モーツァルト:ヴァイオリンソナタ第25番 ト長 K.301(293a)
(P)クララ・ハスキル (Vn)アルテュール・グリュミオー 1958年10月16~17日録音
Mozart:ヴァイオリン・ソナタ第25番 ト長調 K.301(293a) 「第1楽章」
Mozart:ヴァイオリン・ソナタ第25番 ト長調 K.301(293a) 「第2楽章」
マンハイム・ソナタ:作品番号1のK301〜K306と愛らしいピエロンに捧げられたK296
モーツァルトが本当の意味でヴァイオリンソナタの作曲に着手するのは就職先を求めて母と一緒にマンハイムからパリへと旅行したときです。このとき、モーツァルトはマンハイムにおいてシュスターという人物が作曲した6曲のヴァイオリンソナタに出会います。モーツァルトはこのときの感想を姉のナンネルに書き送ってます。
「・・・わたしはこれらを、この地ですでに何度も弾きました。悪くありません。・・・」
「悪くありません。」・・・この一言がモーツァルトから発せられるとは何という賛辞!!
残念なことに、モーツァルトを感心させたシュスターの作品がどのようなものかは現在に伝わっていません。しかし、それらの作品が、従来のピアノが「主」でヴァイオリンが「従」であるという慣例を打ち破り、その両者が「主従」の関係を交替しながら音楽を作り上げていくという「交替の原理」にもとづくものであったことは間違いありません。
モーツァルトは旅費を工面するために引き受けたド・ジャンからのフルート作品の作曲にうんざりしながら、その合間を縫ってヴァイオリンソナタを作曲します。このうちの5曲(K301・K302・K303・K305・K296)はマンハイムで完成し、残りの2曲(K304、K306)はパリへ移動してから完成されたと言われています。そして、K301〜K306の6曲はプファルツの選帝候妃に作品番号1として、そしてK296はマンハイムで世話になった宿の主人の愛らしい娘、テレーゼ・ピエロンに捧げられています。
私たちが、モーツァルトのヴァイオリンソナタとしてよく耳にするのはこれ以降の作品です。
モーツァルトは選帝候妃に捧げた作品番号1の6曲について、明確に「ピアノとヴァイオリンのための二重奏曲」と述べています。そして、あまりにも有名なホ短調ソナタを聴くときに、何かをきっかけとして一気に飛躍していくモーツァルトの姿を見いだすのです。
そこでは、ピアノとヴァイオリンはただ単に交替するだけでなく、この二つの楽器が密接に絡み合いながら人間の奥底に眠る深い感情を語り始めるのです。アインシュタインが指摘しているように、「やがてベートーベンが開くにいたる、あの不気味な戸口をたたいている」のです。
さらに、作品番号1の最後を飾るK306と愛らしいピエロンのためのK296は、当時のヴァイオリンソナタの通例を破って3楽章構成になっています。この K296は第2楽章がクリスティアン・バッハのアリア「甘いそよ風」による変奏曲になっていて、実に親しみやすい作品です。また、K306の方は、K304のホ短調ソナタとは打って変わって、華やかな演奏効果にあふれたコンチェルト・ソナタに仕上がっています。
才能あふれる若者を引き立てようとしたココロ穏やかな音楽
2010年が明けました。普通はこの後に、2009年のあれこれのふりかえりや反省などとともに新しい年への希望や抱負などが続くのですが、このサイトでは、「1959年にリリースされた音源が新しくパブリックドメインになりました」となります。(^^v
さて、この1959年という年を振り返ってみると、実にみのり豊かな年であったことに気づかされます。
リヒターの「マタイ受難曲」やショルティの「ラインの黄金」は言うまでもなく、その後長くスタンダードの位置を占めるようになる録音が数多くリリースされた年でした。
さて、その中から、新年の最初を如何にと熟慮した末に(?)選んだのが、このハスキル&グリュミオーによるモーツァルトのヴァイオリンソナタです。
まず何と言っても、グリュミオーのヴァイオリンの音が美しい!!そして、録音の方も申し分なしで、その美音を実に見事にすくい取っていて不満は全く感じません。もちろん、ただ音が美しいだけでなく、グリュミオーのヴァイオリンはモーツァルトの音楽にこめられた「歌心」を見事に描ききっています。
少し残念なのは、ハスキルがグリュミオーのサポートに徹しきっているのか、いささか控えめなことです。たとえば、ホ短調ソナタの第2楽章などは、もっと零れるような涙のしずくを感じさせるように弾くことだって可能だと思うのですが、何故か彼女はそうしていません。あくまでも控えめにふるまってグリュミオーの美しさを際だてようとしています。
しかし、考えようによってはこういうの演奏は希有な存在です。芸の世界は目立ってなんぼ・・・です。それをあえて、自分を殺してまでも相手の美点をひきたてようとしているのですから。
確かに、ヴァイオリンとピアノがしっかりと自己主張して丁々発止のやりとりをするのを聞くのも耳福ではあります。
しかし、一つの世界を築き上げた老人(ハスキル63歳)が、才能あふれる若者(グリュミオー37歳)を引き立てようとした演奏は、実にしみじみとココロ穏やかにさせてくれて、これまた耳福であります。
弱肉強食を是とし、その中で他人を出し抜いてでも前に出ることを賛美してきた社会が醜くも崩壊する様を見せつけられた後では、こういう音楽はまさに(あまり使いたくない言葉ですが・・・)、一つの「救い」であるのかもしれません。
よせられたコメント
2018-01-21:Yutaka Inada
- 「この録音から既に半世紀以上が経過したのですが、これよりも美しいモーツァルトのヴァイオリンソナタは未だに生まれていないように思います」とのご意見に賛同します。私は、まだ寒い早春の日だまりで、ハスキルとグリュミオーのこの一連のヴァイオリン・ソナタを聞くのが、とても好きです。
2023-10-21:クライバーファン
- あまり良さが分かりませんでした。
グリュミオー、ハスキルともに、特に音が美しいと思わなかったです。
ですが、これは名盤として知られたものなので、私の感性の問題によるところが大きいのかもしれません。
第2楽章の中間部のシチリアーノ風のメランコリーを高橋英郎は「ハイドンやほかの人たちには書けない、感性の深さがある。」と書いていて、そこの部分はたしかに良いとは思いました。でもハイドンが本当に書けないのでしょうか?この手の記述を見ると、ますます懐疑的になります。ハイドンのヴァイオリン・ソナタがあるか知りませんが聞きたくなりました!
2024-09-19:Duke Nyan
- 第2楽章のハスキルのピアノが、節度ある演奏で、グリュミオーのバイオリンをもり立てています。余裕のある押さえ方がされていて、聴いていても疲れません。
演奏は全体でいかほどなので、所詮はチームプレーだと思います。相手が演奏しやすく、なおかつ出しゃばれるときにはやらせてもらうくらいがいいのではと思います。日頃、ジャズのセッションをしていて、ウッド・ベースとして、いつも聴いてくださるお客さんの表情を見ています。
【最近の更新(10件)】
[2024-11-21]
ショパン:ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調, Op.11(Chopin:Piano Concerto No.1, Op.11)
(P)エドワード・キレニ:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ミネアポリス交響楽団 1941年12月6日録音((P)Edword Kilenyi:(Con)Dimitris Mitropoulos Minneapolis Symphony Orchestra Recorded on December 6, 1941)
[2024-11-19]
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77(Brahms:Violin Concerto in D major. Op.77)
(Vn)ジネット・ヌヴー:イサイ・ドヴローウェン指揮 フィルハーモニア管弦楽 1946年録音(Ginette Neveu:(Con)Issay Dobrowen Philharmonia Orchestra Recorded on 1946)
[2024-11-17]
フランク:ヴァイオリンソナタ イ長調(Franck:Sonata for Violin and Piano in A major)
(Vn)ミッシャ・エルマン:(P)ジョセフ・シーガー 1955年録音(Mischa Elman:Joseph Seger Recorded on 1955)
[2024-11-15]
モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番「狩」 変ロ長調 K.458(Mozart:String Quartet No.17 in B-flat major, K.458 "Hunt")
パスカル弦楽四重奏団:1952年録音(Pascal String Quartet:Recorded on 1952)
[2024-11-13]
ショパン:「華麗なる大円舞曲」 変ホ長調, Op.18&3つの華麗なるワルツ(第2番~第4番.Op.34(Chopin:Waltzes No.1 In E-Flat, Op.18&Waltzes, Op.34)
(P)ギオマール・ノヴァエス:1953年発行(Guiomar Novaes:Published in 1953)
[2024-11-11]
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調, Op.53(Dvorak:Violin Concerto in A minor, Op.53)
(Vn)アイザック・スターン:ディミトリ・ミトロプーロス指揮 ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団 1951年3月4日録音(Isaac Stern:(Con)Dimitris Mitropoulos The New York Philharmonic Orchestra Recorded on March 4, 1951)
[2024-11-09]
ワーグナー:「神々の黄昏」夜明けとジークフリートの旅立ち&ジークフリートの葬送(Wagner:Dawn And Siegfried's Rhine Journey&Siegfried's Funeral Music From "Die Gotterdammerung")
アルトゥール・ロジンスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニ管弦楽団 1955年4月録音(Artur Rodzinski:Royal Philharmonic Orchestra Recorded on April, 1955)
[2024-11-07]
ベートーベン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調 作品58(Beethoven:Piano Concerto No.4, Op.58)
(P)クララ・ハスキル:カルロ・ゼッキ指揮 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団 1947年6月録音(Clara Haskil:(Con)Carlo Zecchi London Philharmonic Orchestra Recorded om June, 1947)
[2024-11-04]
ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調, Op.90(Brahms:Symphony No.3 in F major, Op.90)
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1952年9月29日&10月1日録音(Arturo Toscanini:The Philharmonia Orchestra Recorded on September 29&October 1, 1952)
[2024-11-01]
ハイドン:弦楽四重奏曲 変ホ長調「冗談」, Op.33, No.2,Hob.3:38(Haydn:String Quartet No.30 in E flat major "Joke", Op.33, No.2, Hob.3:38)
プロ・アルテ弦楽四重奏団:1933年12月11日録音(Pro Arte String Quartet]Recorded on December 11, 1933)