ベートーベン:交響曲第7番 イ長調 作品92
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1958年2月1,3&12日録音
Beethoven:交響曲第7番 イ長調 作品92 「第1楽章」
Beethoven:交響曲第7番 イ長調 作品92 「第2楽章」
Beethoven:交響曲第7番 イ長調 作品92 「第3楽章」
Beethoven:交響曲第7番 イ長調 作品92 「第4楽章」
深くて、高い後期の世界への入り口
「不滅の恋人」は「アマデウス」と比べるとそれほど話題にもなりませんでしたし、映画の出来そのものもいささか落ちると言わなければなりません。しかし、いくつか印象的な場面もあります。(ユング君が特に気に入ったのは、クロイツェル・ソナタの効果的な使い方です。ユング君はこの曲が余りよく分からなかったのですが、この映画を見てすっかりお気に入りの曲になりました。これだけでも、映画を見た値打ちがあるというものです。)
それにしても、「アマデウス」でえがかれたモーツァルトもひどかったが、「不滅の恋人」でえがかれたベートーベンはそれに輪をかけたひどさでした。
第9で、「人類みな兄弟!!」と歌いあげた人間とは思えないほどに、「自分勝手」で「傲慢」、そしてどうしようもないほどの「エキセントリック」な人間としてえがかれていました。一部では、あまりにもひどすぎると言う声もあったようですが、ユング君は実像はもっとひどかったのではないかと思っています。
偉大な音楽家達というものは、その伝記を調べてみるとはっきり言って「人格破綻者」の集まりです。その人格破綻者の群の中でも、とびきりの破綻者がモーツァルトとベートーベンです。
最晩年のぼろ屑のような格好でお疾呼を垂れ流して地面にうずくまるベートーベンの姿は、そのような人格破綻者のなれの果てをえがいて見事なものでした。
不幸と幸せを足すとちょうど零になるのが人生だと言った人がいました。これを才能にあてはめると、何か偉大なものを生み出す人は、どこかで多くのものを犠牲にする必要があるのかもしれません。
この交響曲の第7番は、傑作の森と言われる実り豊かな中期の時期をくぐりぬけ、深刻なスランプに陥ったベートーベンが、その壁を突き破って、後期の重要な作品を生み出していく入り口にたたずむ作品です。
ここでは、単純きわまるリズム動機をもとに、かくも偉大なシンフォニーを構築するという離れ業を演じています。(この課題に対するもう一つの回答が第8交響曲です。)
特にこの第2楽章はその特徴のあるリズムの推進力によって、一つの楽章が生成発展してさまをまざまざと見せつけてくれます。
この楽章を「舞踏の祝祭」と呼んだのはワーグナーですが、やはり大したものです。
そしてベートーベンはこれ以後、凡人には伺うこともできないような「深くて」「高い」後期の世界へと分け入っていくことになります。
心優しき男の笑顔
心優しき男の笑顔
ワルターによるコロンビア交響楽団とのベートーベン交響曲全集は以下のような順番で行われています。一見すると、無味乾燥なだけの録音データも、こうして並べてみると色々なことがうかがえてきて面白いですね。
交響曲第8番 ヘ長調 作品93 1958年1月8、10,13&2月12日録音
交響曲第6番 ヘ長調 作品68 「田園」 1958年1月13,15,17日録音
交響曲第3番 変ホ長調 「エロイカ(英雄)」 作品55 1958年1月20,23、25日録音
交響曲第5番 ハ短調 作品67 「運命」 1958年1月27日&30日録音
交響曲第7番 イ長調 作品92 1958年2月1,3&12日録音
交響曲第4番 変ロ長調 作品60 1958年2月8日&10日録音
交響曲第1番 ハ長調 作品21 1959年1月5,6,8&9日録音
交響曲第2番 ニ長調 作品36 1959年1月5日&9日録音
交響曲第9番 ニ短調 作品125 「合唱」 1959年1月19,21,26,29&30日録音 (4楽章)1959年4月6日&15日録音
よく知られている話ですが、引退を表明していたワルターを録音現場に呼び戻すためにレコード会社は破格の条件を提示したといわれています。
その「破格の条件」はギャラだけでなく、録音の進め方に関しても色々な優遇措置があったようです。その中で最もよく知られているのが「一日のセッションは3時間以内」という条件です。
オケのメンバーと録音スタジオをおさえた上で、実際に稼働するのは3時間だけというのですから、いくら老齢のワルターの健康状態を慮ったとしても考えられないほどの優遇措置です。
そして、そういう優遇措置を知った上で上記の録音データを眺めてみると、この一連のセッションが実にゆったりとしたペースで進められたことがよく分かります。
録音は基本的に一日か二日の間隔を開けて行われていますし、その録音も一日に3時間を超えないのです。その「ゆったり度」は信じがたいほどです。
そして、面白いのは、第8番と第7番だけが、この年のベートーベン録音の最後になった第4番の録音が終わった後の2月12日にもう一度だけ録音されていることです。おそらくは、どうしても手直ししておきたい箇所があったための再録音なのでしょう。
何とも、のんびりした話です。
それから、このコンプリートの最後を飾る第9番は最初の3楽章の録音と最終楽章の録音がかなり日程が開いています。不思議だなと思って調べてみると、どうやらこの最終楽章はクレジットは「コロンビア交響楽団」となっているものの、ぞの実体はニューヨークフィルだったことが関係しているようなのです。
おそらくは、ワルターの強い要望で、「この楽章だけはニューヨークフィルを使いたい!」ということになったのでしょう。ただし、突然そんなことを言われてもオケにはオケのスケジュールがあります。結果として、ニューヨークフィルの都合がつくまでに3ヶ月ほど開いてしまった・・・という話らしいのです。
何とも、贅沢な話です。
しかしながら、そう言う「ゆったり感」と相反するのが、全体の録音の進捗ペースです。
ワルターは一つの録音が仕上がるとほとんど日をおかずして、ほいほい・・・という感じで次の録音へと移っています。そのペースは一つの録音を仕上げていたときと全く同ペースであり、何の躊躇いもなく次の作品の録音へと移行しています。
率直に言って、安直と言えばこれほど安直な録音の進め方はありません。
しかし、そう言う安直さの原因は、この一連の録音を聞いてみればその理由はすぐに了解できます。
この録音におけるワルターは、明らかに、今まで自分が演奏してきたベートーベンの交響曲を、もう一度恵まれた環境の中で、そしておそらくは自分の楽しみということも否定しない心構えのもとで演奏しています。結果として、言葉の正確性が欠けるかもしれませんが、ワルターの持っている「モーツァルト的本能」が「素」のままに発揮された音楽になっています。音楽は基本的に気持ちよく、そして実に大らかに横へ横へと流れていきます。
その大らかさが、作品によってはあまりにも緩いと思わざるを得ないことも事実です。
しかしながら、それがツボにはまるような音楽だと、他では聞けないような魅力にふれることができるのも事実です。
その一番良い例が、おそらくは第2番の第2楽章でしょう。この音楽をこんな風に歌わせる事ができる指揮者は悲しいかな、今や絶滅してしまいました。
同じように、第9の「Adagio molto e cantabile」、4番の「Adagio 」そして、「田園」!!のように、ベートーベンの「歌」が前面に出た部分ではワルター以外では聞くことのできない世界が堪能できます。
しかしながら、これは私の偏見かもしれませんが、音楽を煉瓦を積み上げるように構築するのと、聞き心地がいいように横へと流していくのでは、おそらく手間がかかるのは前者の方でしょう。前者のやり方で聞き手を納得させるには、それこそ見事な建築物を作り上げないといけません。
そして、そのような立派な構築物を仕上げようとすれば、地味でしんどい作業が連続します。そして、そう言うしんどい仕事を積み上げていったとしても、途中でヘボがいれば一瞬にして建物が崩壊することだってあります。
そう言う意味では、指揮者にとってもオケにとっても骨の折れる仕事です。
そして、ヨーロッパからアメリカに亡命したワルターも、そう言う骨の折れる仕事を通してアメリカでも巨匠と呼ばれるようになったのです。
しかしながら、このコロンビア響との仕事では、そう言う骨の折れるしんどい仕事は一切していないようです。
話は少しばかり横道にそれますが、そう言う骨の折れる仕事を最後の最後までやり遂げた男がクレンペラーでした。こういうワルターの緩めの演奏を聴かされると、あらためてクレンペラーという男は異形の天才であったことを思いしらされます。
と言うことで、トータルとして見れば、ベートーベンの交響曲を聞きたいと思ったときに、おそらくはファーストチョイスにはならいでしょうし、もしかしたらセカンドチョイスにもならないかもしれません。
そのことは否定しません。
しかし、色々なベートーベンの録音を聞きあさった後にここに帰ってくれば、戦争の世紀であった20世紀を必死の思いで生き抜いた心優しき男の笑顔にふれることができて、しばし心癒され、そしてほんのちょっぴりの勇気をもらえるような音楽あることも事実です。
やはり今もって、忘れ去ってしまうにはあまりにも惜しいと言わざるを得ない録音です。
よせられたコメント 2014-01-03:ほんのむし 彼のベートーヴェンは偶数番号のものが良いという風評があります(すると奇数番号のものはあまり良くないといったニュアンスになります)。ロマン主義者ワルターの最晩年の録音ですし、スピード感は期待できそうにない。俊敏な近頃の演奏に慣れた耳にはどうだろう、と思っていました。ところが、なかなかよい。力強く推進するし、剛毅でありながら温かみもある。評論家の思いつきに耳を貸して損をしたような気分です。いい演奏を聴くことができました。
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