ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番 ハ長調, Op.53「ワルトシュタイン」(Beethoven: Piano Sonata No.21 In C, Op.53 "Waldstein")
(P)バイロン・ジャニス:1955年5月26日~27日録音(Byron Janis:Recorded on Mat 26-27, 1956)
Beethoven:Piano Sonata No.21 in C major Op.53 "Waldstein" [1.Allegro con brio]
Beethoven:Piano Sonata No.21 in C major Op.53 "Waldstein" [2.Introduzione: Adagio molto]
Beethoven:Piano Sonata No.21 in C major Op.53 "Waldstein" [3.rondo: Allegretto moderato - Prestissimo]
ベートーベンの中期を代表する傑作の一つです

それは18世紀的なソナタの継承者として出発し、ウィーンでの人気ピアニストとしてその殻を打ち破る模索を繰り返した時期をくぐり抜けて、いよいよ熟練を深めていった先に登場したソナタだからです。
ベートーベンはこの作品に先立って作品31の3つのソナタを書いているのですが、そこで彼ははっきりと「新しい道」を進むことを目指すと明言しています。そして、その「新しい道」を目指した最初の到達点が「テンペスト(作品31の2)」だったとすれば、この「ワルトシュタイン」はその様な営為が新しい段階に達したことを宣言したソナタだと言えます。
このソナタには、私たちがベートーベンという名前を聞いたときに連想するもの、巨大であり力強く、そして頂点に向かって驀進していく姿が刻み込まれています。さらに、付け加えれば、そう言う激しさの傍らに豊かな叙情性も息づいています。
それはもう、今までのピアノソナタにはなかったような演奏効果をが盛り込まれていて、誰かが言ったように「天空を仰ぎ見るような」音楽が立ちあらわれるのです。
そして、その営為はピアノソナタだけにとどまるわけではなく、まさにこの時期に「エロイカ」「クロイツェル」「フィデリオ」、そしてピアノソナタではもう1曲「アパショナータ」などが生み出されるのです。
なお、表題となっているワルトシュタインは、ベートーベンのパトロンの一人であったワルトシュタイン伯爵によるものです。
ワルトシュタイン伯爵はウィーン出身の貴族なのですが、ボンを訪れたときにベートーベンと知り合ってその才能を見いだした人物です。
もちろんお金持ちだったので経済的に大きな支援を与えた人物なのですが、それ以上に豊かな教養の持ち主としてベートーベンの精神的成長に大きく寄与した人物として注目に値します。
そして、ベートーベンがボンを離れてウィーンに向かうことを後押しした人物であり、「モーツァルトの精神をハイドンから受け取りなさい」と言って、ウィーンに旅立つベートーベンを励ました人です。
その意味で、まさにこの傑作を献呈されるにふさわしい人物だったといえます。
- 第1楽章:Allegro con brio
8分音符のppの刻みに続いて燦めくような高音域の音型が提示されるとき、そこにはすでにただならぬ音楽が展開されることを予想されます。
この主題が徹底的に展開されるのですが、それは段階的に上下することである種の荒々しさを、リズムの激しさを演出します。
また、新しいピアノの登場によって可能となった音域の拡大、今までになかったピアノの響き、そして反復とクレッシェンドの活用による音楽の巨大化などがすべてこの作品に詰め込まれています。
- 第2楽章:Introduzione. Adagio molto Rondo. Allegretto moderato - Prestissimo
巨大な第1楽章を受けて当初は「Adagio」楽章が予定されていたのですが、それでは作品全体が長くなりすぎると判断して、それに変わって「Introduzione(導入部)」が挿入されました。
しかし、その導入部はただのつなぎではなく、「天使のほほえみがにわかに雲に覆われたよう」と称されるような深い感情に満ちた音楽となっています。
この導入を受けてロンド形式の第2楽章に音楽は流れ込んでいきます。
このロンド形式は18世紀的な枠から出るものではないようなのですが、それでもその可能性を徹底的に追求した音楽になっています。
そして、最後のコーダでは「Prestissimo」となって、演奏至難な華やかな技巧でもって音楽は締めくくられます。
表現を享受すると言うこと
バイロン・ジャニスと言えばどうしても「ホロヴィッツの弟子」という看板がついて回ります。彼自身はその看板をどのように思っていたのかは分かりません。おそらくは、それは誇りでもあり重荷でもあり、単純に良否を言えるようなものではなかったはずです。
そして、ホロヴィッツはジャニスに対して常に「俺のコピーになるな」と言ってたそうなのですが、それは逆に「ホロヴィッツの呪縛」を重く、深くしたのかもしれません。
直線的に、そして輝かしくピアノを鳴らす流儀は「ホロヴィッツのコピー」と言われればその通りです。
しかし、それは「ホロヴィッツの弟子」という看板を背負ってしまったからであって、そう言う看板を抜きにしてみれば20代の若者らしいストレートな音楽表現が貫かれていると言えるはずです。
しかしながら、こういう演奏を「悪くはないけれども、大きさや深さに欠けるね」としたり顔で批評する人をよく見かけます。
しかし、そう言う決まり切った批評を聞くたびに、「それでは大きさや深さに不足しない老大家は、このような鮮烈なまでの直線性に満ちた音楽を作れるんですか?」と問いかけたくなります。
すると、ある人は、「クラシック音楽に必要なのはその様なストレートさではなくて深さなんだよ」と反論されました。今でもこういう方がおられるんですね。(^^;
しかし、ショパンがこのソナタをかいたのは20代の後半なのです。そんな若者の書いた音楽に老大家の深さ(何が深いのかは分かりませんが・・・)にしか価値を見いださないというのは明らかに歪なような気がします。
ジャニスは同じような時期にベートーベンのソナタを2曲録音しています。
一つは作品番号53の「ワルトシュタイン」と作品番号109の後期のソナタです。
音楽を創作したときの年齢で割り切るのは一面的に過ぎることは分かっていますが、「ワルトシュタイン」はベートーベンが30代半ばの創作であり、第30番の後期ソナタは50の坂をむかえた時期の創作でした。そして、ベートーベンがこの後期ソナタを生み出し後には7年足らずしか人生は残っていなかったのです。
確かに、この世の中には年を経なければ分からないことも少なくないのですが、年を経ることで忘れてしまうこともたくさんあります。
ですから、音楽を演奏するという行為は、どれほど楽譜に忠実にと言っても、それは今ある己の人生を作品の中に投影させる行為であるはずです。いや、そうでなければ、ただただ楽譜に忠実に音楽を再現させることだけが美徳であるならば、やがては人はピアノを演奏する人工知能に取って代わられてしまうはずです。
ですから、ジャニスのピアノで「ワルトシュタイン」を聞くときにもう少し大きさがほしいな」とか、「後期ソナタなんだからもう少し深さがほしいよね、ちょっと淡々と進みすぎじゃない」とか思ったとしても、それも含めてジャニスの演奏なのです。
人間による演奏を聴くと言うことは、そう言うこともふまえた上で、その表現を享受すると言うことなのです。
余談ながら、コンサートに行くと、終演後にしたり顔であれこれの欠点をあげつらって得意顔の人をよく見かけます。
いつも思うんです。
そこまでお気に召さないことばかりなら、最初から音楽なんか聞かなければいいのに・・・。
とは言え、私も結構あちこちで愚痴っているので自戒しなければいけません。(^^v
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