ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 作品26
スタインバーグ指揮 (Vn)ミルシテイン ピッツバーグ交響楽団 1953年11月28日録音
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Bruch:Violin Concerto No.1 [1st movement]
Bruch:Violin Concerto No.1 [2nd movement]
Bruch:Violin Concerto No.1 [3rd movement]
ブルッフについて
今日ではヴァイオリン協奏曲とスコットランド幻想曲、そしてコル・ニドライぐらいしか演奏される機会のない人です。ただし、ヴァイオリニストにとってはこの協奏曲はある種の思い入れのある作品のようです。
と言うのは、ヴァイオリンのレッスンをはじめると必ずと言っていいほど取り上げるのがこの協奏曲であり、発表会などでは一度は演奏した経験を持っているからだそうです。ただし、プロのコンサートで演奏される機会は決して多くはありません。
しかし、ロマン派の協奏曲らしくメランコリックでありながら結構ゴージャスな雰囲気もただよい、メンデルスゾーンの協奏曲と比べてもそれほど遜色はないように思います。
第1楽章
序奏に続いて独奏ヴァイオリンの自由なカデンツァが始まるのですが、最低音Gから一気に駆け上がっていくので聴き応え満点、けれん味たっぷりのオープニングです。力強い第一主題と優美な第二主題が展開されながら音楽は進んでいき、いわゆる再現部にはいるところでそれは省略して経過的なフレーズで静かに第2楽章に入っていくという構成になっています。(・・・と、思います^^;)
第2楽章
ここが一番魅力的な楽章でしょう。主に3つの美しいメロディが組み合わされて音楽は展開していきます。息の長い優美なフレーズにいつまでも浸っていたいと思わせるような音楽です。
第3楽章
序奏に続いて,独奏ヴァイオリンが勇壮なメロディを聞かせてくれてこの楽章はスタートします。。前の楽章の対照的な出だしを持ってくるのは定番、そして、展開部・再現部と続いてプレストのコーダで壮麗に終わるというおきまりのエンディングですが良くできています。
ミルシテイン、50代の記録
スタインバーグの録音をかなりまとまった形でアップしてきたのですが、予想したとおり、反応はほとんどありませんでした。仕方のないことですね・・・。名盤選びに熱心で、そう言う名盤以外の録音を聞く時間が惜しいと思われる方にとっては当然のことかもしれません。
しかし、そう言う歴史的名盤のまばゆい光の中で、ともすれば消え去っていってしまいそうな「職人的いい仕事」を記憶にとどめておくことも大切かと思い、引き続きアップを続けます・(^^;
スタインバーグの名前が現在においてもかろうじて記憶にとどめられているのは、ミルシテインの伴奏者としてクレジットされるからです。
ミルシテインは82歳で指に不調を感じるようになった1986年まで衰えを感じさせない第一線の演奏家として活躍しました。録音技術がアナログからデジタルに移行し、そのデジタルによる録音技術も十分に成熟する時期まで活動を続けたことになります。ですから、彼が生涯に残した膨大な録音はかなり良好な形で現役盤としてカタログに載り続けることが出来ました。
しかし、そうして残された彼の録音を聞き直してみると、そう言う外面的な幸運だけでなく、とりわけ二つの側面で「残るべきして残った事に気づかされます。
その一つめは、他のヴァイオリニストからはなかなか聞くことの出来ない美音と透明性のすばらしさです。
パールマンは彼のことを「古今東西最も音が明瞭・透明なヴァイオリニスト」だと語っていたそうです。
とにかく、彼は同じ作品を何度練習し、演奏しても飽きると言うことがなかったようです。それどころか、もううんざりするほど弾いてきた作品であっても「もっと明瞭なフレージングができる指使いを発見したぞ」と語っていたそうですから、まさに驚くべきヴァイオリンオタクでした。
しかし、そこまでの徹底性があったからこそ、彼の演奏は名人芸をひけらかすのではなく、その名人芸の裏付けによってこの上もなくクリアな音楽を実現していました。よく言われるミルシテインの美音も、いわゆるポッチャリ系のファットなものではなく、そのクリアさの故に実現されたものでした。
ただし、こんな書き方をすると名人芸をひけらかすことは悪いように受け取られるので、どうでもいい事ながら一言付け加えておきます。
リストやパガニーニ以来、クラシック音楽の醍醐味の一つは名人芸のひけらかしです。さらにさかのぼれば、バロック時代からコンチェルトというジャンルは名人芸の披露のためにこそ存在したのです。
ところが、最近はそう言うひけらかしは下品なものとして一段低く見る傾向があります。おそらくそう言うお上品な賢しらさがクラシック音楽をつまらないものにしていると思います。
そのことは、同時代に活躍したミルシテインとハイフェッツを比べてみれば誰もが納得できると思います。確かに、クラシック音楽の演奏が名人芸の披露だけで塗りつぶされたのでは困りますが、それを除外してしまったのでは大切な部分を失ってしまうことに気づくべきです。
ピアノの演奏史にホロヴィッツがいなければどれほど味気ないことでしょう。
ただし、ミルシテインはそう言うタイプに属するヴァイオリニストではありませんでした。
ミルシテインの生涯を振り返ってみれば大きな転機となったのが、1925年のソ連からの出国です。二十歳過ぎに小遣い稼ぎのためにソ連を出国し、彼はルービンシュタインとピアティゴルスキーと組んでカフェバーで演奏をはじめ(凄いカフェバーだ!!)、そして結局はソ連には帰りませんでした。その経緯を聞かれたときに、「ソビエトを出国した時とても良い気持ちだったが、二度と戻って来ないとも思っていなかった。ただ、その後帰ることがなかったというだけだ。」と語っていたそうです。
こういう粋なお兄さんにとって、名人芸を売りにする演奏は向いてはいなかったようです。
次に指摘しておきたいのは、最晩年まで技術的な衰えを見せなかったことです。
指揮者と違って肉体的な衰えが演奏のクオリティに直結する器楽奏者にとって、老化は深刻な問題です。しかし、暇さえあれば練習をくり消し、今の自分にあったフィンガリングを探求し続けてたミルシテインにとって、おそらくは進行していたであろう肉体的な衰えはそれほどダイレクトに演奏のクオリティに直結しませんでした。
そう言えば、22歳でウィーンフィルのコンマスに抜擢され、楽団史上最高のコンマスとたたえられたワルター・ウェラーが指揮者に転向したときに、口さがない連中は「奴は毎日さらうのがイヤになったんだろう」と批判したものです。それほどまでに、年を重ねても練習を繰り返し、衰えを最小限にとどめることは口で言うほど生やさしいことではないのです。
しかし、ミルシテインの生涯を振り返ってみれば、それはまさにヴァイオリンの練習に明け暮れた日々だったようです。そして、彼は自らのコンサートプログラムの中に、必ずバッハかパガニーニの無伴奏曲を入れることを義務としていました。言うまでもなく、それが己の衰えをチェックする「炭坑のカナリヤ」役をしていたわけです。
昔は確かに凄かったけれど、年をとってどうしようもなくなった演奏家に対して奉られる言葉は昔から決まっていました。曰く「枯れた至芸」、曰く「重厚で深い精神性に貫かれた演奏」等々です。
しかし、私の記憶に間違いがなければ、ミルシテインの演奏にそのような持って回った褒め言葉が用いられることはなく、最後の最後までひとりの現役演奏家として評価の対象となっていました。
この二つのことを思えば、彼の多くの録音が常に現役盤としてカタログに残っていることは何の不思議もありません。
そして、このスタインバーグとの競演盤に対して、「ミルシテイン50年代の絶頂期の録音」という売り言葉にもにわかには同意しかねます。彼の演奏はその後もずっと素晴らしかったのですから、これを絶頂期と言いきる自信は私にはありません。
ただ、伴奏指揮者としてミルシテインを支えているスタインバーグは、やはりと言うべきなのでしょうが、実にいい仕事をしています。
ああ、我らが地元のオケの音楽監督に、こういう人がやってこないモンでしょうかね。巨匠ではなくて職人さん希望です。(まあ、巨匠もきませんが・・・^^;)
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