロマン性
チャイコフスキーの協奏曲とは違って、こちらは、スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(長すぎるのでMr.S)が指揮するミネアポリス交響楽団が相手をつとめています。そして、こうして聞き比べてみると、オケの機能としては間違いなくロンドン交響楽団の方が上だと思うのですが、出来上がった音楽は間違いなくこちらの方が上等です。
上等です、と言うのもおかしな言い方ではあるのですが、ハーバート・メンゲスの指揮ではかけていたロマン的な情緒や艶のようなものがここではしっかりと表現されています。
やはり、誰かが言ったように、「この世の中に悪いオーケストラは存在しない、いるのは悪い指揮者だけだ」と言う言葉の正しさを実感させられます。
もちろん、だからといってメンゲスが悪い指揮者だと言っているわけではありません。指揮者というのがオーケストラをまとめ上げる「職人」だとすれば、彼は立派な「職人」であったことは間違いありません。
しかし、あまり好きな言葉ではないのですが、指揮者がオーケストラをまとめ上げて音楽を作りあげる「芸術家」だとすれば、Mr.Sはその用件を十分に満たしています。
彼は、その実力のわりには地味なポストを渡り歩きました。このミネアポリス交響楽団を長く率いた後は(1960年~1979年)、ハレ管弦楽団(1984年~1991年)の首席指揮者を務めました。その後はザールブリュッケン放送交響楽団の首席客演指揮者に読売日本交響楽団の常任指揮者というのですから本当に地味です。
ですから、彼の存在を日本の聴衆が広く認知したのはNHK交響楽団に客演して、圧倒的な名演を聞かせてくれたことによってです。
私の個人的な経験の範疇では、誰とも知らずぼんやり聞いていたNHK交響楽団の放送で、演奏のあまりの凄さに少しずつ引き寄せられ、やがては居ずまいをただして最後まで聞き終わったと言う経験はこのMr.Sとヴァントだけでした。そして、客演指揮者を務めていたザールブリュッケン放送交響楽団とのブルックナーの録音であらためてその凄さを確認したものでした。
そんなMr.Sもこの2月には鬼籍には入られました。
90才をはるかに超える高齢だったので仕方のないことではあるのですが、本当に残念な訃報でした。
そして、事のついでのようにふれるのでは順番が反対なのでしょうが、ジャニスのピアノは一つ一つの音の粒がいつも輝いていて、そのタッチの見事さはホロヴィッツを思わせる見事さを常に失いません。そして、シューマンの音楽に相応しい夢見るようなロマン性にも不足しません。
チャイコフスキーの第2楽章でも感じたのですが、叙情的な部分は本当に夢見るような雰囲気でピアノを弾いてくれるので、決して腕自慢でバリバリ弾きまくるだけの「体育会系ピアニスト」でないことを見事に証明してくれています。
また、この録音は、「Mercury Living Presence」シリーズの中では珍しいほどに音圧ブーストの弊害を免れています。
チャイコフスキーの方がぎりぎりセーフだったとすれば、こちらは完全にセーフです。
是非とも、アンプのボリュームはやや上げ気味でこの優秀録音を楽しんでください。
ネット上では、年代並みの古さを感じるとかいている人もいるのですが決してそんな事はありません。本当に、ネットの録音評ほど当てにならないものはありません。
よせられたコメント
2019-01-10:benetianfish
- 私の手元にあったこの曲の録音は、どれもネチッこく仕上げていて、透明度はゼロに等しいものばかりで、シューマンの曲だからこんなもんか、と思っておりました。が、このバイロン・ジャニスの演奏は、ロマン性を失わずとも実に颯爽と、スタイリッシュに決めていますね。刷り込みのせいもあるでしょうが、私は夢の中のぼんやりとした景色より、青く澄み切った晴れの空を思い浮かべます(特にフィナーレは)。
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