クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label~

ドビュッシー:交響的断章 聖セバスティアンの殉教(Debussy: Le Martyre de saint Sebastien)

グイド・カンテッリ指揮 フィルハーモニア管弦楽団1954年6月録音(Guido Cantelli:The Philharmonia Orchestra Recorded on June, 1954)



Debussy: Le Martyre de saint Sebastien [No. 1. La cour de lys (from Act I: Prelude)]

Debussy: Le Martyre de saint Sebastien [No. 2. Danse extatique et Final (from Act I)]

Debussy: Le Martyre de saint Sebastien [No. 3. La passion (from Act III)]

Debussy: Le Martyre de saint Sebastien [No. 4. Le bon pasteur (from Act IV)]


この作品を何とか世に出したい

ドビュッシーが残したオペラは「ペレスとメリザンド」だけですが、それ以後も多くの劇作家や詩人たちからオペラの作曲を求められました。そして、その求めに応じて何度も作曲に取り掛かったのですが、完成したのは劇音楽「聖セバスティアンの殉教」のみでした。
「聖セバスティアンの殉教」はイタリアの詩人ガブリエル・ダヌンツィオの台本によるもので、神秘的な宗教性を持った作品になっています。それは、ドビュッシーにとっても特別な作品だったようで、「この宗教音楽は私を10世紀にさかのぼらせる。その時代の若々しい魅力のある魂をもってでなければ熱烈で無私無欲な宗教的熱情を俗性の混じった歌に表現することはできなかった」と書いています。

「聖セバスティアンの殉教」というのはキリスト教とは縁遠い私たちにとってはあまりピンとこないのですが、まあ、数ある殉教物語の一つです。私も一応は調べてみたのですが、ハリネズミのように矢で射られて死ぬまで放って置かれても奇跡的に死ななかったとか、彼の遺体を救い出し埋葬するためにやってきた聖イレーネがセバスティアンに息があるのを発見して健康になるまで介抱したとか、いまいちピンとこない話です。
まあ。信仰とはそういうものなのでしょう。

そして、そういう殉教物語を異常なまでの執念で扇情的に語ったのがダヌンツィオでした。そのために初演は上演時間が5時間に達したようで、多くの聴衆はウンザリしてしまったようです。ただし、ドビュッシーはその扇情的なまでの熱さに惚れ込んで作曲を引き受けたようなので、その責任の一端は彼にもありました。
おまけに、依頼から初演までの時間があまりにも短かったために、ドビュッシーが完成できた劇音楽は1時間程度でした。初演の失敗の責任は半々くらいだったのかもしれません。
そして、パリ大司教区がこの劇に対して「我々の最も輝かしい殉教者の一人の物語を、最も見苦しい方法で表現し、歪曲している」として、信者に観劇しないよう勧告させるおまけまでついてきてしまいました。

そこで、さすがにこれはまずいと思ったのか、ドビュッシーはこの劇音楽を何とかオペラに改作しようとしたようです。しかし、それは果たせぬままに彼はこの世を去りました。
と言うことで、現代ではこの初演時のスタイルで上演されることはほとんどありません。しかし、捨て去ってしまうにはあまりにも音楽的には惜しいので、多くの人が何とか演奏できるようにあれこれと手をつくしてきました。

まずは、台本に大鉈をふるって2時間程度に短縮すると言う手段が取られました。この台本の改訂は多くの人が試みたようです。
次に、音楽のおいしい部分だけを切り取ってオラトリオに仕立て直すという手段です。もっとも有名なのはアンゲルブレシュトによるオラトリオ版で演奏時間は1時間20分程度にまで短縮されています。アンゲルブレシュトは初演時に合唱団を指揮した人物でした。

そして、極めつけの短縮版が、ドビュッシーに依頼されて管弦楽の総譜を書き上げたアンドレ・カプレによって4つの楽章にまとめ上げられた交響的断章でした。
カプレはその総譜から4つの部分を抜き出して交響的断章としたのでした。
その抜出部分は以下の通りです。

  1. 百合の園(第1幕)

  2. 法悦の踊りと終曲(第1幕)

  3. 受難(第3幕)

  4. 良き羊飼いキリスト(第4幕)


初演にかかわった人は、この作品を何とか世に出したいと願ったのでしょう。

精緻さだけではなく、ドラマもまた


カンテッリという人はトスカニーニに見いだされて世に出た人でした。
その才能はトスカニーニが自らの後継者と認めたほどの素晴らしいものであり、その音楽は見事な彫刻作品を惚れ惚れと見つめるに似たような思いを引き起こすものでした。
そして、その才能に対する正しい確信は、どのような名門オケに対しても一歩も引くことなく自分の信念を貫き通せる強さを彼に与えていました。

彼の音楽はオケに対する要求が厳しくなければ実現不可能なものであり、執拗なリハーサル無しには為し得ないものでした。
バックにトスカニーニがいたことも大きかったのでしょうが、それでも、僅か30才になったばかりの若造が、スカラ座のオケやフィルハーモニア管、そしてNBC交響楽団に対して一歩も引かなかったというのは尋常のことではありません。

ところが、彼の録音をもう少し聞き込んでいくと、全てが全て、そう言うトスカニーニ流の音楽の枠の中には収まっていないことにも気づくのです。
そのことは、彼の一連のドビュッシーの録音にも感じとれます。

カンテッリのドビュッシーはトスカニーニのドビュッシーと基本的には大きな違いはないように聞こえます。

トスカニーニのドビュッシーの最大の特徴は、ドビュッシー以外の耳が聞くことのなかった新しい響きを雰囲気としてではなく、それを成り立たせている精緻きわまる音の重なりと、それらを使って生み出される綿密な構成を掴み取って正確に再現しようとするものでした。
そして、その様な精緻なるものを追求することはトスカニーニという男のチャレンジ精神を煽り立てるにはぴったりの音楽だったのです。

そのことは、カンテッリのドビュッシーにもぴったりとあてはまります。しかし、カンテッリはそこからさらにもう一歩前に進みだそうとしていることにも気づかされます。
それは、音の重なりと精緻な構造を見事に表現するだけでなく、そこに彼が主観的に感じ取ったドラマのようなものも同時に表現しようとしていることに気づかだざるを得ないのです。

カンテッリのドビュッシー作品のスタジオ録音は以下の4作品でしょうか。

  1. ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲

  2. ドビュッシー:海~管弦楽のための3つの交響的素描

  3. ドビュッシー:交響的断章 聖セバスティアンの殉教

  4. ドビュッシー:夜想曲より「雲」「祭」


そのどれをとっても、どこまでオケを絞り上げればここまでの精緻な響きを実現できるのだろうかとあきれると同時に、そこへくわえて、一つのドラマもまた表現しようとする意欲が感じてれるのです。
これらの録音からわずか2年後にカンテッリのキャリアは飛行機事故によって突然終止符が打たれます。
歴史に「if」がないことは承知していますが、飛行機事故という悲劇がなければ、その後のクラシック音楽の世界は大きく異なったものになっていたことは間違いないでしょう。

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