モーツァルト:セレナード第13番ト長調 K.525 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
カラヤン指揮 ベルリンフィル 1959年12月録音
Mozart:Serenade in G major k525 "Eine Kleine Nachtmusi" [1st movement]
Mozart:Serenade in G major k525 "Eine Kleine Nachtmusi" [2nd movement]
Mozart:Serenade in G major k525 "Eine Kleine Nachtmusi" [3rd movement]
Mozart:Serenade in G major k525 "Eine Kleine Nachtmusi" [4th movement]
小さい枠ではあるが、それ自身で完結した小宇宙
この作品は驚くほど簡潔でありながら、一つの完結した世界を連想させるものがあります。
「音符一つ変えただけで音楽は損なわれる」とサリエリが感嘆したモーツァルトの天才をこれほど分かりやすく提示してくれる作品は他には思い当たりません。
おそらくはモーツァルトの全作品の中では最も有名な音楽の一つであり、そして、愛らしく可愛いモーツァルトを連想させるのに最も適した作品です。
ところが、それほどまでの有名作品でありながら、作曲に至る動機を知ることができないという不思議さも持っています。
モーツァルトはプロの作曲家ですから、創作には何らかのきっかけが存在します。
それが誰かからの注文であり、お金になる仕事ならモーツァルトにとっては一番素晴らしい動機だったでしょう。あるいは、予約演奏会に向けての作品づくりであったり、出来のよくない弟子たちのピアノレッスンのための音楽作りであったりしました。
まあ早い話が、お金にならないような音楽づくりはしなかったのです。
にもかかわらず、有名なこの作品の創作の動機が今もって判然としないのです。誰かから注文があった気配はありませんし、演奏会などの目的も考えられません。何よりも、この作品が演奏されたのかどうかもはっきりとは分からないのです。
そんなわけで、自分のために音楽を作るということはちょっと考えづらいモーツァルトなのですが、もしかしたら、この作品だけは自分自身のために作曲したのかもしれないのです。もしそうだとすると、これは実に貴重な作品だといえます。
そして、そう思わせるだけの素晴らしさを持った作品でもあります。
カラヤン風の仕立てでモーツァルトを召し上がれ
カラヤンは何でも録音した指揮者ですが、同郷の天才であったモーツァルトとはどうにも相性が悪かったようです。
ザルツブルグ近郊にあるカラヤン家の前は「カラヤン通り」と言われるのですが、この通りの看板がよく盗まれるので有名でした。口さがない地元の連中は、自分の作品をあまりにも酷く演奏することに腹を立てたモーツァルトの霊のせいだと噂したそうです。そんな噂が流れるほどにカラヤンとモーツァルトは相性が悪いと言うことです。
カラヤンはたとえてみれば一流のフレンチシェフです。
どんな素材であっても、彼は腕によりをかけた「カラヤン・ソース」をふりかけて一流の料理に仕上げてしまいます。
たとえば、彼が残した晩年のシベリウスなんかは「自家燻製したフィンランドサーモンと帆立貝柱のムースのキャベツ包み蒸し 生雲丹とパセリのヴルーテ」みたいな雰囲気になっています。
それはそれでゴージャスな雰囲気が漂っていて悪くはないですし、何よりも、どんな素材があてがわれても口当たりのいい絶品料理に仕立て上げる腕はたいしたものでした。そして、そう言う腕があればこそ「帝王カラヤン」と呼ばれるまでの地位を獲得したのです。
しかし、時には素材が持っている魅力を素直に味わいたい人もいますから、そう言う人にとっはカラヤン風のソースは鬱陶しく感じることもありました。さらには、何でもかんでも万人好みの味に仕立てあげる彼の料理法に批判的な人も多く生み出すことにもなりました。
そして、問題はモーツァルトです。
このモーツァルトという素材は料理人にあれこれといじくり回されることを強く拒否します。こういう喩えは事柄を単純化してしまうので避けたいのですが(^^;、それでもあえて言えば、モーツァルトという素材は日本料理の料理人のように接するのがベストだと感じています。
日本料理の真髄は素材の良さを見抜き、その良さをできる限り損なわないように料理に仕立て上げる事です。
最高の魚が手に入れば、それを刺身で出したいのが日本料理です。
刺身なんて何の手も加えていないように見えながら、魚のさばき方、包丁の入れ方で味わいは全く別物になります。
しかし、フレンチのシェフならばそれを生のままで食卓に供するなどと言うことは絶対にあり得ないはずです。どちらがいいとか悪いとか言う話ではなく、それはもう文化の違い、本能の違いみたいなものです。
カラヤンのモーツァルトも、できることならマリネくらいで止めておいてほしいのですが、彼の本能としてそれを適度に焼いたり蒸したりして、最後はカラヤンソースをかけなくては我慢ができないのです。
そう言えば、出典は忘れましたが、最晩年に「モーツァルトとシューベルトだけは苦手だ」と語っていました。
自分が演奏するモーツァルトに批判があることは知っていましたし、その批判に妥当性があることも分かっていたはずです。あのカラヤンがそんな簡単なことが分からないはずはないのです。そして、そのことが分かりながら、それでもフレンチシェフとしての己の本性を捨てなかったところにこそカラヤンの偉さがあったんだと、最近になってつくづくと思うようになりました。
ですから、カラヤンのモーツァルトを楽しむときは、せっかくの素材が台無しだ!!などという狭い了簡は捨てましょう。
そして、心穏やかに、カラヤン風に仕立て上げられたモーツァルトを楽しみましょう。
よせられたコメント
2021-10-19:joshua
- これは素直に、美しい、と言いましょう。ディベルティメント10.15.17でも同じ感想ですが、まとまりの良いこの曲は一層そう思います。耽美的、いいじゃないですか。特に暑さひとしきりの秋の今頃には。
2021-10-21:コタロー
- 演奏にはちょっと驚かされました。50年代の終盤にはすでにカラヤン美学が出来上がっていたのですね。まるで、高級なソファに身をゆだねるような快感がたっぷりと味わえます。
ジョージ・セルとは真逆な演奏ですが、改めて、モーツァルトの音楽が持つ懐の深さを強く感じさせられました。
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