ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 作品90
ケンペ指揮 ベルリンフィル 1960年1月19~23日録音
Brahms:Symphony No.3 in F Op.90 [1st movement]
Brahms:Symphony No.3 in F Op.90 [2nd movement]
Brahms:Symphony No.3 in F Op.90 [3rd movement]
Brahms:Symphony No.3 in F Op.90 [4th movement]
秋のシンフォニー
私は長らくブラームスの音楽が苦手だったのですが、その中でもこの第3番のシンフォニーはとりわけ苦手でした。
理由は簡単で、最終楽章になると眠ってしまうのです(^^;
今でこそ曲の最後がピアニシモで消えるように終わるというのは珍しくはないですが、ブラームスの時代にあってはかなり勇気のいることだったのではないでしょうか。某有名指揮者が日本の聴衆のことを「最初と最後だけドカーンとぶちかませばブラボーがとんでくる」と言い放っていましたが、確かに最後で華々しく盛り上がると聞き手にとってはそれなりの満足感が得られることは事実です。
そういうあざとい演奏効果をねらうことが不可能なだけに、演奏する側にとっても難しい作品だといえます。
第1楽章の勇壮な音楽ゆえにか、「ブラームスの英雄交響曲」と言われたりもするのに、また、第3楽章の「男の哀愁」が滲み出すような音楽も素敵なのに、「どうして最終楽章がこうなのよ?」と、いつも疑問に思っていました。
そんなユング君がふと気がついたのが、これは「秋のシンフォニー」だという思いです。(あー、またユング君の文学的解釈が始まったとあきれている人もいるでしょうが、まあおつきあいください)
この作品、実に明るく、そして華々しく開始されます。しかし、その明るさや華々しさが音楽が進むにつれてどんどん暗くなっていきます。明から暗へ、そして内へ内へと音楽は沈潜していきます。
そういう意味で、これは春でもなく夏でもなく、また枯れ果てた冬でもなく、盛りを過ぎて滅びへと向かっていく秋の音楽だと気づかされます。
そして、最終楽章で消えゆくように奏されるのは第一楽章の第1主題です。もちろん夏の盛りの華やかさではなく、静かに回想するように全曲を締めくくります。
そう思うと、最後が華々しいフィナーレで終わったんではすべてがぶち壊しになることは容易に納得ができます。人生の苦さをいっぱいに詰め込んだシンフォニーです。
芸術がもっている理不尽さと闇に思いをはせる
ケンペと言えばベートーベンやブラームスに代表されるようなドイツ・オーストリア系の正統派の作品を手堅くまとめ上げるというイメージがついて回ります。ついでに付け加えれば、一聴しただけではその良さは伝わらないけれども、何度も繰り返し聞くうちにその真価が理解できる指揮者と言う評価もついて回りました。
ただし、少しばかり嫌みっぽく言えば、これほど情報があふれかえっている世の中で、一度聞いただけでは魅力がストレートに伝わってこないような演奏を、何度も繰り返し聞くような「暇人」がどれほどいるのだろうかと心配になってしまいます。
確かに、ケンペにとっての「本線」とも言うべきベートーベンやブラームスに関しては数多くの名演・名盤に恵まれていますから、その中でどれほど自己主張ができるのかと問われればいささか心許なくなってしまいます。ぱっと聞いただけでその凄みがストレートに伝わってくる演奏はいくつかありますし、さらに言えば、ケンペの持ち味である「一聴しただけではその良さは伝わらないけれども、何度も繰り返し聞くうちにその真価が理解できる」たぐいの(^^;録音ならば数多くあるからです。
ケンペのキャリアを振り返ってみれば、「早すぎる死によって不本意にも最晩年となってしまった60代には巨匠の地位に上り詰める一歩手前までいったものの、その突然の死によって急速に忘れ去られてしまった指揮者」という括りがされてしまいます。
これがベームのように大きな存在になってしまっていれば、その死語に「ベームは二度死んだ」みたいな批判にさらされたのかもしれませんが、ケンペの場合は静かにフェードアウトしていきました。そして、そのような存在であったが故に、己の見識の広さと深さを主張したい人はこういう指揮者を意識的に持ち上げる向きがあります。
もちろん、そのような再発見、再発掘は非常に意義深いことも多いのですが、しかし、改めて彼のベートーベンやブラームスの録音を聞き返してみると、その他の凡百の演奏と同一とまでは言いませんが、数多くあるすぐれた演奏・録音の一つという範疇にとどまるものだと思います。
しかし、不思議なことなのですが、そう言う「本線」以外の演奏になると不要な縛りから抜け出せたのか、意外と面白い録音が目につきます。たとえば、ドヴォルザークの「新世界より」の第2楽章で聞ける深い情感あふれる表現は出色です。第3楽章から最終楽章へと突き進んでいくベルリンフィルからはドイツの田舎オケらしいゴリゴリとした迫力が感じられてこれもまたかなり魅力的です。
私は聞いたことはないので確証はできませんが、ネット情報によると、同じ時期に録音したシューマンの1番なんかもかなり野蛮な演奏だったようです。
しかし、「ウィーンフィルとの休日」と題した61年録音のアルバムなどを聴くと、休日と言いながら、そしてせっかくのウィーンフィルを相手にしながら、律儀さと生真面目さが前面に出てきてしまっていて、悪くはないのですがどこか楽しめない部分が残ってしまいます。
ケンペと言えば相手が女王陛下でもタクシードライバでも全く態度を変えないと言われたジェントルな立ち居振る舞いが評価され、その暖かな人間性も相まって存命中は高い人気を誇った人でした。
ただ残念に思うのは、亡くなった後に作品のみで評価されるようになると、生き残るのはどいつもこいつも「イヤな奴」ばかりだという厳然たる事実です。それは指揮者に限っただけでも、狂犬トス○○ーニや女誑しフルト○○○ラー以降、ほとんど絶対的な真実かと思えるほどです。
ケンペの端正で律儀な音楽を聴きながら、芸術がもっているそう言う理不尽さと闇に思いをはせるというのはかなり屈折した聴き方だとは思うのですが、それでも彼ほどにそう言う理不尽さを体現している指揮者はいないように思います。
よせられたコメント
2018-11-15:菊ぱぱ
- いつも興味深く楽しく聴かせていただいております。
ケンペの1番は昔からLPでよく聴いておりました。ベルリンフィルの音もお気に入りで、おっしゃる通り柔軟な音の集合体だと…。カラヤンとは別口の。
しかし、この3番の最終楽章で眠くなるとはいかがなものか!このシンフォニーの白眉ともいうべき楽章を眠いとは!(お許しください、偉そうに)
私は4番が好きで(ちょっと変わった性格かも…)葬式にはこれを…と女房には申し伝えてあるのですが、その次に3番です。むつかしい曲でいろいろですが、多分指揮者も振りにくいとは思いますが、やはりそれなりのオケでないといけないのでしょうね。
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