クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ベートーベン:ピアノソナタ第27番 ホ短調 作品90

(P)ケンプ 1951年9月21日録音





Beethoven:ピアノソナタ第27番 ホ短調 作品90 「第1楽章」

Beethoven:ピアノソナタ第27番 ホ短調 作品90 「第2楽章」


人生におけるもっとも困難な時期の作品

社会的な名声の高まりと、それとは裏腹な創作力の衰え。さらに私生活における様々な困難や最後に望みを託した結婚への試みの失敗、それに伴う深い絶望感。

まさにベートーベンの人生におけるもっとも困難な時期に生み出されたのがこのピアノソナタです。
確かにワルトシュタインや熱情に代表されるような中期様式のソナタとは全く異なった作品となっていますが、後期様式の深みにも到達していません。
ある意味では中途半端な存在ですが、そこにこそこの時期のベートーベンのスランプの一端がうかがえます。

また弟子のシンドラーの質問に対して、「第1楽章は理性と感情の争い、第2楽章は恋人の会話」と語ったと伝えられていますが、これもどこまで真意であったかは疑問です。おそらくはあまりのしつこさに適当に答えたというのが真相でしょう。

ピアノソナタ27番 Op.90 ホ短調

第1楽章(速く、そして終始感情と表情を持って)
 ホ短調 4分の3拍子 ソナタ形式
第2楽章(速すぎないように、そして、十分に歌うように演奏すること)
 ホ長調 4分の2拍子 ロンド
実に叙情的で歌心にあふれた音楽。後期様式への入り口が開きかけていることがうかがえる楽章です。

自然体で歌心に満ちたベートーベン


ずいぶん多くの方から、ケンプによるベートーベンをリクエストいただきました。正直言って、すでにシュナーベル、バックハウス、ナット、さらに一部欠落はあるものの準全集といえるギーゼキングとアップしているので、どうしたものかと悩んでいました。しかし、あまりにも多くの方から要望をいただき、中には「私の持っている全集を提供するのでアップして欲しい」という声までいただいたので、流石によっこらしょと重い腰を上げてこの数週間集中的にケンプのベートーベンを聴いてみました。そして、なるほど、これは多くの方が要望するだけのことはある、じつに見事な演奏だと感心させられました。

ケンプについては、ケンペン&ベルリンフィルとのコンビで録音したコンチェルトをアップしたときに少しばかり感想を書きました。
そこで、「なんとファンタスティックで深い感情に裏打ちされた演奏でしょうか。これを聴いていると、いじけた心のひだがいつの間にか伸びやかに広がっていくような心地よさに満ちています。」と書いたのですが、その言葉はこのソナタ全集の録音の方がふさわしいのかもしれません。

これは、何という伸びやかで自然体のベートーベンでしょう。堅くなったり、重くなったり、ましてや力ずくで押し切るようなところが微塵もありません。とにかく耳にしたときの心地よさは他に例を見ません。
例えば、8番のパセティックの冒頭、普通ならもっとガツーンと響かせるのが普通です。29番のハンマークラヴィーアにしても同様です。ところが、ケンプはそう言う派手な振る舞いは一切しないで、ごく自然に音楽に入っていきます。そして、その後も何事もないように淡々と音楽は流れていきます。あのハンマークラヴィーアの第3楽章にしても、もっと思い入れタップリに演奏しようと思えばできるはずですが、ケンプはそう言う聞き手の期待に肩すかしを食らわせるかのように淡々と音楽を紡いでいきます。
普通、こんな事をやっていると、面白くもおかしくもない演奏になるのが普通ですが、ところがケンプの場合は、そう言う淡々とした音楽の流れの中から何とも言えない感興がわき上がってくるから不思議です。おそらく、その秘密は、微妙にテンポを揺らす事によって、派手さとは無縁ながら人肌の温かさに満ちた「歌」が紡がれていくことにあるようです。パッと聞いただけでは淡々と流れているだけのように見えて、その実は裏側で徹底的に考え抜かれた「歌心」が潜んでいます。
おそらく、この至芸の背後にあるのはピアニストとしてのケンプではなくて、作曲家のケンプでしょう。そして、そう言う美質はスタジオでの録音よりはライブでのコンサートでこそ発揮されたと言われているケンプですが、どうしてどうして、この録音は十分すぎるほどそう言うケンプの美質がとらえられています。
もちろん、全部で32曲にも上るベートーベンのソナタを全て高いレベルを期待するのは無理というものでしょう。私見では、例えば23番のアパショナータに代表されるような、中期の驀進するベートーベンに関してはいささか物足りなさを感じます。しかし、全体としてみれば非常に高いレベルでまとめられた全集だと言えます。

また、録音に関しては大部分が51年に行われていて、ほんの数曲だけが53年と56年に行われています。ご存知のように、録音にテープが利用されるのは52〜53年からで、同じモノラル録音でもこれ以前と以後ではクオリティに大きな差があります。このケンプの録音は残念ながらそれ以前のものなので、これが後1〜2年ずれていればという思いは残ります。
ただし、万全な状態で再生すると、音楽的においしい部分は上手くすくい取っているので、この時期のものとしてベストに近いと思います。

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