クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ショパン:ピアノソナタ第3番 ロ短調 作品58

P:マウツジンスキ 1961年6月5日~8日録音



Chopin:Piano Sonata No.3 in B minor Op.58 [1st movement]

Chopin:Piano Sonata No.3 in B minor Op.58 [2nd movement]

Chopin:Piano Sonata No.3 in B minor Op.58 [3rd movement]

Chopin:Piano Sonata No.3 in B minor Op.58 [4th movement]


ショパンのピアノソナタ

ショパンのピアノソナタは3曲残されていますが、そのうちの第1番は10代後半の若書き作品です。
この若書きの作品はショパン自身が出版を希望したものの出版社からは無視されます。ところが、彼が名声を博するようになると今度は出版社がショパンに校正を依頼するのですが、今度はそれをショパンが拒否します。そんなこんなで、結局はショパンが亡くなってから「遺作」として出版され手、ようやくにして日の目を見ることになります。

この第1番のソナタには、ショパンらしい閃きよりは、彼が若い時代にいかに苦心惨憺してソナタ形式を身につけようとしたかという「努力」の後が刻み込まれています。それでも、第3楽章のラルゲットからは後のショパンのノクターンを思わせるような叙情性が姿を見せています。いかに習作といえども、やはりショパンはショパンなのです。

それに対して、残りの二つのソナタ、作品35の変ロ短調のソナタと作品58のロ短調ソナタは、疑いもなくショパンの全業績の中でも大きな輝きを放っています。
特に「葬送」というタイトルの付いた変ロ短調のソナタはショパンの作品の中でも最も広く人口に膾炙したものです。

この葬送ソナタは愛人サンドの故郷の館で作曲されたもので、ある意味ではこの二人の最も幸福な時代を反映した作品だともいえます。
この作品の中核をなすのは言うまでもなく、第3楽章の葬送行進曲です。この葬送行進曲は、このソナタが着想されるよりも前にできあがっていたもので、言葉をかえれば、変ロ短調のソナタはこの葬送行進曲を中核としてイメージをふくらませて完成されたといえます。そういう意味では、3つもしくは4つの楽章が緊密な関係性を保持して構築される一般的なソナタとはずいぶんと雰囲気の異なった作品になってしまっています。
そのあたりのことを、シューマンは「ショパンは彼の乱暴な息子たち4人を、ただ一緒にくくりつけた」と表現しています。
もちろん、シューマンはソナタの約束事に反していることを批判しているのではなくて、そういう古い約束事を打ち破って独創性に富んだ作品を生み出したショパンを評価しているのです。それは、有機的な統一感に欠けるという、この作品に寄せられた批判に対するシューマンらしい弁護の論だったのです。

それにしても、二人の最も幸福な時代に葬送行進曲を中核としたソナタを書くというのは何とも不思議な話です。しかし、ここでの「葬送」の対象は個人的なものではなく「祖国ポーランド」であることは明らかです。そう思えば、そういう大きなテーマに取り組むには「幸福」が必要だったと考えれば、それもまた納得できる話です。

そして、その葬送行進曲から5年後に作品58のロ短調ソナタが書かれます。
ショパンにとって宿痾の病だった結核はますます悪化し、さらに父の死というニュースは彼にさらなる打撃を与えます。しかし、そんなショパンのもとを姉夫婦が訪れることで彼は元気を回復し再び創作活動に取り組みます。この作品は、そんなつかの間の木漏れ日ような時期に生み出されたのです。
この作品の大きな特徴は、変ロ短調ソナタとは異なってソナタらしい有機的な統一感を感じ取ることができることです。しかし、音楽の規模はより大きく雄大なものになるのですが、しかしながら決してゴツゴツすることなく、その中にショパンらしい「美しさ」と「叙情性」がちりばめられています。
しかし、世間とは難しいもので、そのような伝統的なソナタ形式への接近ゆえに、リストなどは「霊感よりも努力の方が多く感ぜられる」と批判しています。

変ロ短調ソナタでは伝統からはずれることで有機的な統一性がないことを批判され、逆にロ短調ソナタでは有機的統一への接近故に霊感の欠如と批判されます。
やはり、ダンテが言うように「汝の道を歩め そして人々をして その語るに任せよ」ですね。

ショパンてぇのは、こんな風に弾くモンだよ


「Malcuzynski」は「マウツジンスキ」と読むそうです。読み方さえ曖昧になるほどに、今ではほとんど忘れ去られた存在のピアニストですが、50年代から60年代にかけてはショパン弾きとしてそれなりのポジションを占めていたようです。それがどうして忘れ去られてしまったのかという興味もあって彼の一連の録音を聞いてみたのですが、正直なところ、その理由が全くもって分からないのです。

彼の録音を聞く前に、カペルの録音をまとめて聞いていました。カペルは若くして亡くなったこともあって、かなり忘却の淵に足を踏み込んではいるものの、知っている人は知ってるという存在で踏みとどまっています。それと比べれば、マウツジンスキの凋落ぶりは著しいものがあります。
ところが、この二人の録音を聞いてみれば、私の好みは明らかに「マウツジンスキ」です。

まず、彼の録音を聞いて真っ先に気に入ったのは、その響きの軽さです。
実に飄々と何の気負いもなくショパンのロマンを描き出していくピアノは実に魅力的です。それは、ともすれば鍵盤をぶっ叩くことに力を注ぎすぎているカペルやホロヴィッツのピアノとは対極に位置する世界です。そして、そう言う軽やかなショパンを聴いていると、カペルみたいな若手連中に対して「何もそんな青筋たててピアノを叩くモンじゃないよ。ショパンてぇのは、こんな風に弾くモンだよ」というマウツジンスキの呟きが聞こえてきそうな気になりました。

そして、彼のピアノでショパンを聴いていると、改めてショパンの音楽というのは基本的に「サロンの音楽」だったことに気づかされます。そう言う意味では、ソナタなんかよりはマズルカやワルツみたいな音楽の方がマウツジンスキにはあっているように思います。そして、もしも彼が終生このようなショパンを演奏していればもう少し彼の名前を多くの人の記憶にとどまったことでしょう。
これはあくまでも他人からの受け売りなので、自分の耳で確かめたことはにのですが、聞くところによれば60年代以降のマウツジンスキはさらに軽く淡泊なショパンになっていったそうです。50年代から60年代初めの頃のショパンが端麗な味わいだとすれば、その後は端麗が行き過ぎて「水くさく」なってしまったようなのです。そう言う意味では、60年前後に英EMIで録音された一連のショパン録音は彼の絶頂期を記録したものかもしれません。

埋もれさせるに惜しい録音をうまく拾いあげることができました。

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