ベートーベン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19
(P)アラウ ガリエラ指揮 フィルハーモニア管 1958年録音
Beethoven:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19 「第1楽章」
Beethoven:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19 「第2楽章」
Beethoven:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19 「第3楽章」
一番最初に完成したピアノ協奏曲
この作品は現在は第1番とされているハ長調のピアノ協奏曲よりも早く作曲されていて、完成も1795年頃だろうと推測されています。これがいわゆる第1稿と言われるものですが、その後ハ長調のピアノ協奏曲を作曲する過程で不満を感じるようになったようで1798年に大幅な改訂作業を行いプラハにおいて初演が行われました。
その後、1801年にピアノのパート譜をきちんとした楽譜の形に書き込んで作品19として出版されたわけです。ただし、第1番の協奏曲には自信をこめて「大協奏曲」と題して出版したのに対して、こちらの方は控えめに「協奏曲」として出版されました。ベートーベン自身も「この曲は自分の作品にとって最良のものではない」と記しています。
オーケストラの編成は第1番と比べるとかなり小さくて、ティンパニもクラリネットも省かれています。聞いてみれば分かるように、この作品は明らかにモーツァルトのピアノコンチェルトを想起させます。金管楽器としてはホルンしか使われていないこともあって、全体的にはとても優雅な雰囲気が前面にでていて、ベートーベンらしいアクティブな面は第1楽章の冒頭などに少し感じ取れるぐらいです。
ベートーベンのピアノ協奏曲の中では一番影の薄い作品と言わざるを得ません。
アラウ&ガリエラの最良のパフォーマンス
アラウのベートーベンのコンチェルトと言えばハイティンク&コンセルトヘボウ管弦楽団やデイヴィス&シュターツカペレ・ドレスデンとの録音が思い浮かびます。しかし、少なくない人が、このガリエラ&フィルハーモニア管との録音をベスト・チョイスに押しています。
デイヴィスとの録音を調べてみるとこんなキャッチコピーがつけられているのを発見しました。
「ベートーヴェンの大家として知られたアラウ晩年の名演。見通しのよい澄み切った晩年の境地の結実を思わせる第4番、そして重厚なピアニズムの健在ぶりを示す『皇帝』という具合に、作品を隅々まで知り尽くした彼ならではの余裕が、聴き手に大きな感動と充足感を与えてくれます。」
なるほどね・・・^^;。
この時アラウは既に80歳を超えていたのですから仕方のないことなのでしょうが、既に全盛期のテクニックも勢いも失っていて、かなり「緩褌」の演奏になっていました。そんな演奏を「重厚なピアニズム」とか「余裕」などと表現するのはこの世界の常套手段ですから気をつけないといけません。
しかし、60年代に録音されたハイティンクとの演奏にはそのような緩いところは見受けられません。
こちらのキャッチコピーは「アラウ全盛時の録音。テンポは遅いのだが,遅さを感じさせない。力強いが重々しくなく,明晰で明るい音色ながら軽々しくない。受け狙いもなく必要以上の感情移入もない。論理的だが冷たさはない。また若きハイティンクのはぎれよい指揮とも合っている。」となっています。
いい物は、そのいいところを素直に表現すればいいので、曖昧な表現を使わなくてもいいのですね。
しかし、困ったことは、アラウの代表盤として生き残ったのは、あとから録音された「緩褌」演奏の方だったと言うことです。そして、アラウと言えば遅めのテンポで何だか彫りの浅い平べったい音楽を作る人だという印象を持たれてしまった原因にもなっているのでしょう。
ただし、その責任の半分は、ネームバリューに寄りかかって安易な録音を促したレコード会社にあるとして、残りの半分はそんな申し出を受け入れたアラウ本人にもあります。そんな類の録音を聞かされるたびに、「誰か止めるやつはいなかったのか!」などと思ってしまいます。
ですから、この50年代に録音されたガリエラ&フィルハーモニア管との録音などは、LP時代に既に姿を消してしまって、その後はCD化されることもなく、中古レコード屋をかけずり回っても滅多に出会うことはないという「レア盤」の仲間に入ってしまいました。
そんなレア盤がこのようにふたたび日の目を見ることになったのは、今さら言うまでもなく、隣接権が消滅して「パブリックドメイン」となったからです。
そして、そのおかげで、アラウの全盛期の凄さをだれもが簡単に確認することができるようになりました。
80歳を超えてから録音したデイヴィス盤と比べると、これはまるで別人です。音楽そのものに素晴らしく勢いがあり、アラウのピアノも冴え冴えとした響きで「気品」の高さを感じさせてくれます。そして、この演奏は確かにアラウのピアノが素晴らしいのですが、それと同じくらいにガリエラの指揮も秀逸です。
実に颯爽としていてオケを十分にならしきりながら、決してソリストの邪魔にはなっていません。
ソリストの邪魔にはなっていないが、とりあえずオケがバックで鳴っていますというタイプ(これが一番多い!!)、またはソリストのことなんかあまり気にせずにオケを鳴らしきっているというタイプ(いわゆる指揮者が巨匠だったときに多い!!)は結構いますが、こういうガリエラのような指揮者は本当に貴重な存在です。
このガリエラという指揮者は、この時代に多くの有名ソリストの伴奏指揮者として多くの録音を残していますが、今ではほとんど忘れ去られた存在となっています。
そう言う意味で、アラウにとってもガリエラにとっても、彼らの最良のパフォーマンスがふたたび日の目を見ることになったことは喜ばしいことです。
よせられたコメント
2011-07-25:カンソウ人
- 第2番の協奏曲、5曲の中では割と好きです。第1番は大学の教育学部の卒業演奏会で毎年のように演奏されていて、ピアノボックスでよく聞こえていたので・・・。
それが嫌な印象を残しているのかも知れません。曲のプロポーションも、も一つです。
第2番は、クレイジーキャッツの桜井センリが芥川さんのラジオ番組のゲストで出ていたときに、リクエストされていて「これがいいんだ」と力説しておられたのを思い出しました。
ケンプのスレレオ盤やバックハウス、グルダ、グールド。演奏会で演奏することが比較的以上に少なくて、演奏家にとっても新鮮なのかもしれないです。第一楽章の第一テーマが、下降音形で押し付けがましくないのが気に入っているのかもしれません。第1番と第3番は押し付けがましくないですか。どう思います?
中学校時代の話です。
東芝の廉価盤のシリーズにアラウの協奏曲はたくさん入っていて、皇帝は友達の誰かが買っていて、自分は2と4のコンビを買ったのだけれど、誰も借りて聴こうとはしませんでした。中学生には、3と5のコンビが人気がありました。フィリップスのハイティンクとの共演は、聴く機会がありませんでした。高いから中学生は買えなかった(ハハハ)
社会人になってからですが、アラウは結構高齢になるまで録音をしていて、御本人もピアニストの先輩たちの事を批判していていました。ケンプは自分を作曲家と定義していて練習はあまりしていなかった。フィッシャーは、若い時からあまり練習をしていなかった。などと。さすがにバックハウスの事は何も言ってなかったです。
なので、彼らほど技術的に衰えることなく高齢を迎えていました。ピアノの音も、独特の肩の力の抜けた快い響きがしていました。テンポはさすがにゆっくりでした。
ユングさんの、意見に反対される方もおられるかもしれません。しっかりと時間を掛けて練習をして、衰えを緩やかに、技術的にも音楽的にも工夫したのが、ピアニストアラウの晩年でした。その意味では良心的です。ケンプやフィッシャーほどに、レッスンに時間を掛けていなかったかもしれません。彼らの薫陶を受けた人は多いですよね。
コリン・デービスとの第4番は結構好きな演奏でした。曲が許すのでしょうね。皇帝ならどう思ったか?
FMで聴いた、来日時のライブのシューマンの交響的練習曲は、技術の都合でリズムが変型していたように思いました。音は柔らかくてきれいなのですが・・・。終演の凄い拍手で、あれを聴いて拍手を自分は出来ないな。尊敬はしても、録音だけにしたらよいのになんて思いました。
ガリエラは、まじめすぎるかな?独奏者の世界に踏み込んでも良いのに。も少し独奏者を発奮させるような感じ。も少しです。
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