ベートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37(Beethoven:Piano Concerto No.3 in C minor, Op.37 [1.Allegro con brio])
(P)クララ・ハスキル:イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団 1959年12月録音(Clara Haskil:(Con)Igor Markevitch Concerts Lamoureux Recorded on Decmber, 1959)
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [1.Allegro con brio]
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [2.Largo]
Beethoven:Piano Concerto No.3, Op.37 [3.Rondo. Allegro - Presto]
悲愴でもあり情熱的でもあるコンチェルト
この作品の初演はベートーベン自身の手によって1803年に行われましたが、その時のピアノ譜面はほとんど空白だったと言われています。ベートーベン自身にしか分からない記号のようなものがところどころに書き込まれているだけで、かなりの部分を即興で弾きこなしたというエピソードが伝わっています。
偉大な作曲家にはこのような人を驚かすようなエピソードが多くて、その少ない部分が後世の人の作り話であることが多いのですが、この第3番のピアノ協奏曲に関するエピソードはどうやら事実だったようです。
つまりは、この作品に関して言えば、ベートーベン自身も満足のいかない部分がいつまでも残り続けて、それ故に最後の「完成形」がなかなか得られなかったのでしょう。
この作品は残された資料から判断すると1797年頃から手を着けられて、1800年にはほぼ完成を見ていたようです。
ところが、気に入らない部分があったのか何度も手直しがされて、とうとう初演の時に至っても完成を見なかったためにその様なことになってしまったらしいのです。
結局は、翌年に彼の弟子に当たるリースなる人物がウィーンでピアニストとしてデビューすることになり、そのデビューコンサートのプログラムにこの協奏曲を選んだために、他人にも分かるように譜面を完成させなければいけなくなって、ようやくにして仕上がることになりました。
ヒラーは手紙の中で「ピアノのパート譜は完全に仕上がっていなかったので、ベートーベンが自分のためにはっきりと分かるように書いてくれた」とうれしそうに記していたそうです。
そんなこんなで、随分な回り道をして仕上がったコンチェルトですが、完成してみると、これは実にもう堂々たるベートーベンならではのダイナミックでかつパセティックな音楽となっています。
過去の2作に比べれば、オーケストラははるかに雄弁であり、ピアノもスケールが大きく、そして微妙なニュアンスにも富んだものとなっています。
ただし、作品全体の構成は伝統的なスタイルを維持していますから1番や2番の流れを引き継いだものとなっています。
ところが内容的には4番や5番に近いものをもっています。
そう言う意味において、この3番のコンチェルトは過渡期の作品であり、ベートーベンが最もベートーベンらしい作品を書いた中期の「傑作の森」の入り口にたたずむ作品だと言えるかもしれません。
ベートーベンも結構演奏していたんだ
ハスキルといえばモーツァルト、モーツァルトといえばハスキルというくらいイメージがしみ込んでいるためか、彼女のベートーベン演奏にはほとんど目が向いていませんでした。
しかし、調べてみると結構録音を残していて、コンサートなどでも取り上げる機会は少なくなかったようで、己の思い込みにいささかあきれてしまいました。
とはいえ、すぐに気づいたのは、それなりに録音もしているものの、その取り上げ方が著しく偏っていることです。
ソナタでいえば17番「テンペスト」と18番「狩り」のみ、コンチェルトでいえばほぼ第3番のみで、他の作品は一切ナッシングのようなのです。
コンチェルトに関しては第4番のライブ録音は存在するようなのでレパートリー率は無理やり40パーセントということにするのは可能なのかもしれません。しかし、ソナタに関しては「テンペスト」と「狩り」のみというのはいくら何でも偏りすぎています。レパートリー率でいえば(電卓で計算してみれば)わずか6.25%です。
それでもごく稀にしかベートーベンのソナタを演奏しなかったというならば分からないのではないのですが、この2曲に関してはいくつものスタジオ録音が存在していて、コンサートでもよく取り上げているのですから、この「テンペスト」と「狩り」への偏愛ぶりにかんしては「はて?」と言いたくなってしまいます。
さらに、彼女が亡くなる直前に行われた1960年の録音には以下のようなエピソードが残されています。
ハスキルは1951年からレマン湖のほとりにあるヴヴェイという町に居を構えていました。このヴヴェイの街にはマッカーシー旋風による赤狩りによってアメリカを追放になったチャップリンも居を構えていました。
二人はすぐに親しい仲となり、ハスキルはよくチャップリン宅を訪れて、ピアノ演奏を聴かせていたそうです。そんなハスキルやチャップリンを街の人はとても大切な存在として受け入れていたのです。
ですから、1960年の「テンペスト」と「狩り」の録音はハスキルの自宅で行われたのですが、録音の際はハスキルの自宅周辺は交通が遮断されて、車の雑音が録音の妨げにならないようにヴヴェイの町当局が全面協力したそうなのです。
聞くところによると、吉田秀和氏は「シューマンはよいが、ベートーヴェンは力強さに欠ける」と書いていたそうですが、この二つの録音に関してはそんな弱さは感じません。チャップリンが語ったように「彼女のタッチは絶妙で、表現は素晴らしく、テクニックは並外れていた」という言葉がそのまま当てはまります。
また、そのことはマルケヴィッチとラムルー管と録音した第3番の協奏曲でも同様です。間違っても、マルケヴィッチはハスキルに弱さがあってそれをカバーしようとして助けを出すようなことはしていません。もちろん、火花を散らしてやりあうことまではしていないのですが、お互いの音楽性を尊重して二人して素晴らしいベートーベンを作り上げようとしています。
考えてみれば、ハスキルは病弱ではあったのですが、その突然の死は病によるものではなくて不幸な転倒による事故でした。結果的には最晩年となったこの時期にショパンやファリャのコンチェルトを録音するなど、新しい世界に踏み込もうという意欲に満ちていました。
あの不幸な事故さえなければ、私たちはもっと素晴らしいハスキルのベートーベンを聞けたのかもしれません。
よせられたコメント 2024-06-29:yk ハスキルのレパートリーの偏重ぶりと言うのはベートーヴェンだけではありませんね。彼女の演奏レパートリーの代表の様にも言われるモーツアルトですが、コチラ協奏曲は6-7曲弾いていますが、ソナタに至っては録音に残っているのは恐らくK.330とK.280の2曲だけで、ベートーヴェンに優るとも劣らぬ偏重ぶりです。こういった偏重ぶりは彼女の場合どうやら単純に”レパートリーが狭い”と言うものではないようで(彼女が日常自宅で弾いていた曲目など見るとリストとかラフマニノフからスクリャービンなんて言うのまではカバーしている)、彼女なりの”拘り”と言うか”選択”と言うか、があるんだろうと思われますが、それも単なる”完璧主義”と言うものでもない様な・・・・(何しろグリュミオーが望めばあれほど簡単にベートーヴェンのヴァイオリンソナタ全曲録音には付き合っている!)。
彼女のレパートリー偏重の真相には良く解らないところがありますが、そこに彼女独特のポリシー、美意識と言ったものの断片の様なものを探してみるのも興味深いものが在ります。 2024-07-13:hiro 曲の説明が4番になっていると思われます。(管理人:ご指摘感謝、早速に訂正しました)
演奏はこのコンビらしくスリリングだと思っていつもたのしんでいます。シューマンもこの組み合わせできいて見たかった。
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