クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13

(P)ソロモン 1951年6月22日録音





Beethoven:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13 「第2楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 作品13「第3楽章」


これを若書きの作品といえばベートーベンに失礼かもしれません。

凡百の作曲家のピアノ作品と比べれば堂々たる音楽です。
 しかし、中期・後期の傑作を知っているものには、やはりこのソナタは若書きの範疇に入らざるを得ません。

 冒頭の一度聞いたら絶対に忘れることのない動機がこの楽章全体の基礎になっていることは明らかです。この動機をもとにした序奏部が10小節にわたって展開され、その後早いパッセージノ経過句をはさんで核心のソナタ部へ突入していきます。
 悲愴、かつ幻想的な序奏部からソナタの核心へのこの一気の突入はきわめて印象的です。
 その後、この動機は展開部やコーダの部分で繰り返しあらわれますが、それが結果としてある種の悲壮感が楽章全体をおおうこととなります。
 それがベートーベン自身がこの作品に「悲愴」という表題をつけたゆえんです。


 しかし、ここに聞ける悲壮感は後期の作品に聞ける、心の奥底を揺さぶるような性質のものではありません。
 長い人生を生きたものが苦さと諦観の彼方に吐き出す悲しみではなく、それはあくまでも若者が持つところの悲壮感です。

 ならば、それは後期の一連の作品と比べれば劣るのかと言われれば、答えはイエスであると同時にノーです。
 なぜなら、後期のベートーベンの作品は後期のベートーベンにしか書けなかったように、この作品もまた若きベートーベンにしか書けない作品です。
 年を重ねた人間にはかけない音楽です。

 そして、重い主題を背負った音楽ばかり聞くというのはしんどいことです。時には、悲壮感のなかに甘さをたっぷりと含みながらも、若者らしい瑞々しさを失わない音楽もいいものです。
 それに、ユング君には無理ですが、この作品はベートーベンのピアノソナタのなかでは演奏が最も優しい部類に属します。

 ある程度ピアノが弾ける人なら、過ぎ去りし青春の日々に思いを馳せながら演奏してみるのも楽しいのではないでしょうか。
 (ユング君もこれぐらいの曲が弾けるようになればいいなといつも思っているのですが、道は遠いです。)

第1楽章
 クラーヴェ(4分の4拍子)?アレグロ・ディ・モルト・エ・コン・ブリオ ハ短調 2分の2拍子 ソナタ形式

第2楽章
 アダージョ・カンタービレ 変イ長調 4分の2拍子 3部形式

ベートーベンが書いたもっとも優れた音楽の一つ、と言って過言はないでしょう。今までの緩徐楽章も申し分なく美しい音楽でしたが、ここではその美しさが一種の祈りにもにた形へと昇華されています。

第3楽章
 アレグロ ハ短調 2分の2拍子 ロンド形式

静謐さに満ちたベートーベン


少しばかり調べたいことがあってCDの棚をゴソゴソと探し回っていると、奥の方からソロモンのセット物が出てきました。ソロモン・カットナーが本名ですから、ファーストネームで活躍したことになります。イチローみたいです。
そんなことはどうでもいいのですが、ふと、吉田大明神が彼のことを絶賛していたことを思い出し、さらには今まで一度も取り上げていなかったことを思い出し、調べ物は一時中断して彼の演奏を聴きなしてみることにしました。
ファーストインプレッションは「静謐」です。

例えば、有名な月光ソナタの第1楽章や悲愴の第2楽章、そしてハンマークラヴィーアの深遠なる第3楽章などの静けさはただ者ではありません。私は遅いテンポ設定というのは基本的に好きではないのですが、ここでの遅いテンポは「緩み」や「硬直性」とは全く無縁です。吉田大明神がいみじくも述べているように、それは「歩みではなく流れ」そのものです。そして、その流れはこの上もなく静かで、そして緩やかなのです。

確かに、こういうベートーベンのソナタは他ではちょっと聴けない類の物です。もしかしたら、アファナシエフが演奏したらこれに近い雰囲気になるかもしれないと「妄想」はするのですが、聞いたことがないので何とも言えません。とにかく、「力ずく」という言葉から最も遠いところで、この上もなく繊細で静けさに満ちたベートーベンを作り上げえいます。
よって、吉田大明神は彼に対して「今世紀は幾人かのベートーベンの名手を持ったが、ソロモンは、その中でも最高級、最上級にしか数えようのないピアニストである」と絶賛しているわけです。

しかし、私ごときがその評価に異を唱えるなどとは恐れおおいことなのですが、心のどこかに「でも、ベートーベンを聴くときのファーストチョイスじゃないよな」という思いはあります。何故ならば、私の中にはベートーベンの本質は「驀進」だと言う思いがあるからです。
ソロモンが演奏するベートーベンのソナタは静謐極まる雰囲気が全曲を支配しているのですが、それでも終結に向けて音楽は盛り上がりを見せます。しかし、その盛り上がりは極めて抑制されたクライマックスの中で幕を閉じます。

ホロヴィッツがこれを聴けばきっと「ふん!」と鼻で笑うでしょうね。
もちろん、両者の音楽に対するスタンス(哲学という言葉はホロヴィッツには似合わないので)は全く違いますからそれは当然のことなのですが、だからといって私はホロヴィッツの月光ソナタが効果だけを狙った質の低い演奏だとは思えません。
ソロモンのような上品な音楽は疑いもなく素敵な一級品ですが、そしてその事は認めながらも、しかし、そのような上品さだけが「一流」ではないと言うことだけは心にとどめておきたいと思います。

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