モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581
(Cl)ベニー・グッドマン:ボストン・シンフォニー四重奏団 1956年7月12日録音
Mozart:Clarinet Quintet in A major, K.581 [1.Allegro]
Mozart:Clarinet Quintet in A major, K.581 [2.Larghetto]
Mozart:Clarinet Quintet in A major, K.581 [3.Menuetto]
Mozart:Clarinet Quintet in A major, K.581 [4.Allegretto con variazioni]
クラリネット~モーツァルトが愛した楽器
この作品はフリーメイスンの盟友でもあり、管楽器奏者だったアントーン・シュタードラーの為に作曲された作品でした。
クラリネットという楽器の魅力を発見し、その魅力を最大限に引き出したのがモーツァルトでした。コンチェルトや交響曲の中でクラリネットを活躍させたのはモーツァルトが最初ではなかったでしょうか。
そして晩年の貧窮の中で彼はふくよかでありながら哀愁の入り交じったクラリネットの響きにますます魅せられていったようで、素晴らしい二つの作品を残してくれました。
それがここで紹介するクラリネット五重奏曲であり、もう一つはそれと兄弟関係とも言うべきクラリネット協奏曲です。
しかし、最晩年に作曲されたコンチェルトには救いがたいほどのモーツァルトの疲れが刻印されています。美しくはあっても、そのあまりに深い疲れが聞き手の側にのしかかってきます。
それに対してこのクインテットの方はモーツァルト特有の透明感を保持しています。ある人はこの作品に、澄み切った秋の夕暮れを感じると書いています。
そして、、その特徴はこの時期に書かれたイ長調作品、K.488のピアノ協奏曲(No.23)や同じクラリネットの協奏曲にも共通する特徴でした。モーツァルトにとってはイ長調というのはそう言う調性だったのでしょうか。
それにしても、このクインテットの第2楽章のなんという美しさ、なんという素晴らしさ!!
これほどまでに深い感情をたたえた音楽は、モーツァルトといえども他には数えるほどしかありません。
音楽の前に言葉は沈黙する、と言う陳腐な言い回しがここでは実感として感じ取ることができます。
楽しき夏の共演
ベニー・グッドマンと言えばジャズには全く疎い私でも「スウィングの王様(King of Swing)」と称されたことくらいは知っています。しかし、クラシック畑のものからすれば、同時にモーツァルトのクインテットやコンチェルトを演奏し、録音したと言うことの方が強く印象に残っています。そして、それは一見すると「異種格闘技」のように見えるのですが、実際に聞いてみれば「スウィングしなけりゃ意味ないさ」というタイトルのレコードもあるほどのジャズ的なイメージとは随分異なります。
おそらくその背景には、幼いころに元シカゴ音楽大学教師、フランツ・シェップからクラリネットの手ほどきを受けたという背骨があるからでしょう。それからもう一つ、「異種」であるが故にいらぬプレッシャーから解放されるという面もあったのかもしれません。
ジャズのスーパー・スターと言えば目立ってなんぼの世界でしょう。
それはクラシック音楽のソリストにとっても同様です。
そして、その事は、同時に大変なプレッシャーを常に背負い続けると言うことも意味します。あのホロヴィッツでさえ、そのプレッシャーの絶えきれず、演奏活動から一時ドロップ・アウトしたほどです。
しかし、グッドマンにしてみれば、演奏する作品がモーツァルトと言うことになれば、ジャズのスーパー・スターという重荷から解放されるようです。この演奏と録音から聞こえてくるのは、アンサンブルの楽しさにひたっているグッドマンの姿です。
とりわけ、その姿はより親密な関係を築きやすいクインテットの方に表れています。
録音はタングルウッドで行われていますから、間違いなくこの年の音楽祭にグッドマンは招かれたのでしょう。そして、その音楽祭でボストン響のメンバーとグッドマンは思う存分に共演を楽しんだことでしょう。そして、そう言う絶好の機会を「RCA」が見逃すはずもなく、この二つの録音を行ったのでしょう。
おそらく、これほどまでにクラリネットと弦楽四重奏が親密に解け合っている演奏は他には思い当たりません。普通ならば、もう少しクラリネットが前面に出てくるものですが、ここではその両者が見事なまでに渾然一体となった音楽を聞かせてくれます。
おそらく、「ボストン・シンフォニー四重奏団」というのは、ボストン響の弦楽セクションの首席あたりで構成されているのでしょうが、おそらく彼らとグッドマンは実に楽しい夏休みをともに過ごしたのでしょう。そう言う幸せで愉快な雰囲気が聞き手にまでしっかりと伝わってくる演奏です。
ただし、これがコンチェルトとなれば、指揮者、オーケストラ、ソリストという大所帯の組み合わせですからそこまでの親密さは難しいでしょう。
しかし、明らかにグッドマンは日頃のスーパースタートしての重荷から解放されて、ボストン響とのアンサンブルを心行くまで楽しんでいます。ただし、どれほど楽しんでも、モーツァルトという壊れやすい音楽を壊していないあたりは大したものです。
こういうソリストならば、音楽がジャズでもクラシックでも関係ありません。指揮者のミンシュもまたそのアンサンブルを楽しんでいる姿が目に浮かぶようです。
そう言うことで、この二つの録音を一言で言えば、「楽しき夏の夜の夢」とでも言ったらいいのかもしれません。
よせられたコメント 2020-10-13:コタロー この演奏、アーティストの名前を伏せて聴かされたら、ベニー・グッドマンだと気づく人はほとんどいないのではないかと思います。一言でいえば、モーツァルトの愉悦感にスポットを当てた演奏と言えるでしょう。それでいて、音楽が実にきちんとしているのに感心させられます。これは掘り出し物の演奏と言えますね。
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