シューマン ピアノ協奏曲 イ短調 作品54
(P)フライシャー セル指揮 クリーブランド管弦楽団 1960年1月録音
Schumann:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 「第1楽章」
Schumann:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 「第2楽章」
Schumann:ピアノ協奏曲 イ短調 作品54 「第3楽章」
私はヴィルトゥオーソのための協奏曲は書けない。
クララに書き送った手紙の中にこのような一節があるそうです。そして「何か別のものを変えなければならない・・・」と続くそうです。そういう試行錯誤の中で書かれたのが「ピアノと管弦楽のための幻想曲」でした。
そして、その幻想曲をもとに、さらに新しく二つの楽章が追加されて完成されたのがこの「ピアノ協奏曲 イ短調」です。
協奏曲というのは一貫してソリストの名人芸を披露するためのものでした。
そういう浅薄なあり方にモーツァルトやベートーベンも抵抗をしてすばらしい作品を残してくれましたが、そういう大きな流れは変わることはありませんでした。(というか、21世紀の今だって基本的にはあまり変わっていないようにも思えます。)
そういうわけで、この作品は意図的ともいえるほどに「名人芸」を回避しているように見えます。いわゆる巨匠の名人芸を発揮できるような場面はほとんどなく、カデンツァの部分もシューマンがしっかりと「作曲」してしまっています。
しかし、どこかで聞いたことがあるのですが、演奏家にとってはこういう作品の方が難しいそうです。
単なるテクニックではないプラスアルファが求められるからであり(そのプラスアルファとは言うまでもなく、この作品の全編に漂う「幻想性」です。)、それはどれほど指先が回転しても解決できない性質のものだからです。
また、ショパンのように、協奏曲といっても基本的にはピアノが主導の音楽とは異なって、ここではピアノとオケが緊密に結びついて独特の響きを作り出しています。この新しい響きがそういう幻想性を醸し出す下支えになっていますから、オケとのからみも難しい課題となってきます。
どちらにしても、テクニック優先で「俺が俺が!」と弾きまくったのではぶち壊しになってしまうことは確かです。
同じ方向を目指して指揮者とソリストが共同作業をしている演奏
セルとフライシャーによる録音はたくさん残っています。しかし、その後フライシャーが腕の故障でピアニストとしては第一線から長く遠ざかっていたためか、あまり重視されることなく録音テープは長く倉庫の片隅にでも積み上げられていたのではないでしょうか。
なぜならば、60年に録音されたシューマンとグリーグのコンチェルトは演奏の素晴らしさの割には録音の状態が今ひとつ冴えないのです。冴えないどころか、所々にマスターテープに傷がついたとしか思えないようなノイズまで混ざったりします。
全くもってけしからん話です。
しかし、演奏は申し分のないほどに素晴らしいです。
まず、何よりもフライシャーのピアノが紡ぎ出す冴え冴えとしたクリアな響きが素晴らしい。水晶玉がコロコロと転がるような明晰なタッチとガツーンと来るような強靱の響きが矛盾なく同居しています。
そして、実に清楚に、そして上品にロマンティックな歌が語られていきます。
ベートーベンのコンチェルトの時はフライシャーのピアノが「オケのパートであるかのように響きの中に溶けこんでい」ると書いたのですが、音楽がシューマンやグリーグだと明らかにピアノが優先ですから、ここではそこまで控えめには聞こえません。
とは言え、セルとの関係は明らかに「競演」ではなくて「共演」です。異質なものが火花を散らしあって別の次元に連れて行ってくれるような演奏ではなくて、まさに同じ方向を目指して指揮者とソリストが共同作業をしている演奏です。
その意味では、実に無理なくすっきりとシューマンやグリーグの音楽が起ち上がってきます。
とりわけグリーグのコンチェルトがもっている北国的風情がこれほど上品に表現された演奏はそんなに数多くはないでしょう。
それだけに、録音の瑕疵は実に残念です。
よせられたコメント
2011-04-16:カンソウ人
- 作曲家がピアノの名人でオーケストラの書法に詳しくない時に書かれたら、オーケルトラは薄くて伴奏のようになる。
マイケル・ポンティの弾いた「知られざるロマン派ピアノ協奏曲」の録音の数々の中にはそういう物が多い。
ロマン派の作曲家ショパンのように、古典派の作曲家モーツアルトのような、1回目の提示部に全くピアノが入らない形で書かれた物は全くないように感じた。
オーケストレーションする前には、2台ピアノの形でスケッチされるであろうから、大まかにいえばピアノ連弾の形で書かれるのと似ているはずだ。
連弾曲で低音部パートがブンチャチャチャのような伴奏の形なら、演奏する方は面白みが少ない。やっぱり絡みが多い方が良い。
フーガでは無いけれども対位法的な要素が多くて、四声態のほうが面白いのは当然だ。
ショパンのピアノ協奏曲を練習するのは、オーケストラを担当する方は面白くないのだとか。
その点でシューマンは違うのだって。
シューマンをお手本としていても、グリークはあんまり絡まない。
ショパンはピアノ協奏曲を書いた時に、あまり情報が無かった。
リストの第一番は、あまりに独特で、ソナタを基本にしていても随分形式が違う。
ピアノがオーケストラに包まれた音響では無意味な感じに思えるし、同じ旋律を違う節回しで歌っていても違和感はないほどだ。
自分には、シューマンのピアノ協奏曲は特別な曲であるように思える。
ロマン派ピアノ協奏曲の原点であるように感じる。
ピアノパート付きの、幻想曲でも交響曲でもないのが作曲者のねらいで、成功している。
「展開の可能性の低い」モチーフが、十分に展開されていて、ベートーベンの3番?5番の協奏曲のモチーフとの違いが明確にある。
最近知ったのだけれども、コルトーのきれいな録音がある。
ユーチューブで聴いた。
ひょっとすると、60年代?
指揮者がフリッチャイでコルトーの変幻自在なテンポのピアノにきっちりと付けてある。
オーケストラにピアノが包まれたような音響であるが、セルのこの演奏とは全く異なる。
主導権はコルトーが持っていて、フリッチャイはコルトーに共感を持って演奏している。
1つの様式の終末の姿が刻印されている。
そのためには、原点のシューマンのピアノ協奏曲である必要がある。
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