モーツァルト:弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516
バルヒェット四重奏団 1950年代初めの録音
Mozart:弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516 「第1楽章」
Mozart:弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516 「第2楽章」
Mozart:弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516 「第3楽章」
Mozart:弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516 「第4楽章」
モーツァルトならではのファンタジーがあふれ出すスタイル

弦楽四重奏と言えばヴァイオリン2丁にヴィオラ、チェロそれぞれ1丁と相場は決まっています。しかし、五重奏となるといろいろなバリエーションが出てきます。
低声部を強化するためにチェロを追加するのか、はたまたオケの弦楽五部のようにコントラバスを追加するのか、または、内声部を強化するためにヴィオラを追加するのか、一口に弦楽五重奏と言っても、カルテットを基本としながらも、そこに何を追加するのかで音楽の雰囲気は随分と変わってきます。
そこでモーツァルトですが、彼はディヴェルティメントの編曲版も加えると生涯に弦楽五重奏を6曲書いていますが、その全てがヴィオラを追加するスタイルで書かれています。
こんな事を書くとお叱りを受けるかもしれませんが、どうも弦楽四重奏というスタイルはモーツァルトにとって窮屈なスタイルだったようです。よく知られている話ですが、スコアを書くときには作品はすでに頭の中で仕上がっていたと言われるモーツァルトも、弦楽四重奏だけは何度も書き直して推敲した後が残っていました。つまり、あふれ出すイメージとファンタジーだけでは作品としては完成しきれない厳格さを弦楽四重奏はもっているということです。そう言う意味で、このスタイルを完成させたのがベートーベンだったというのは実に納得のいく話です。
ところが、そこにヴィオラを1丁追加するだけで、モーツァルトは途端にその窮屈さから解放され、モーツァルトならではのファンタジーがあふれ出します。弦楽四重奏ではどこか窮屈に身を屈めていたのが、五重奏になると元の自由を取り戻しているように聞こえます。もちろん、モーツァルトの弦楽四重奏が駄作であるはずはありませんが、しかし。そこにクラリネットを追加したり、ヴィオラを追加して五重奏にした方が、はるかにモーツァルトらしい音楽が聞けるように思えますが、いかがなものでしょうか。
<弦楽五重奏曲第1番 変ロ長調 K.174>
ミヒャエル・ハイドンの弦楽五重奏曲を聞いた事が作曲の動機だと言われています。モーツァルトは新しいスタイルの音楽を聞くと自分も同じようなものを書く衝動に駆られる事が多かったようです。ただし、きっかけとなった作品をはるかに上回る形で創作しないと気が済まないという、後世の音楽愛好家にとっては実に有り難いおまけがついていました。時期的には、3度目のイタリア旅行から帰ってきた1773年の春頃だとされています。
ただ、さすがのモーツァルトもこの段階ではこの形式を十分にこなし切れておらず、ディヴェルティメントのような雰囲気を残しています。ただ、モーツァルトにしては珍しく、ミヒャエル・ハイドンの新作を聞いたことがきっかけで、その年の暮れに大幅な改訂を施しています。とりわけ、メヌエット楽章のトリオとフィナーレの楽章をほとんど「新作」か思うほどに書き直しています。とりわけフィナーレ楽章はかなり複雑なものに変貌していて、ザスロー先生は「4つの楽章の重みを平均化しようとしたのかもしれない」と述べています。
<弦楽五重奏曲第2番 ハ短調 K.406 (516b)>
<弦楽五重奏曲第3番 ハ長調 K.515>
<弦楽五重奏曲第4番 ト短調 K.516>
ウィーン時代の終わりに、モーツァルトはディヴェルティメントの改作も含めて、3つの弦楽五重奏曲を残しています。おそらくは、人気絶頂だった時代に3曲のピアノ協奏曲を筆写譜として販売して大成功したことを思い出しての試みだと言われています。しかし、すでにウィーンの公衆から見放されていたモーツァルトの音楽にお金を出す人はなく、結局は叩き売りの状態で出版社に譲り渡すことになりました。
しかし、ハ長調とト短調の二つの作品こそは、人類が書いた最高の室内楽作品の一つであることは疑う余地がありません。あのアインシュタインは、ハ長調のクインテットの冒頭を「誇らかで、王者のようで、運命を孕んでいる」と述べています。そして、ト短調の冒頭は「かなしさは疾走する。涙は追いつけない。(小林秀雄)」のです。
ディヴェルティメントを改作したハ短調は作曲家としての良心にいささか反する面はあるでしょうが、それでも行事の終わりとともに消え去る運命にある機会音楽としてのディヴェルティメントを永遠に残したいという思いはあったでしょうから、悪い作品ではありません。特にそのフィナーレは「ハ短調コンチェルトの精神を先取りしている」とアインシュタインは述べています。
鄙びた素朴さの中にえもいわれぬロマンと気品が漂ってくる演奏です
世間では仏VOXの中古レコードが5〜6万円の値段で市場に出回っています。一般的にはほとんど忘れ去られた存在ですが、マニアの間では未だに根強い支持があることがそのあたりからもうかがうことが出来ます。
演奏の特徴はお聞きいただければ分かるように、昨今のハイテクカルテットとは対極にあるものです。ひと言で言えば鄙びた演奏ですが、その鄙びた素朴さの中にえもいわれぬロマンと気品が漂ってくるのが魅力なのでしょう。
そう言えば、昔こんな事を書いたことがあります。
「今の弦楽器奏者というのは小さい子どもまでも本当にお上手なんですね。そして、その上手さをフルに生かして、みんな細身の音でキコキコと演奏してくれます。
どうして、誰も彼もがクレーメルになりたがるのでしょう?
ユング君はそう言うクレーメルのコピーみたいな演奏を聴かされるたびに、クレーメルは一人でいいんだ!!と叫んでしまいます。」
ですから、こういう演奏を聴かされるとホッとします。
なお、バルヒェットの略歴については以下を参考にしてください。「急逝」と言うのは、交通事故で亡くなったと聞いたことがあります。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ドイツのシュトゥットガルトに生まれヴュルツブルクの音楽院で学んだ。1943年からリンツ・ブルックナー管弦楽団の団員となるが、大戦終了後ドイツに戻り、カール・ミュンヒンガーが主宰するシュトゥットガルト室内管弦楽団のコンサート・マスターに就任する。 この時期にヴィヴァルディの四季をはじめとして多くの録音を行っているが、1952年に室内楽に専念するためにその任を辞し、バルヒェット四重奏団を結成し、精力的に活動を行い、オイロディスク・レーベルにベートーヴェンの弦楽四重奏曲を録音した他、後にエラート・レーベルにジャック・ランスロなどと共演してモーツァルトのクラリネット五重奏曲などを録音している。 1955年に、再びプフォルツハイムの南西ドイツ室内管弦楽団のコンサート・マスターに就任し、ソロ活動を再開させ、ダルムシュタット音楽院の教授にも就任する。バッハのヴァイオリン協奏曲やブランデンブルク協奏曲などの名演を同オケとオイロディスク・レーベルに残している他、ロベール・ヴェイロン=ラクロワとバッハのヴァイオリン・ソナタやクルト・レーデル指揮ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団と再びブランデンブルク協奏曲やヴィヴァルディの四季などを録音している。 1962年にドイツ・バッハ・ゾリステンのメンバーとして初来日するが、その年の7月5日、急逝した。
よせられたコメント
2009-10-04:カンソウ人
- モーツアルトの音楽で最もすぐれたものはどれかと尋ねられたら、「フィガロ、魔笛」等のオペラ、20番台以後のピアノ協奏曲、39〜41番の交響曲、レクイエムであろうと思う。編成が大きくなるほど時間が長くなるほど優れているように思う。ベートーベンやバッハならば、ミサソレムニスやマタイ受難曲も素晴らしいが、弦楽3重奏やピアノソナタ、後期のバガテレ、平均律や3声のシンフォニアなども同列に素晴らしい。編成や時間を超えて濃密な時間を作ることができる。ピアノソナタや弦楽四重奏がだめだなどとは言っていません。何か、広がっていくものをモーツアルトにはあるように思います。バッハやベートーベンのような、ミクロコスモスを作ることは出来なかった。(そういう才能はないから)しようとも思わなかった。余りにも、大ざっぱな議論です。反論はあろうと思います。
弦楽五重奏曲は弦楽四重奏曲より好きです。弦楽四重奏は抜けた感じがするのです。
2012-07-06:oTetsudai
- バルヒェット四重奏団の名前をどこかで聞いたことがあるなあ、と思ってレコード棚をさぐったら、OS-564-Rという、ランスロと共演したモーツァルトのクラリネット五重奏曲のレコードが出てきました。これはB面で、A面はクラリネット協奏曲(共演パイヤール室内管弦楽団)です。当時これでクラリネット協奏曲の第二楽章のファンになりました。
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